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#3. 番付発表

番付発表の日は稽古が休み。

朝から新しい番付表を後援会や親方の知り合いに送るために折って封筒に入れたりする。
親方チームと関取チームに別れて仕事をする。
それが終わったら自分の番付を家とかに送るために折ったり、丸めたり・・
みんなで話をしながら、のんびりと楽しくやっている。
番付発表の日はいつもそんな感じ。

でも今日はいつもと違う。
番付を折る時、絶対に目に入ってくる・・

加治改 仁王の舞という字。

加治は僕と同期生。
先場所は同じ序二段で僕の方が枚数は上だった。
でも、成績は僕が四勝三敗で加治は六勝一敗。
今場所、僕は序二段の中で枚数がちょっと上がっただけ・・
加治は三段目に上がった。

三段目に上がると履き物が今までの下駄から雪駄に変わる。
さらに、うちの部屋では仁王なんとかという四股名が貰える。
仁王の富士の仁王。

だから加治は親方に仁王の舞という四股名を貰った。

加治・・いや仁王の舞は今、着物で兄弟子達に、「お陰様で三段目に上がりました。」と挨拶をして回っている。

番付を折りながら、自分の名前も探した。
序二段の四枚目、僕の四股名は本名のまま、外村。
序二段は字も小さく見にくい。
三段目の所、大きな字で見やすく・・加治改 仁王の舞。

次の日からは普通に稽古。
四股を踏んで身体を温めてから申し合い。

まずは序の口と序二段が一緒にやる。
僕は当然ここ。

加治・・いや仁王の舞はまだ四股を踏んでいる。
三段目だから。

序の口、序二段の稽古は人数が多い。
だから、いっぱい勝たないといっぱい稽古が出来ない。
みんな同じくらいの強さ。

加治・・仁王の舞はてっぽうをしている。
三段目だから。

ついこないだまでは加治も序二段の中で一緒に稽古をしていたのに・・今は四股を踏んで、てっぽうをしている。
三段目だから。

申し合いの後はぶつかり稽古。
これで序二段の稽古は終わり。
後は土俵の周りで四股を踏んだり、てっぽうをする。

三段目の稽古が始まる。
仁王の舞も当然そこに入る。

仁王の舞・・
結構、勝ってる。
三段目の兄弟子達と良い稽古をしている。
こないだまで、一緒に稽古してたのに・・

親方も三段目の稽古になると細かいアドバイスとかするようになる。投げの打ち方とか。

序二段の稽古の時は、もっと当たれ!とか、前に出ろ!しか言わない。廻しを取ると、取るな!って怒られる。

でも、仁王の舞が廻しを取ると、離すな!って言ってる。
三段目だから。

稽古が終わると親方と関取のちゃんこの給仕。
親方は仁王の舞を近くに立たせて今日の稽古の事を色々と話している。

幕下の兄弟子達が風呂から上がってきた。
親方が仁王の舞に、三段目、風呂入ってこい!と言った。
僕達、序二段はまだ給仕。風呂には入れない。

僕が風呂から上がると仁王の舞はもうチャンコも食べ終わっていて、床山の床一さんとテレビを見ながら話をしていた。

三段目になればチャンコの片付けはしなくてよくなる。
僕は片付け、皿洗い。
仁王の舞は座ってテレビを見ている。
三段目だから。

片付けが終わって大広間に上がったら仁王の舞は昼寝をしていた。
僕も昼寝をする・・

昼寝は4時まで。
起きたら、みんなで部屋の掃除。

風呂とトイレの掃除は順番で決まっていて、後の大広間とか階段、廊下はみんなで。

幕下の兄弟子はやらない。
三段目の人は箒掛けとか楽なやつを優先的に出来る。
僕達、序二段以下は雑巾がけ。

仁王の舞は廊下を箒掛け。
僕は雑巾・・

掃除が終わるとチャンコ番の人は夕飯を作る。
僕は今日、チャンコ番じゃないので自分の洗濯をする事にした。

部屋にも洗濯機があるけど、他の人のでいっぱいだったからコインランドリーに行く事にする。

「外村!」

幕下の根山さんに呼ばれた。

「洗濯?オレのもよろしく!」

大きなカバンがポンっ!

ふと見ると仁王の舞は寝転んでテレビを見ていた。

自分と根山さんのカバンを抱えてコインランドリーへ向かう。
仁王の舞もそのうち新弟子に洗濯を頼むようになるんだろうな・・

まぁ根山さんはちょっと多めに小遣いくれるからいいけど・・
中には、「立て替えといて!」なんて言って、そのままお金を払わない兄弟子もいる。
仁王の舞はどっちのタイプになるのかな?

洗濯が終わって部屋に戻るとチャンコの時間になっていた。

仁王の舞は兄弟子達と座って食べている。
なんだか楽しそう。

自分も食べて、片付けして・・

片付けが終われば、また自由な時間だからテレビを見ていたら、三段目の市井さんに呼ばれる。

「コンビニ行って来て!」

パシり。

毎日、誰かから頼まれる。

コンビニから帰って来て・・

もう寝よう。

明日の稽古のために自分と兄弟子達の廻しを用意して、布団を敷いて目を閉じた。

・・眠れない。

ちょっとまだ寝るの早すぎたかな。

でもまた目を閉じる。

兄弟子達はテレビを見ている。

笑い声が聞こえる。

仁王の舞の声も・・

眠れない。

悔しい。

仁王の舞とは同期生。
一緒に入って、番付もずっと近くにいた。
先場所は僕の方がちょっとだけ上だった。

なのに・・

悔しい!

一気に差を付けられた。

三段目に上がりたい。

今場所、勝ち越せば三段目に上がれる。4勝でも上がれる。
絶対に・・勝ち越す!三段目に上がる!
仁王なんとかって四股名を貰う!

稽古だ!

もっと稽古しよう!

もっともっと稽古して・・

三段目に上がるんだ!

次の日から、稽古を集中してやる事にした。
もう仁王の舞は意識しない。

自分の稽古に集中して、四股もてっぽうも集中して。
稽古が終わったら、その日の反省。
チャンコ番手伝いながら、親方の給仕をしながら稽古の反省。
自分の事だけを考える。

「外村!包丁取ってくれ!」

・・・

「外村!」

・・あっ!はいっ!

「なぁに、ボケっとしてんだっ!」

怒られた・・

ボケっとしてたわけじゃない。
稽古の反省をしてたのに・・

とにかくもう、仁王の舞は意識しない。
自分の事だけ考えて稽古に集中。
そして今場所、勝ち越して三段目に上がるんだ!

いよいよ本場所が始まった!

本場所中の稽古は普段と少し違う。
まず、序の口、序二段の申し合いは取組のある人達が先にやって、ない人達が後でやる。
次に三段目、幕下の稽古は2~3人ずつの三番稽古。
これも取組のある人達から順番にやる。
とは言っても場所前のようにガンガンやる事はない。
怪我をしないように身体を動かす程度。
親方も審判委員だから早く場所に行くので、稽古を見る事はほとんどない。

僕は今日、取組があるので朝一番の組で申し合い稽古。
はっきり言って場所前の稽古はしっかりやった。
今場所、自信がある。
絶対に勝ち越して三段目に上がる。
自信がある!

仁王の舞・・やっぱり意識はしてる。
でも、もしも僕が五番以上勝って、仁王の舞が二勝ぐらいしか出来ないで負け越したら・・逆転できる!
僕が三段目に上がって、仁王の舞は序二段に戻れば・・逆転だ!
だから、まず・・僕は絶対に勝ち越す!
四連勝で勝ち越しを決めてやる!

なんて意気込んで場所に臨んだはずが・・初日から二連敗・・
緊張した・・ってわけじゃないんだけど・・勝てなかった。
惜しい所もなく二連敗・・
また三段目が遠くなる・・

ちなみに仁王の舞は一勝一敗。
三段目で一勝してる。

このままじゃ・・
もしも僕が負け越して、仁王の舞が勝ち越したら・・
また差が開いていく・・

五日目の朝。
今日は取組がない。
後の組で申し合いをしようと待っていたら仁王の舞が僕の所に来た。

「外村、今日稽古の相手ごっちゃんす!」

えっ?

「俺、今日あぶれちゃったんだ・・取組あるから早くやりたいし・・だから、外村一緒に三番しよう!いいでしょ?」

えっ・・

場所中の三番稽古には、たまにこういう事がある。
取組のある人、ない人。怪我をして稽古が出来ない人。
そんな関係で相手にあぶれちゃう人がたまにいる。
それが今日の仁王の舞。

「いいけど・・僕で大丈夫?稽古にならないんじゃない?」

「何言ってんだよ!兄弟子達とやる方が稽古になんないよ・・」

仁王の舞は笑いながら小さな声で言った。
ぶっちゃけ僕もそう思う。
場所中の稽古は・・特に三段目以上の兄弟子達の稽古は軽めというより、ほとんど遊び。
真剣にやってる感じが全然しない。
確かに親方もいないし、稽古で怪我をしたくないのもわかるけど・・

「だからさ、俺がまだ慣れてないだけかもしれないけど、なんか場所でもうまく身体が動かなくてさ・・今日はちょっとしっかり稽古して場所に入りたいから、外村!真剣勝負でごっちゃんす!」

なんか・・嬉しかった。
仁王の舞じゃなくて久しぶりに加治と話してる気分になった。

「わかった!真剣勝負でごっちゃんす!」

僕と加治の稽古になった。

加治が三段目に上がってから一緒に稽古をするのは初めて。
場所前は兄弟子達とガンガンやってたから・・やっぱり強くなってるのかな?

立ち合い。
うっ!当たりが強くなった!
一発で負けた・・次は僕ももっと強く当たらなきゃ!

立ち合い。
よしっ!しっかり当たれた!
でも、廻しを取られた・・力が強い。また負けた。

立ち合い。
しっかり当たって、廻しを取られないように突っ張る!
勝った!三段目の仁王の舞に勝った!

立ち合い。
さっきのイメージで!
また勝った!

それから20番くらい続けて、大体五分五分!
僕と加治はいい勝負だった!

そんな時・・

「痛てて・・」

加治が手を押さえてしゃがみこんだ。

「突き指した・・」

えっ・・

「ごめん・・ちょっと無理かも・・」

加治は稽古場から出て行った。

そのまま仁王天王さんが胸出してくれて僕だけ、ぶつかり稽古・・終わって外に出ると加治は氷で手を冷やしていた。

「ごめん・・大丈夫?」

「たいした事ないよ!ただの突き指。」

「でも・・骨、折れてたり・・」

「大丈夫だって!大袈裟だな!」

加治は笑ってる。

「今日・・取組・・」

「だから大丈夫だって!テーピングすりゃ問題ないよ!」

「ごめん・・」

「あやまんなよ!」

「ごめん・・」

「それより外村、良い稽古出来たな!」

「えっ・・」

「お前、やっぱ強ぇな!あぁやって突っ張っていけば三段目なんてすぐ上がれるよ!」

・・・

「今場所、勝ち越して早く三段目上がってこいよ!また今日みたいな稽古しようぜ!」

・・・

「場所中でも俺達、ガンガン稽古しような!」

・・・

加治は場所の準備のため、稽古を上がっていった。

何も言えなかった。
嬉しくて・・何も言えなかった!

加治が・・いや仁王の舞が待っている!
僕が三段目に上がるのを・・待っていてくれている!



今日は来場所の番付発表。
もう大体の兄弟子達への挨拶は終わって一段落。
さて、番付折りをしよう!

先場所。
仁王の舞は四勝三敗で勝ち越し。
三段目の真ん中あたりまで上がった。
そして僕は・・五勝二敗!勝ち越した!
三段目に上がったんだ!

僕は番付を折りながら、ずっと同じ所を見ている・・

外村改 仁王の風!

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