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🇫🇮 等身倧のフィンランドvol.7 ヒンメリず生きる ゚むダ・コスキ

今幎月にスタヌトした「等身倧のフィンランド」では、北欧フィンランドで暮らす人々の日垞を芳察しお、毎月本を目安に、日本語ずフィンランド語で蚘録するこずに挑戊しおいたす。

第回は、お名前をご存知の方も倚いかず思いたす、フィンランド圚䜏のヒンメリアヌティストヒンメリスト、゚むダ・コスキさんにお話を䌺いたした。

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゚むダ・コスキさん


月も半ばを過ぎればフィンランドは肌寒く、南郚の銖郜ヘルシンキでさえも朝晩は矜織ものが欠かせたせん。刹那の秋がサマヌコテヌゞの扉を静かにノックし、実りの季節がやっおきたこずを䌝えたす。キノコ狩りのシヌズンがやっおきたした。

月最埌の週末、゚むダさんが暮らす、フィンランド北西郚のムスタサヌリにある、人口人の村マルトむネンず東京の自宅をZoomで繋ぎ、ヒンメリずの出䌚いから、日本でのワヌクショップ、自然ぞの考え、そしお倧奜きなキノコに぀いおむンタビュヌしたした。

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゚むダさん、はじめたしお


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ヒンメリはわたしのIKIGAI


゚むダさんが生たれたのはフィンランド東郚、サボ地方の䞭心にあるクオピオずいう町です。高校卒業埌は囜内倖を点々ずし、幎にヘルシンキから北西ぞ玄キロ離れたノァヌサ倧孊に進孊したした。パヌトナヌで有機蟲家のカリ・コスキさんずの出䌚いを機に、ノァヌサ近郊の人口人の小さな村、マルトむネンに移り䜏み、珟圚に至りたす。

゚むダさん

「歳のずき、ラむ麊の藁から叔母が手づくりしたヒンメリに魅了されたした。幎以䞊経った今でも圓時の光景を鮮明に思い出すこずができたす。

代の半ば、ノァヌサ倧孊で経枈孊を孊んでいる頃に地元で有機蟲業を行うカリず出䌚い、私にずっおも、穀物や麊わらが身近な存圚になりたした。そしお、はじめおヒンメリの教宀に通っお以来、幎間、ずっず私はヒンメリに恋をし、䜜品を䜜り続けおいたす。」

倧孊で経枈孊を孊んだ゚むダさんは卒業埌、ヘルシンキの䞭倮商工䌚議所で働きたした。幎に再び、カリさんが暮らすマルトむネンに拠点を移し、ノァヌサ倧孊で幎間、研究者ずしお働きたしたが、どうしおもヒンメリぞの想いを捚おきれず、幎に退職。以来、ヒンメリ䞀本に生きおいたす。

゚むダさん

「倧孊を退職しおからの幎間、垞にヒンメリが暮らしの䞭心にありたす。私は毎日、ヒンメリを䜜っおいたす。ヒンメリを぀くるずき、私はずおも穏やかな気持ちでいられたす。

Himmeli on minun Ikigai  â€• ヒンメリが私の生きがいです。 私が本圓にやりたかった仕事です。

ヒンメリの道は、私に沢山の出䌚いを䞎えおくれたした。東京での展瀺䌚やワヌクショップを通じお、日本にはたくさんの友達が出来たしたし、スむスやスりェヌデンなどでも展瀺䌚を行ないたした。䞖界にヒンメリのメッセヌゞを届けるこずが私の目暙です。」

゚むダさんはこれたでヒンメリに関する冊の本を曞き䞊げ、それらはフィンランド語・スりェヌデン語・英語・日本語・スペむン語に翻蚳されたした。珟圚は冊目の本をドむツ語で執筆䞭です。

゚むダさん

「私は 〈 ヒンメリの目 〉をもっおいたす。あるずきはカヌテン、たたあるずきは日本の䌝統的な麻の葉暡様からも着想を埗たした。目に入ったものを、それらがヒンメリの幟䜕孊暡様でどのようにみえるかを反射的に確認しおしたうのです。日䞭、倜眠りにおちる瞬間たでヒンメリのこずを考えおいたす。」

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゚むダさんのASANOHA


゚むダさんの䜜品「ASANOHA」写真䞋は、日本の䌝統的な麻の葉暡様写真䞊からヒントを埗お制䜜されたした。

幟䜕孊はヒンメリの蚀葉


ヒンメリはラむ麊の藁を利甚しお䜜られる、フィンランドの䌝統的な冬の装食品です。糞で繋いだ麊わらが生む幟䜕孊暡様のモチヌフは、今では日本でも広く知られるようになりたした。

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幎月に東京・Gallery Aで開催された展瀺「Eija Koski HIMMELI  â€”゚むダ・コスキ フィンランドの祈り — 」で、゚むダさんは幟䜕孊を䞖界䞭の誰もが理解できる〈 ヒンメリのこずば 〉ず玹介しおいたした。たた、ヒンメリの特長のひず぀に「調和」を挙げ、それはヒンメリの倧きさに適した玠材を遞ぶこずによっお生たれる「間」で、芋おいる人の心たで響く矎しさなのだず話したした。

◎ Eija Koski HIMMELI - Finnish Prayer-

私の隣にいおくれるひず


゚むダさんのパヌトナヌ、カリさんは有機蟲家です。祖父母がはじめた有機蟲堎を受け継ぎ、自然ずの調和を倧切にし、化孊肥料や蟲薬に頌らず、䞁寧な土づくりをしながらラむ麊を育おおきたした。

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カリさん

゚むダさん

「カリに出䌚っおいなければ、私がヒンメリ䜜家の道を志すこずはなかったでしょう。カリが近くにいおくれなかったら、その道を歩き続けるこずは決しおできなかったでしょう。

カリは私にラむ麊を愛するこずを教えおくれたした。ラむ麊の矎しさに気付かせおくれたした。カリはラむ麊を愛し、自分の仕事に誇りをもっおいたす。

カリず出䌚っおから幎間、圌は毎日私の仕事をサポヌトしおくれおいたす。ヒンメリの話にもい぀も耳を傟けお、前向きなアドバむスで励たしおくれたす。 」

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゚むダさんが昔ながらの方法で育おるラむ麊


゚むダさんはこれたで回来日し、東京、北海道、茚城でヒンメリのワヌクショップを開催しおいたす。そのすべおにカリさんが同行したす。

゚むダさん

「ワヌクショップに参加しおくださる皆さんからは、ヒンメリの材料ずなる 〈ラむ麊 〉に関する質問が倚く寄せられたす。そういうずきは、い぀もカリが答えおくれたす。カリはナニヌクな性栌で、ワヌクショップでもみんなの人気者なんですよ。カリがいるず堎の空気がなごみ、リラックスしおヒンメリ䜜りにチャレンゞするこずができるんです。」

゚むダさんずカリさんは、二人䞉脚でヒンメリの旅を続けおいたす。

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゚むダさん

「䟋えば日本を蚪問するずき、私が䞀人で行くのでは意味がありたせん。私の人生にはカリがいお、ヒンメリがありたす。そしおフィンランドで田舎暮らしをしおいたす。田舎暮らしずいうのも、私たちの生き方を衚すキヌワヌドです。」

゚むダさんたちが暮らす家は、元々は牛小屋だったファヌムハりスをリノベヌションしたもので、ここでは展瀺䌚や滞圚型のワヌクショップも開催されおきたした。

゚むダさん

「日本人向けに私たちず寝食を共にしおヒンメリづくりに没頭するこずができるコヌスを぀くっお、滞圚型のワヌクショップを䌁画したずころ、たくさんの申蟌みがありたした。コロナパンデミックによっお䞭止したしたが、安心しお埀来できるずきがきたら、きっずたくさんの方に喜んでいただけるず思いたす。

私ずカリは日本が倧奜きです。日本語の響きに惹かれ、日本語を勉匷したいず思っおいたす。日本人のフレンドリヌな人柄はずおも玠敵ですし、日本の矎孊に関心がありたす。」

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日本で撮圱したツヌショット

日本でひろがるヒンメリの茪


゚むダさんは幎月にはじめおの東京での展瀺を成功させ、その翌幎に、自身がデザむンしたヒンメリの暡型䜜品やその䜜り方を収録した著曞『ヒンメリのハヌモニヌ』が日本語ずフィンランド語でフィンランドの出版瀟から出版されたした。

同幎月には、ヒンメリで町おこしに取り組んでいる、北海道・遠軜町の「えんがるヒンメリの䌚 aurinko」が開催したむベントに参加。ワヌクショップなどを通じお地元の人々にヒンメリの魅力を䌝えたした。幎月には、茚城県陶芞矎術通で開催された䌁画展「マリメッコ・スピリッツ Finland Meets Japan」のスペシャルワヌクショップにも参加したした。



幎月には犏島県裏磐梯高原ホテルでの䜜品展瀺、幎月には前述の「えんがるヒンメリの䌚 aurinko」ずの共同展瀺を北海道・札幌垂のヒシガタ文庫で開催したした。

こうした展瀺をきっかけに、日本でもヒンメリが幅広く認知されるようになりたした。盎接䌚堎ぞ足を運ぶこずができない人の䞭には、゚むダさんの本を賌入したり、自宅で家事や仕事の空き時間にヒンメリづくりに挑戊したりする人も出おきたした。かくいう私もその䞀人です。

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ヒンメリづくりに挑戊


ムヌミンやサりナ、マリメッコなどをきっかけに、フィンランドの文化や暮らしに興味をも぀人が日本でも幎々増えおいるようですが、個人的に、ヒンメリは䞀過性のブヌムには終わらない気がしたす。

自らの手で異囜の䌝統工芞に觊れる䜓隓はそれだけで十分に刺激的ですが、ひず぀の動䜜を繰り返し、それらを繋げ、自らが造圢矎を生み出す䜓隓は、ずきに日垞の励みになるず思うのです。

仕事や家事を終えお、郚屋の明かりを萜したずきに、ヒンメリがゆっくりず宙を揺蕩う様子に、壁や倩井に投圱された正八面䜓の幟䜕孊暡様の矎しさに、心を奪われる装食品は、䞖界䞭にそれほど倚くはないず思いたす。

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そしお、日本には、叀くから぀るし食りを楜しむ文化がありたす。䟋えば、䞉倧぀るし食りの䞀぀ずしお、山圢県酒田垂の「傘犏」がありたす。

これは江戞埌期に、女性たちが䞀針䞀針に心を蟌めお、子孫繁栄や無病息灜、家族の幞せを願い、小さな食り物を傘先に吊るしお神瀟仏閣に奉玍した颚習が始たりずされおいたす。

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幟䜕孊ずいう共通点では、折り玙や手毬の文化もありたすよね。こうした日本の䌝統文化は、わたしたちがヒンメリの䞖界芳を理解するのを助けおくれるのではないでしょうか。

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゚むダさんに、ワヌクショップや講挔䌚で日本人ず接した印象を䌺いたした。

゚むダさん

「むハナフィンランドでのワヌクショップず比范するず、日本の方はヒンメリの玠材、ラむ麊に敬意をこめたす。

それから、フィンランド人は互いの進み具合を気にしお、ちょっぎりせっかちな傟向にありたすが、日本の方は隣の人ず助け合いながら、急かしたり急かされたりするこずなく、のんびりずクラスを楜しんでいたす。おかげでわたしもリラックスしおワヌクショップを展開するこずができたす。

日本の文化には、曞道や金継ぎ、生け花などがありたすが、いずれも所䜜がゆったりずしおいたすよね。心を萜ち着けお取り組むこずができるのは玠晎らしいこずです。

ヒンメリづくりにおいおも、焊らずに、ゆっくりず針を運んで倧䞈倫です。䜜品を完成させるこずず同じくらい、その制䜜過皋が倧切です。わたしたちが日本から孊ぶこずはたくさんありたす。」

キャプチャ

ヒンメリストが惹かれたキノコの䞖界

さお、ヒンメリに生き甲斐を芋出した゚むダさんですが、その次に倢䞭になっおいるのが、キノコです。フィンランドを含む北欧には「自然享受暩」があり、居䜏者がいない堎合に限り、その所有者が誰であっおも、すべおの人が自由に森に入っお、ベリヌやキノコを採取するこずが認められおいたす。フィンランドには玄皮類のキノコが自生し、そのうち、少なくずも皮類が食べられるそうです。

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わたしがフィンランドで芋かけたこずがあるのは、マヌケットでお銎染みの「カンッタレリ」アンズタケず、䞭倮フィンランド以南に生息する、アンズタケ科の「スッピロノァハベロ」の皮類です。

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調べおいお面癜かったのが「コルノァシ゚ニ」。猛毒ですが、ものすごく矎味しいそうで、フィンランドでは毒抜き凊理をしお食べられおいるそうです。日本では「シャグマアミガサタケ」ず呌ばれ、「菌界の河豚」の異名をもっおいたした。

゚むダさんによれば、昚幎は雚が倚く䞍䜜でしたが、今幎はキノコの圓たり幎だそうです。実はこの日、わたしたちのむンタビュヌにはスペシャルゲストが参加しおくれたした。゚むダさんの庭に自生する「ヘルックタッティ」です。フィンランドでは人気のキノコで、日本ではポルチヌニの愛称で芪したれおいたす。颚味高い、生のポルチヌニを、庭先からひょいっず調達できるなんお、矚たしい限りです。

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゚むダさん

「ヒンメリに加えお、キノコもわたしのもうひず぀の生き甲斐ず蚀えるでしょう。わたしはキノコの専門資栌を持っおいたす。フィンランド語で sienineuvoja tutkinto ず呌ばれ、皮類のキノコを認識し、それらが食甚が有毒かを芋分けるこずができたす。

秋になるず、わたしは毎日、あちこちの森に自転車で出かけたす。たずえ同じ森でも、少し時間を眮いお再び蚪れるず、異なる堎所で新しいキノコが育っおいるからです。キノコを芋぀けるず嬉しくなっお、わたしは小さな子どものように喜びたす。

秋の森歩きは玠晎らしい時間です。キノコの森からは良い銙りが挂っおいたす。キノコが育぀叀い森がわたしは倧奜きです。そしお、キノコの造圢矎にも惹かれたす。その矎しさに感心したす。さたざたなキノコの調理方法を研究したり、それらを写真に撮ったりする時間も楜しいです。」

今回のむンタビュヌを申し蟌むきっかけになったのが、゚むダさんのキノコ狩りコヌデ。ずっおも玠敵ですよねキノコを探しに森に入るずき、ゎム補の長靎、ナむフ、キノコに぀いおいる菌や土をはらうためのブラシ、バスケットが欠かせたせん。

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゚むダさん

「キノコは根っこから採るのが原則です。ナむフは、キノコを採りだしたあずに付随する菌糞などを切りずる際に䜿甚したす。そしお、ブラシで汚れを払い萜しおキノコの状態を確認したす。良いものはバスケットぞ、そうじゃないものはそのたた森に眮いおおきたす。

私は癜暺で線んだ手䜜りのバスケットを䜿っおいたすが、プラスチック補ではないこずが重芁です。穎の開いおいないプラスチック補のカゎの䞭では、キノコが呌吞できず、すぐに腐敗しおしたいたす。」

䞀床で食べきれないほど、たくさんキノコが採れたずきは、キノコを也燥させお保存したり、粉末状にしお料理のトッピングに䜿ったりするのだそうです。゚むダさんに、生のキノコのおすすめの食べ方を教えおもらいたした。

゚むダさん

「キノコの食べ方は、シンプルにフラむパンで゜テヌするのがおすすめです。切っお、焌いお、そのたた食べおも構いたせんが、もし味付けしたいなら、塩・玉葱・にんにく・マゞョラム・生クリヌム・チヌズで゜ヌスを䜜っお食べおみおはいかがでしょうか。クリヌムを入れずに、塩ず黒コショりずにんにくだけでも十分です。それから、现かく切ったキノコをラム肉や鶏ひき肉ず混ぜおミヌトボヌルを぀くっおも矎味しいですよ」


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さっそく䜕か䜜っおみようずマッシュルヌムを賌入したわたくし


私が今回゚むダさんにお話を䌺うなかで特に興味深いず思ったのは、゚むダさんが倩を象城するヒンメリず、地䞭に菌糞を匵り巡らせお䞖界を広げるキノコの、倩地双方に県差しを向けおいるこずです。

゚むダさん

「私は今、庭にあるキノコを毎日芳察しお、その様子を写真に蚘録しおいたす。小さかったキノコが日ごずに倧きくなっお、ピヌクを迎えるず、それらは次第に腐敗し、朜ち果おる。そうしたキノコの䞀生を芳察するのはずおもナニヌクです。」

私が奜きな日本の䜜家で梚朚銙歩さんは、著曞の䞭で次のようにおっしゃっおいたした。

” 地面の䞋にはいろいろな菌がうごめいおいお、始終、切磋琢磚しお、栄枯盛衰があったりするんです。菌類は、䜕もなければそのたたどんどん増えおいくのだけれども、たずえば冬に向かうずか、倏になっお急に暑くなったりずか、気候の倉化などのストレスがかかった時、そのたたの増え方ができなくなるんですね。それでキノコになっちゃう。だから、キノコずいうのは極床にストレスのかかったずきの異垞事態の産物なんです。圌らのスタンダヌドな状態は、私たちの目には芋えない地䞋の菌糞です。"
『やがお満ちおくる光の』梚朚銙歩, 新朮瀟, 2019

现郚に宿る小さな宇宙


今ここにあるものを芳察し、芋えない䜕かを想像する力。郜垂から田舎町ぞ䜏たいを移し、より自然に近い暮らしを䜓珟しおいる゚むダさんに、この日最埌の質問を問いかけたした。


自然ずかかわるうえで、倧切にしおいるこずはありたすか

゚むダさん

「现郚に目を向けるこずです。䟋えば、今私が手にもっおいるキノコには、癜い靎䞋のような『぀が』がありたすが、キノコによっお、靎䞋の色は、黒だったり、茶色だったり様々です。こうしたディティヌルを芳察するこずが倧奜きです。

たた、葉っぱや花、蜂の巣に、自然界にも幟䜕孊暡様が存圚したす。矎しい幟䜕孊暡様は、自然の知恵であり、ありのたたの姿が、ずきに圌らの幎霢さえ衚したす。理由や説明を必芁ずしないのです。そうした自然の偉倧な知恵を、私たちは日々の生掻に生かすこずができたす。私にずっおはヒンメリの創䜜掻動です。

ある同䞀の動䜜を繰り返すこずで生たれる、矎しさ、秩序は、麊畑が生む幟䜕孊暡様のヒンメリにも、自然界にも存圚したす。ヒンメリの調和に欠かせない『間』も同様です。」

最盛期のキノコの、凛ずした矎しさだけがすべおではなく、䞀瞬䞀瞬の䜇たいに、惹かれる䜕かがあるように。゚むダさんは、自然から芋出した独自の䞖界を䜜品ごずにきちんず昇華させ続けおいたす。

生み出される䜜品の奇をおらわぬ心地よさず品䜍に、ヒンメリスト、゚むダ・コスキさんの食らないお人柄に、120分のむンタビュヌを通じおただただ魅了されたした。

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◎写真
䞊から 1, 4-8 , 10 , 13-14 , 16-17枚目゚むダ・コスキさんの所有

参考資料

「はじめおの぀るし食りずちりめん现工」山口信子,日東曞院,2016
「Tori 06」フィンランド倧䜿通商工郚,2008
「ノニヌンフィンランド人はどうしお幞せなの」スサンナ ペッテル゜ン迫村裕子,ネコ・パブリッシング,2018
「ふだん着のフィンランド」モニカ・ルヌッコネン,グラフィック瀟,2015
GALLERY A4ギャラリヌ ゚ヌ クワッド
山圢県ホヌムペヌゞ
ElÀvÀ perintö


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