秘すれば花
散歩の途中で見かけたら必ず挨拶するおばちゃんがいる。
うちの目の前のマンションを掃除しているおばちゃんで、その方が箒をかけたあとの花壇や小道はとても気持ちがいい。
去年、桜が散りはじめた頃
そのおばちゃんが舞い散る花びらをハンカチの上に拾い集めていたのを、陰から目撃したことがあった。
美しい光景にドキッとして動けなくなった私は、しばらく見惚れてしまった。
さあさあ花びらが降り注ぎ、朝の光に照らされているおばちゃんの背中。
ぽ〜っとなりながら吸い込まれるように近づいていって「今見てたけどすごくかわいいことしてたでしょ」と伝えたら、たいそう照れて、やわらかな花びらをこんもりと手のひらにのせてくれた。
私は犬の散歩のあいだ中
うれしくてうれしくて
何度もポケットに手を入れては、花びらをさわさわと撫でながら歩いたのだった。
散ったあとの花びらなのに、生まれたての赤ちゃんに触れているみたい。
このポケットから
ここからなにか始まるような、そんな新しい気持ちだった。
今朝、久しぶりにそのおばちゃんに会えた。
挨拶を交わしていつものように犬を撫でてくれていたらふいに「ねえ。人って生まれ変わると思う?」と聞かれた。
唐突すぎる。
「えー死んだことないからわからないよねえ〜」と言ったら「そうなのよ、だって帰ってきたって人と話したことないもんね。」と言った。
「でも私そういうの調べるの好きだから夜中とかに携帯でね、いろいろ調べてるのね」と続く。
( 夜中にそういうのはおよしなさいよ… )と眉をひそめつつ聞く。
「そしたらさ、死んだら人間は人間に生まれ変わるってわけじゃないらしいのよ、どうもね。猫になったり犬になったり、犬が人間になったりするんだって。」
あ、なんか最近そんな話をどこかで…
と思いながら聞く。
「それは死んだあとに、生きてるあいだどれだけ修行積んだのか、いいことと悪いことを総合的に判断する神様みたいな人が決めるらしいのよ。」
ははん、わかりました。
これはブラッシュアップライフの話ですねと私はひらめく、が
おばちゃんの目はまったく笑っていない。
おばちゃんは最近、霊を見たらしい。
昨日もそういうのを見てそれで死後のことをよく考えると言っていた。
悲しそうな感じがするの?と聞いたら、わからないらしく、
でもなんだか楽しくて出てきちゃう感じの幽霊もきっといると思うよと言ったら、やっと笑ってくれてよかった。
「私が死んじゃったらあなたに会いに行くからね」と言われたときには、ちょっと怒った。
死んじゃってからじゃなくて生きてるうちに話したいに決まってる。
「そんなのずーーーっと先だからね」とプンとして言ったら
「そうだよね、そうだそうだ!ずっとずっとずっとずーーーっと先になるようにがんばる」といたずらっぽく肩をすぼめて笑っていた。
でも、ほんとに
死んじゃったら どうなるんだろうね
私も最近悲しいことがあったから 同じこと考えてた。
その答えを聞いてみたい人がいるから、
星を見たり月を見たりするような気がするよ。
これじゃ答えにならないか。
でも そうだな
たとえば
「今年も桜の花びら拾うの楽しみだね」って
その言葉だけでも、ちゃんと届く気もしている。