小説『ヌシと夏生』20_テルテル坊主
「で、どうするつもりだ?あのおじいさん、本気で期待してるぞ。何の手掛かりもないのに」
先を歩くヌシと化け猫に夏生が声をかける。
「乗りかかった船だ。何とかしろ」
ヌシが振り向いた。どうも機嫌が悪そうだが理由がわからない。
「何とかしろって、お任せくださいみたいなこと自分が言ったんじゃないか?」
「忘れた」
そういう重要なことは、忘れないで欲しい。
「若い看護師とたくさん話せるなんて、喜ばしいことじゃないか。せいぜいがんばれ」
「は?何言ってんだ?」
もしかして看護師と話をしてたのが気に食わないとでも言うのだろうか?「夏生さん、お願い。何とかして」と、化け猫は化け猫で甘ったるい声を出す。
「面倒なこと押し付けて。金はお前の店に請求するからな」
それだけ言うと、夏生は向きを変え、もう一度病院に向かった。とはいえ、何か解決策が浮かんだというわけではない。病院の中にあるコンビニでティッシュペーパーを三箱買って、ついでにコンビニの店員に借りたマジックで「テルテル坊主用。ご自由にお使いください」とそれぞれ書いた。
「お渡しするのを忘れていました」
病室に戻ると、ベッドの上で本を読んでいる老人にティッシュの箱を差し出した。
「枕元とかに、少し目立つように置いておいて、誰かに聞かれたらテルテル坊主のこと話してみてください。どこかでヒントにつながるかもしれない」
「こんにちは。夏生ちゃんいる?」
日曜の午後、勢いよく玄関の扉を開けて、人間仕様の化け猫が入ってくる。
猫の年齢で言ったらそろそろ妙齢のはずだが、人間としての見た目は二十代だ。初めて会った時と比べて、気のせいか日々、若返っているように夏生には思えるのだが。その矛盾を指摘したところで「で?」という返事程度しか返って来ない。やはり、その辺の感覚は人と違って大雑把だ。
「ご主人様がヌシちゃんと夏生ちゃんに会いたいって。テルテル坊主のこと知ってる人がいたんだって」
ヌシと夏生が病院の中庭に着いたとき、老人の横に女性が立っていた。「置いていっていただいたティッシュの話が伝わったみたいで、小児病棟の看護師長さんがいらしてね」と老人が言う。
「こんにちは」と女性が頭を下げる。
「もう十年くらい前になると思いますけど、テルテル坊主を作っている女の子がいて。皆に配ってあげていたんです。なんかそんなことを思い出して」
「その女の子は?どうして入院していたんですか?」
「なんだったかしら?忘れちゃいました」
「なるほど……」まあ、個人情報とか世の中いろいろ規制もあるし、覚えていてもそう簡単には教えてはくれないだろう。
「その子に最初は鶴の折り方を教えてあげたんですけど、難しかったみたいで。だからもっと簡単なテルテル坊主をティッシュで作ってあげたんです。そうしたら喜んでくれて。作り方も何も、ティッシュを一枚丸めて、もう一枚でそれを包むようにして、輪ゴムで止めて。それだけです。そうしたら千羽鶴か何かと間違えちゃったみたいなんですよね。千個作るって言いだして。手の空いた看護師とか、若い先生も手伝ってね。結局千個はできなかったのかな?輪ゴムで止めるのも大変なので、きゅってひねって頭の部分と体の部分を作りました」
ちょっと首をかしげる仕草。かわいらしいけどなんとなく、時代がかっている。これから言いにくいけど、絶対に聞かなければならない質問をする。そう思うと、背中に嫌な汗が一筋。ツーっと流れた。
「こんな質問をするのは大変、心苦しいのですが……」
勇気を振り絞った夏生の声に、遠い目をしていた看護師長が我に返る。
「その女の子はその後、何というか、今はその、お亡くなり……?」
どうしてもごにょごにょと口の中でつぶやくようなしゃべり方になってしまう。しかし、何を言っているのかは分からなくとも、ニュアンスは伝わったみたいだ。師長がまっすぐ夏生の目を見据える。
「彼女はすぐに元気になって退院しましたよ」
「……退院?」
「ええ。すぐ。結局、千個作るまでもなく元気になって。でもテルテル坊主って聞いたら何だか懐かしくなっちゃって。彼女ももう、大学生くらいなのかしら?」
看護師長が去ると、老人は人に化けた猫に連れられて病室に帰って行った。
テルテル坊主の作り主は、今も元気である。想像していたような悲しいお話でなくてほっとした反面、テルテル坊主が増える原因の究明はまた振り出しに戻った気がした。深夜の病院での不可解な出来事ということもあり、勝手に怪談のような落ちを想像していたが、どうやらそんな単純な話ではなかったらしい。
病院に入ると、面会に訪れた家族たちもそろそろ帰りはじめ、面会用のラウンジはパジャマ姿の人だけになった。この人たちにテルテル坊主の話をしたところで、信じてはもらえまい。むしろ縁起の悪い想像をされてしまう危険性の方が高そうだ。病院で働く人もだめ。となるとテルテル坊主に直接アプローチするしかない。
病室では、人に化けた猫がみかんを食べている。
「猫ってみかん、食べるんだ」
夏生が驚いていると、「食べますよ、みかんぐらい。普通です」と笑う。
「テルテル坊主に直接会ってみたくて。今夜、病室に泊まれるかな?」
「泊まれるよ。私もお店が休みの時とかよく泊まるもの」
「そうなの?」
「そうですよ。おじいちゃん。今日、夏生ちゃんとヌシちゃんも泊って良い?テルテル坊主に会いたいって」
「もちろん大歓迎だけど。ご予定があるんじゃないかな?」
「いいえ、何の予定もありませんし。お体にさわらなければぜひ」とヌシが微笑む。
「お二人ともありがとう。無理を言ってしまって申し訳ない」
頭を下げる老人に「とんでもない」と夏生も頭を下げ返す。
「良かった。皆でお泊り会なんて楽しいね。嬉しいなあ。夏生ちゃんとヌシちゃんが泊まること看護師さんに言ってくるね」
猫はパタパタとナースステーションに走って行った。宿泊問題はあっけなくクリアした。あとはテルテル坊主を作る犯人を寝ないで待つだけだ。
「皆で泊まるんだったら今日だけ個室に移ろうよ」と、上機嫌な化け猫が入ってくる。「空いてるみたいだったから借りといた。個室の準備できたら呼んでくれるって。私おじいちゃんと寝るから、ヌシちゃんと夏生ちゃんは借りたベッドに寝てください」
「テルテル坊主ってこの部屋に来るんじゃないの?個室に移っちゃったらテルテル坊主も迷うんじゃないかな?」
「うーん。今夜来なかったらまた泊ればいいじゃない?」
そういうものか?夏生の不安をよそに、猫たちはお泊り会で盛り上がっていた。
(つづく)
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