見出し画像

小説『ヌシと夏生』21_テルテル坊主

個室は最上階にあった。病院にこんな部屋があるのか?と驚くくらい、ホテルのようにきれいな部屋だ。
「高いんじゃない?」つい、お金のことが気になる夏生に「うちの店、お陰様で今繁盛してるから」と、猫が小さく胸を叩く。

「これは立派な部屋だな。しかしこんなにしてもらうわけには……」

老人が心配そうにいうと、「私たちも遠足みたいな気分で楽しいから」と人に化けた猫が前髪を細い指でくるくるいじる。元の姿を知っているだけに、一体どうやってここまで精巧に化けられるのだろう?と不思議でならない。

「そうそう。さっきお地蔵ちゃんにヌシちゃんと夏生ちゃん、今日は病院に泊まるからって電話しといた」

化け猫がにっこりとほほ笑む。

「本当に今夜、現れてくれますかねえ」

老人が期待するようなまなざしで夏生を見る。

「前回、テルテル坊主が現れたのっていつだって言っていた?」

「一週間くらい前かな?」化け猫の答えに、夏生がスマホを見る。

「一週間前、二十一時以降この辺りは雨だった。つまり、次にテルテル坊主があらわれるのもきっと雨の日だ」

「なんで?」

「何でってテルテル坊主は雨を晴れにするものだから。犯人は晴れて欲しいと願っている人」

「で?」

ヌシが聞く。

「誰にでもわかるようなことを、わざわざもっともらしく言うその理由は?」

「雨を降らせてくれないか?」

夏生が手を合わせる。

「嫌だ」

「頼むよ。龍神なんだろう?」

「人って奴は、すぐに雨を降らせろって簡単に言うが、大変なんだぞ。どうしてここで雨が必要なんだ?」

「テルテル坊主と言えば雨。だろ?」

「面倒くさいな」

「そこを何とか頼む。うまくいったら……、何だろう?油揚げを腹いっぱいご馳走しよう」

そういえばヌシへのお供えって何がふさわしいのかと、迷いながらもとりあえず、それらしいものを思い付きで言ってみる。

「私は稲荷ではない!」

少し不機嫌そうにヌシが窓を開けると、早くも雲が空を覆い始めた。
湿った風が、病室の中に入ってくる。窓から出した夏生の掌に、ぽつりと雨が落ちた。

「え?そんなにすぐできちゃうの?もったいぶってたくせに、めちゃくちゃ簡単そうじゃないか?」

電気を消すと静かな息遣いが部屋の中に響き渡った。意外と、音を出さない方がかえって音が気になって、いろいろとうるさく感じるものなのかもしれない。そのうち息を殺した音が次第と静かに規則正しい音になって調和する。

どのくらい時間が経っただろうか。

「わせっかわせっか」

夢の遠くの方からごく小さな声が聞こえたような気がした。

「わせっかわせっか。わせっかわせっか……」

どこからか聞こえてくる。

掛け声?

うっすらと窓から入る月明かりの中、ベッド脇のテーブルの上で、白いふわふわした物がゆれるように動いていた。繰り返す「シュッ」という音。ティッシュが、ティッシュを次々と引っ張り出していく。テルテル坊主が仲間を増やしている。

病室に置かれたティッシュペーパーは瞬く間に空になって、床に空箱が落ちる。次の箱が空けられる。

「わせっかわせっか、わせっかわせっか、わせっかわせっか……」

産まれたばかりのテルテル坊主はふわりと投げられるように飛んで、老人と化け猫が眠るベッドの上に落ちていく。顔のないてるてる坊主が病室のベッドの上に山になる。その横ですうすうと寝息を立てて化け猫が丸くなって眠っている。

「よく寝れるな」

夏生はひとりごちた。
老人はともかく猫は起きていろ。そもそもの言い出しっぺなのだから。ただ、このまま見ていても埒が明かない。一心に仲間を増やし続けるてるてる坊主の、頭を押さえた。

むぎゅっ?

一瞬可愛らしい音を立てててるてる坊主は動きを止めた。
ヌシが部屋の灯りをつける。何の変哲もないティッシュでできたテルテル坊主だ。が、手の中でもごもごと動いている。あまり強く握っていると破けてしまいそうな心もとなさがある。

「ごめんなさい。貴方を傷つけるつもりはなくて」

一旦、ベッドの脇のテーブルに置いた。さて、どうしよう?目の高さを合わせてみる。黒いマジックか何かで描かれた二つの点……。その目は、以外にも表情が豊かだ。そこはかとない気品があると言っても良い。それはそうだろう。自分で動けるのだから。その時点で、ただのテルテル坊主ではない。とりあえず「こんばんは」と声をかける。できる限り優しく、そして丁寧に。頭も軽く下げた。夏生の挨拶に、テルテル坊主も少し、頭を下げる。言葉は通じるようだ。

「話せる?」

質問をしてみたが、テルテル坊主は首をかしげるだけだった。ちゃんと口らしきものは描かれているのに。しかし、テルテル坊主の口らしきものの口角はちょっと上がった。笑顔に見えなくもない。とりあえず、こちらの言ってることは伝わっていそうだし、敵意はなさそうだ。

「仲間……友達……を増やしているのかな?」夏生の問いにテルテル坊主が頷く。

「なるほど」とりあえず、うなづく。さて何をどう話すべきか。そもそも、この依頼のゴールは何だっけ。ほかの人のティッシュを使うなと、伝えることだったか?

「えっと、テルテル坊主を作ってくれて、ありがとう。このご老人は入院していて、テルテル坊主に元気づけられるって。お礼をおっしゃってました」

テルテル坊主の目が、じっと夏生の目を見ている。大丈夫、伝わっている。

「ただ……」

諭すように話してみる。難しいか?緊張しているせいか、言葉遣いが堅苦しい気もする。

「あまりティッシュをたくさん使ってしまうと。問題になる」

にっこりほほ笑んでいた白い顔が、くしゃっと動く。伝わらなかったようだ。

「仲間を作ることを否定してるんじゃないんだ」

「……」

言葉はないけれど、ここまでは伝わって入るようだ。

「……で、このご老人のティッシュだったらどんどん仲間を作ってくれてかまわない。むしろ大歓迎だ。だけど、ほかの人のティッシュを使ってしまうと、このご老人に迷惑がかかる。何ていうか、ティッシュを盗んだって思う人も、中にはいるかもしれないから」

くしゃ。
うむ。また失敗だ。でも、言いながら同じことを繰り返しているだけだなあと、自分でも思う。これじゃあ伝わらない。

「つまり……」

ベッドの上に山積みになったテルテル坊主は積まれたままになっている。

「テルテル坊主じゃ鼻がかめない」言いながら、テルテル坊主の顔を見る。……そもそも鼻が描かれていない。

「病院にはいろんな人がいるから。いろんな考え方の人がたくさんいるんだ。わかるだろ?」

とその時、老人のベッドで寝ていた猫が「うにゃッ」という寝言とともに、足をドンと伸ばした。テルテル坊主の山が一気に崩れる。そこにさらにもう一撃、伸ばした足を上にあげ、一気に振り下ろす。ボンとベッドのマットレスが弾む。テルテル坊主が一瞬、舞い上がると床に散らばった。

このタイミングで?
これは、よろしくない。
非常に、よろしくない状況なのではないだろうか?
恐る恐る視線を床から上に戻す。

クシャ。

テルテル坊主の顔がゆがむ。そして、戻った時には、さっきまでほほ笑んでいた目が吊り上がっていた。鬼のような形相で。と言っても、鬼を見たことはないが……。

夏生をにらんでいる。ヌシと初めて出会った日、お地蔵さんがこんな顔をしていた……。

(つづく)


いいなと思ったら応援しよう!