小説『ヌシと夏生』13_化け猫
「何しろ君は神の使いだからな。神がいなくなったらその神に恨みを持っていた輩が一斉に襲い掛かる。野良の使いは格好の餌食だ」
「そんな……。ヌシはそんなにあちこちで恨みを買っているのか?」
「わざわざ恨みを買うつもりはなくても。強い力を有していれば、存在するだけで弱きものをつぶしてしまうこともある。悪気はなくても。私を倒して名声を上げたいという輩もいるかもしれない」
確かに、ヌシは強い。それはもう夏生自身、何度か目にしている。しかし、ヌシを倒して名を上げたいという輩がいるほど、強力な神なのだろうか?まるで、昔のヤンキーというか、猿山のボス猿というか。レベルが低過ぎはしないだろうか……。
「俺には全く関係ないじゃないか?」
「だが、うろこを受け取った以上、仕方のないことだ」
「そもそも、誰もお前の使いになんかなった覚えはないぞ?」
「依代を授かってしまったのだから。一心同体でカウントされるのは仕方あるまい」
「そっちが勝手に押し付けておいて何を言う。だいたいこっちは忙しいんだ。妖怪だか何だか知らんが。そんな馬鹿々々しいことに付き合っている暇なんてないんだ。生活だって大変なんだ。神様なら何とかして見せろ」
「金だったら新しいビジネスをすれば良い。この間ろくろ首の相談に乗ったら謝礼をもらえたではないか?相談に乗るビジネスを始めよう!」
「そんなもん。そう簡単にできるわけがないだろう?」
「はい!やる前から否定!出ました!今の発言で半径三メートル圏内の福の神が三百人は逃げだしたな」
「半径三メートルに三百人って福の神ってそんなにたくさんいるのかよ?ちっちゃい福の神がわらわらしてるってことか?有難みがなさすぎるぞ!」
「はい。福の神への冒涜、いただきました!福の神に気づかないどころか、逆切れとはな。お前の周りで三百人の福の神が泣いているぞ。おや、泣き止んだ……、怒りだしたな。ふむふむ。これから天罰十連発まとめて下りますよ。お楽しみに!」
「やめろ。縁起でもない」
「天罰から逃れる方法はただ一つ」
「何?」
「お地蔵さんを飼って朝夕手を合わせましょう」
「お地蔵さんを飼うって。その発言の方がよほど天罰下りそうじゃないか」
「自分で自分に天罰下してるほど神は暇じゃありません」
「本当に口が減らない神様だな。わかったよ。今夜だけだからな。玄関だぞ。部屋の中に上げるなよ」
「君は祟りとか怖くないのか?お地蔵さまは閻魔大王の化身とも言われてるんだぞ。はい。夏生君、地獄行き決定!」
「お前神様のくせに、『閻魔大王の化身とも言われてる』って言ったな?『言われてる』って。知らないんだろ?自信がないどこぞのウェブライターみたいな発言しやがって」
「浅いな」
「反論はそれだけか?」
「薄っぺらい。四十を過ぎてこの程度か?日本男児の質の低下には目を覆いたくなるな」
「うるさい」
「では聞こう。君は地獄に行ったことがあるか?」
「……ない」
「閻魔大王に会ったことは?」
「……ないに決まってるだろ。そういうヌシはあるのか?」
「あるわけがない」
「神様のくせに?」
「君は神に何か、ゆがんだ幻想を抱いているようだな。神なんてそこらの輩と変わらん。人間でもいるだろ?馬鹿なくせにやたらと人望が厚い奴とか、乱暴すぎて面倒くさいからとりあえず崇めとこうという奴とか。喧嘩が強いとか、人が良いとか。ほっといたら何されるかわからないからとりあえず住処と食事をあてがって味方にしておこうという作戦だ。味方にならないまでも敵にはならないで欲しい。その程度のものだ。こっちだって気が付いたら勝手に拝まれて神にされていただけで、神になるために特別な教育を受けたわけでもない。もちろん中にはすごいのもいるだろう。信仰したいという気持ちを否定するつもりもない。でも少なくとも私はそんなもんだ」
「……だから?」
「神だってなんでも知ってるわけじゃない。なんでもできるわけでもない。そこらの人間より少し体力があるだけだ。私はとても強いがな」
さりげなく自慢を織り交ぜているが面倒くさいからスルーしておいた。夏生の反応がないと、ヌシは玄関で靴に立って靴を履き始めた。
「どこに行く?もう夜だぞ」
「……別に。地蔵と暮らせる場所を探す」
「ほほう。それは良かった」
「君の顔を見ていると天罰を下しそうになるからな。靴も買ってもらったし、スカジャンとやらも着れたし。一応の恩はあるから黙って出て行こう。それが私の真心だと思ってくれ。楽しかったぞ」
「……」
「くれぐれも大事にしろよ。その命」
「命?」
「うようよ集まって来てるからな。皆、貴様を狙ってる。中に入りたがっているのが大勢いすぎてこのドアなんてはちきれそうだ。大変なことが起こる前に私はとっとと逃げよう」
「ちょっと待て。来てるって何が?」
「前も言ったろう?神の依代を手にし、一度こちらの世界に足を踏み入れたのだ。こちらとそちらを橋渡しするつなぎとして便利なのだよ。君は」
「腹立たしい」
「安心しろ、すぐに腹も立たなくなる。私が夏生から離れたことが知れれば……」
「知れたら?」
「秒殺」
「……ちょっと待て」
「その体は食い尽くされるが痛みを持った魂は未来永劫、この地に縛られ苦しみ続けるであろう」
「……ちょっと待ってください」
「何か御用かな?」
「……その地蔵も部屋に置いてやる」
「何か?少し聞こえなかったが。お地蔵様に部屋にいてくださいと?頭を下げたいと申されるのか?」
「なんだその話し方は。腹立つな」
「さあ地蔵よ。ともに旅立とう。不幸な世界で苦しんでいる人々に福を授けに行こう」
「……部屋にいてください」
夏生は頭を下げながら歯噛みした。屈辱以外の何物でもない。しかし本当か嘘かは別として、お化けだか妖怪だか。変なものに殺されるのは嫌だ。
「お願いしますは?」
「……お願いします……」
深々と頭を下げる夏生に、ヌシも満足したらしい。
「良かったな地蔵。こいつは意思も弱いし。一度部屋に上がり込みさえすれば後はなし崩しに住み着いても大丈夫だぞ」
ヌシの言葉にお地蔵さんが嬉しそうに揺れるのを見て、夏生はため息をついた。
とりあえず明日も仕事だ。早く眠ろう。眠って目が覚めれば、きっと……。
(つづく)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?