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誕生日が初めて嬉しくなかったので歳をとるのも悪くない理由を考える

今週、一つ歳をとりました。

ここ最近誕生日に何も思わない
というのはあったけど、
初めて気持ちがマイナス方向に傾いて、

前日は特に猛烈に歳をとるのが寂しくって、

一歳若い自分の時間を最大限に満喫するために
無意味に一人リビングで24時まで待機してみたり

謎の悪あがき。

誕生日は桜の季節

昔は誕生日といえば
最高のエキサイティングイベントだったのに、

今年旦那と行ったオシャンなレストランで、

バースデープレートを前にして微笑む自分の写真は
何故か恐ろしく淡々としていて、

ザ・デッドフィッシュアイズ


すごく嫌だなって思った。

こら、もっと目キラキラさせて喜べよって。

でもそんな時に、
ちょうどnoteでこんな素敵な記事を見つけて↓

感化されたので、

2022年の私が歳を重ねて良かったと感じることを
書いてみようかなと思いたったわけです。

まず、一番良かったと思うのは、
この歳になって、

物理的にも精神的にも、
自分の好きな選択を独立した一人の人間として
できるようになったということ。

子供の時は親や大人の考え抜きでは
もちろん選択が出来ないし、

20代精神的には独立していても、
金銭的に好きなようにできなかったり

今考えると自過剰なほど
周りの目が異常に気になったり

そういう制約で
なかなか自分を縛って動けなかったのが、

30代も板についてきた今日この頃は
なんて自由なんだろうって思う。

大体のことはやりたければやればいいし、
欲しければ買えばいいし、
嫌だったら辞めればいいし、捨てればいいし、

周りもいい大人だから、
別に各自どうであろうとそんなに気にならない。

それに、
仕事でもまだ責任範囲大したことないですしね。

気楽なもんです。

もう一つ最近気づいたのは、
人を愛しいと思う感情
やっと分かるようになったこと。

愛しいって恋愛って意味じゃなくて、
人間愛の方。

突然だが、
実を言うと昔の私は
だいぶ、子供が得意じゃなくて、

得意じゃないっていうか、
正直嫌いでして、
女子高生時代は子供がいたら車両変えるレベルに子供を毛嫌いする冷徹人間だったのだけど、

親友に子供が出来て、

先日ランチ後にその子供に手を握られて
指のシワを興味深そうに触られた時に、

君はシワも興味深いのかい

なんて、
なんだかキュンときまして、
そんな自分にびっくり。

立ち位置的に
自然とそうなってくるのかもしれないが、

仕事でもチームのメンバーを守ってあげようとか、

昔の私だったら別れる!なんてなってた
旦那の意味不明な行動もなんか変なやつだなと
思いながらそれも含めて旦那かって
受け入れられたりとか、

思春期はうっとうしいと思っていた父のことを
なんか可愛いなと思ってみたりとか、

愛しいって感情が分かって、
今までよりもっと
人間になれたような気がしている。

そして、最後に
人間関係がとても快適になった。

誕生日のメッセージで実感したのだが、
マメさのかけらもない私に、
こんな私にもなお「おめでとう」と送ってくれる友人たち、

久しぶりでも様子伺いがてら
メッセージくれる人たち、

その、ありがたさよ。

10代、20代のころは、
Facebookでうすーい繋がりの人たちにまで
一生懸命誕生日メッセージ送り合って、
何人におめでとう言われるか競争かよって
言いたくなる、
そんなのもあったように思うけど、

この歳になると、
一生繋がりを持つだろうと思える人たちが
分かってきて、

今でもなお繋がっている友人たちに
心を込めてありがとうと言いたくなるような
そんな気持ちになるわけです。

だから、友達何人かとかじゃなくって、
(今の10代20代はフォロワーとかもなのか?)
自分が快適に思える人たちで
自分を囲んで、快適に過ごす。

そんなことが出来るようになったのは、
歳を重ねたおかげなのかもしれないな、
なんてね。



来年もまた誕生日が来たら
自分でも思いがけない良かったことリスト
増えるかな。

そう考えると、
歳とるのも悪いことじゃないような気が
少しだけしてきた。少しだけ。

そんなバースデーウィークでした。

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