言葉に埋もれた、出すことのないファンレター

同じ場所から別れていく悲しみを、2度も味わうことになるなんて。


私は高知県で活動していた観光PR隊のファンだった。本当に偶然見かけたそのステージに心奪われて、絶対もう一度高知に行くんだと誓ったけれど、それが叶わないままPR隊は活動終了した。
2年前の3月31日。私の当時の悔恨が、まだこのnoteの切れ端のどこかに眠っている。

そのメンバーの中で、いちばん強烈に印象に残った人がいた。理由はよくわからなかったけど、この人どうしてここにいるんだろう、とかなんとか思った気がする。
私はPR隊のことをそれまでまったく知らなかったので、当然その人のことも何ひとつ知らなかった。
名前すら知らないその人が、何だか一生懸命に歌って踊って芝居をする姿が、今も瞼の裏に焼き付いて離れない。たった一度のことだったのに。

それから程なくして、その人はまた私の前に姿を現した。彼だけは、PR隊の活動拠点に残って仕事をするらしい。前任含めて8年程活動していたPR隊の面影を、たった一人で守るかのように。
私はその8年のうちの僅かな期間しか知らないけど、彼はその8年をずっとPR隊として駆け通した人だった。

検索エンジンというのは便利なもので、PR隊の役柄の名前ではない、彼の本当の名前はもう知っていたけれど、その名前で活躍する彼に出会えることに、不思議な感覚とささやかな幸せを覚えた。


180cmを超える身長と、くっきりと大きな黒い瞳。スラリとしたその姿は、美形と言って差し支えない。PR隊としての彼を目にした私の率直な感想は「高知はどうやってこの人を隠していたのだろうか」だった。
PR隊の衣装も相まって、黙っていればクールで美しい青年に見えたかもしれない。

しかし、高知の自然や様々な体験の紹介、拠点とする施設のPRやイベントの進行を執り行う彼のその姿は、あまりにも初心で素直で純真で、「高知はどうやってこの人をこの年齢までここまで素直に育てたのか」と面食らって虚空に質問を投げ掛けたくなるほどだった。

あまりにも面食らって、つい笑ってしまった。何だか、トゲだらけだった自分の心がきれいに丸くなっていくようだ。もちろん多少の演出もあっただろうけど、とてもそれだけには見えなかった。
こんな人がいるなんて。ずっと昔、たまたま出会って一緒に東京タワーに登った人がこんな感じだったけど、まさかそんな面白くて可愛らしい人がもうひとりいたなんて。

薄々気付いてはいたけど、私は面食いの割には実際には顔の善し悪しで誰かを好きになることがない。その裏の、その人のキャラクターを無意識に見抜いて好きになるらしい。

キャラの濃い人のファンにしか、なったことがないのである。しかもとびきり濃い人ばかり。
まさか、いややっぱり、この人もそうだった…。

PR隊の役柄にもそれは滲み出ていたのかもしれないけど、今にして思えば役柄は役柄で彼はちゃんと演じていたのだろう。本名の彼に戻って発揮し放題に発揮された素の姿は、もう一生嫌いにはなれないだろう、たとえ一瞬嫌いになったとしてもどうせすぐ戻ってしまうだろうと覚悟を決めさせるほど、私には愛おしく映った。まるで、素朴だけどいつまでも眺めていられる不思議な色合いの美しいビー玉を、手のひらに放り込まれたみたいだった。


毎日が癒やしだった。流れてくる写真や動画などの情報を、私は乾いた心に水を吸わせるがごとく必死で吸収した。
PR隊に活動期限があったように、彼のこの役割だっていつまで続くかわからない。
見届けることが叶わなかった思い出を背負った、ボーナスステージ。私が彼のファンだったからこそ、そのボーナスステージは本当の本当に、貴重過ぎるほど貴重なボーナスだった。

終わって欲しくなかった。終わることがわかっていても、終わって欲しくなかった。
PR隊の終了は、自分が間に合わなかっただけでそれ自体は仕方がないとどこかで諦観していたのに、私にとってのボーナスステージの終了を認めたくない私がいる。

ボーナスステージは、昨日終わってしまった。
こんな世の中だから、セレモニー的イベントすらなく、ひっそりと火が消えていくように。
3月31日が嫌いになってしまいそうだ。


PR隊終了後に2回高知に足を運んで、幸運なことにその2回とも彼に会えて話ができた。その時のことはどこかに延々と綴っているからここでは書かない。いや、肝心の彼のことは、実はあまり書いていない。
私が間抜けぶりをいい加減晒してしまったこともあるけど、何だか勿体なくて、書く気になれなかった。

特に忘れられないことが、ひとつある。
初心で素直で純真だと感じていたことは錯覚でも何でもなかったと、彼のある姿に思った。それは、本当ならこの人はこんなに可愛いんだと詳しく書いて共有すべきことなのかもしれないけど、きっと、永遠に書くことはないだろう。
それは私だけの秘密だ。その姿は本当に私しか目にしていない私だけの記憶だ。ひとつくらい、誰にも渡さない私だけの想い出がこの世に在ったって、神様はきっと許してくださるだろう。

それだけでなしに、話をした内容、言葉のひとつひとつも、今もまだ何もこぼさずに覚えているけれど、文字の形にして頭から追い出すと忘れてしまいそうで、書きたくない。私だけが覚えていれば、それでいい。

けど、その2回だけだった。
友達と3人で撮ってもらった写真の彼は、私が不審者過ぎたのか笑っていないようにしか見えないけど、私の手元に残った写真はそれ1枚きり。自分からはとても撮って欲しいと言い出せず、親切な職員さんが躊躇う私を見兼ねて「私が呼んできてあげよう」と彼を連れてきてくれたから叶ったことだった。
ファンであることを黙ったままだった私が、最後の最後にそれを友達にバラされて、ずっと不審そうな顔をしていたその顔のままで写っている彼。
笑顔の写真を手元に残すことすら、私にはできなかった。

だから、言葉のひとつひとつが、耳に残る声が、瞼に焼き付いたその表情が、私にはすべて宝物なのである。だって、ほとんど持っていないんだから。
この宝物は、見せてあげてもいいと思った人にしか、見せてあげないことにした。
数少ない、私だけが持っていてもいい、素朴だけど美しいビー玉なのだから。

そもそも写真を撮ってもらったり、話ができるなどとは思っていなかったから、今思い出してもあれは奇跡だったのかと思う。ボーナスステージに最高に美しい宝石が隠してあったとしたら、きっとこれのことだ。

せめてもう一度、高知に行けていたら。会えていたら。
それを今、心の底から悔いているけれど、どう頑張ったってもう、時計の針は巻き戻らない。


無地の緑色のパーカー姿が好きだった。

頭をぶつけたり転んだり変な歌を歌ったり独特過ぎるリアクションを取っているのも好きだった。緊張のあまり奇行に走る私を見て「自由ですね」などと友達に呟く言葉が聞こえてあの当時は恥ずかしくて死にそうになったけど、その言葉そっくりそのままお返ししてもいいですか。

動物に対するリアクションはこれまでに見た人類の中でいちばんこの人が可愛い。断言するほど好きだ。

彼も人間だから、お腹の中は真っ黒かもしれないし、いつでも笑ってなんかいないし、泣くことも怒ることも間違うことも整合性のないことを突然行うこともあるだろう。それでも、その魂はきっと、素朴だけど不思議で美しいビー玉のように愛おしいものだろうと、私は本当に勝手に思っている。

これ以上、大切にしたいと思った魂はほかにないかもしれない。同じものをどうしても見つけられなくて、だからこの人じゃないと駄目なんだと思った。

いくらでも、いくらでも書けてしまうはずなのに、なんて書いたらいいのかわからない。何故か全然わからない。言葉が溢れ過ぎると、逆に言葉で詰まってしまうみたいだ。


3月31日を過ぎた彼がどうするのかを私は知らない。もう手紙も届かないだろう。彼の呼吸がいつも感じられた彼のフィールドには、彼の気配が消えている。真っ白になった文字とともに。
毎月のように手紙を出せば良かったなんて今更思っている。私に勇気がなかっただけなのがいちばんの理由だけど、彼にも私にも関係ないけど私にはどうしても引っ掛かったことがあって、手紙なんて届かないんじゃないかと勝手に思い続けていた。

2年前に、彼の新しいポジションの告知に画面の前で泣きじゃくったあの日がまた来るのかもしれないけど、それがいつになるかはわからないし、少なくとも、2年前のような「ボーナスステージへの引き継ぎ」じゃないことは確かだろう。

このまま応援していていいのか悩んでもいる。私は彼にとってきっと何の役にも立たないファンで、むしろファンを名乗られることすら嫌なんじゃないかとぐるぐる悩んでいたりする。
それでも、ぐるりと悩んでまた戻ってくる。きっともう一生嫌いにはなれないだろうと、笑いながら覚悟を決めたあの瞬間に。

ありがとう、も、お疲れ様、も違う気がする。ボーナスステージは私にとってのボーナスステージであって、彼の人生のステージはまだ続いていくし、それはあの8年とも2年とも陸続きのひとつのピースだから。


困ったな、こんなにもなんて書いたらいいのかわからない。こんなに長々と書いているのに、なんにも書いてない気がする。

最後にひとつだけ。

その人の名前は、柴田恵介さんという。

どうせこんなポエムになってしまうから、それじゃきっと失礼だからって、なかなか文章にできずにいたけれど、語りたくて文字にしたくて、本当はずっと溢れ続けていた無数の言葉。
そのほんの一部を、ここに置いていく。
覚悟してたのに今更混乱してる今でないと、きっと彼の名前を置く形で文章を残すことは出来ない。今までもずっと出来ずにいた。

こんな文章でごめんなさい。ずっとずっと勝手に、高知にこんな素敵な人がいるんですよってテレビ局のプレゼントに応募するときにこっそりアピールしたりしてこっそり応援してました。これからも勝手に応援しています。


ねえ、神様願ってもいいかな。もう一度会わせてください。笑顔の写真、持ってないから。

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主にフィギュアスケートの話題を熱く語り続けるブログ「うさぎパイナップル」をはてなブログにて更新しております。2016年9月より1000日間毎日更新しておりましたが、現在は週3、4回ペースで更新中。体験記やイベントレポート、マニアな趣味の話などは基本的にこちらに掲載する予定です。お気軽に遊びに来てくださいね。


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