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#2赤い屋根

小学生のころ、音楽の授業で「赤いやねの家」という歌を歌った。

でんしゃの まどから みえる あかいやねは
ちいさいころ ぼくが すんでたあのいえ

体育館に全校生徒が集められ、音楽の先生の伴奏に合わせて、声を張り上げて歌う音楽集会。
集会の様子はそこまで細かく覚えていない。覚えているのは、歌いながら見ていた脳内の景色だ。

今でこそ、実家の最寄駅は地下鉄になってしまい、踏切も電車の走る音も地上に現れることはなくなったが、小学生くらいまではまだ電車が地上を走っていた。体育館の中で、私は電車に乗っている気分だった。

駅前の踏切を通り過ぎるころ、銀行の奥に赤い屋根の家が見える。日が傾き出していて、赤い屋根に日が落ちていく。対して高い建物もない。みんな同じような背丈の街の、一つの家に日が吸い込まれていく。
屋根は赤くて、家の壁はクリーム色。窓が木の枠で組まれていて、絵で描くようにハリボテの赤い屋根の家が、記憶の風景に混ざり込んでいる。

電車に乗っているのだから、通り過ぎているのに、通り過ぎない。
何度も何度も赤い屋根が見えて、赤い屋根の後ろに日が帰っていく様子が見える。それなのに、もうあの家が自分の場所ではないのだと、見たことのない家の中のことを思いながら、寂しい気持ちになる。

いつか いつか ぼくだって おとなになるけど
ひみつだった ちかみち はらっぱはあるかな

街が変わるなんて思ってもいなかったけれど、私の家の裏にもあった学校への近道がなくなってしまうのかと思ったら、もっと悲しい気持ちになる。
その近道は、チャイム5分前にランドセルを揺らしながら走った道。
猫を追いかけて塀を登って見つけた道。
鬼ごっこするとき、面したアパートの裏に、ちょっとした隠れる場所もついてる道。

大人になったら、全部思い出になっちゃって、自分のものじゃなくなっちゃうのかな。そんなことを思いながら歌ってた。


この前、今住んでいるところの駅から降りた時、5階建てくらいのマンションの屋根が赤いことに気づいた。西日が当たる方角にあるあの屋根は、私の思っていた赤い屋根とは違う。
幼いころ住んでいた街は、案の定、大きく変わって高いビルがいくつも立った。あの近道も、区画整理か何かでなくなった。
あのころ思っていたことは現実になった。

ずっと こころのなか あかいやねのいえ

私の家はどこへいってしまったのだろう。

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