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メタモルフォーゼに出会う旅 

 メタモルフォーゼという言葉をご存じだろうか。調べてみると、ドイツ語で、変身や変化を意味する言葉のようだ。
 
「先生、お久しぶりです」と関釜フェリーのスタッフが船の出入口で迎えてくれる。こちらも、「元気そうですね」と応じる。

 🐇谷が、関釜フェリーに乗船した時に交わす会話の一コマである。

 2016年度まで、韓国は釜山にある学校で、日本語を教えていた。所属していた学科は、日本語を主に学ぶ学科で、卒業後、学生は日本語を使う企業に就職する者が、珍しくなかった。免税店やホテル、それに旅行代理店や、日本と韓国を往来する、フェリー会社などであった。

 卒業後、教え子に会える機会は、ひそかな楽しみだった。

 なぜなら、在学中は、未熟で頼りなく、一言でいうと子どもだった学生が、卒業して、その職場で日本語を使い、日本人の乗客と、堂々とやり取りしている姿をみていると、子どもからひとりの大人、社会人として、活躍する学生の成長を、じかに確かめて、実感できる場であったからである。

 関釜フェリーは、社名からも分かる通り、日本の下関と韓国の釜山を、1晩かけて結んでいるフェリーだ。乗客は、何度も乗ってみたところ、韓国人が多いだったが、日本人もそれなりにいるようで、平均すると韓国人7に、日本人3ほどで、それ以外に、日韓以外の国の人たちが若干というところか。

 つまり日本人の乗客がそれなりにいる以上、スタッフは日本語の使用が求められるのだ。

 さて、卒業生はどんな仕事をしているかというと、乗船時には、飛行機同様に、出入口のドアを入ると、スタッフが待ち構えていて、挨拶とともに、韓国入国の際に必要となる書類を渡し、また乗客が持っているチケットを確認し、その乗客が過ごす部屋の位置を説明する。冒頭の会話の一コマのエピソードは、この時のものである。

 また別のスタッフは、大部屋でなく個室を利用する乗客が、チケットの確認時、個室のカギを受け取るよう、出入口にいるスタッフから、指示されたので、インフォメーションカウンターで待機していて、受け取りにくる乗客にカギを渡す作業などしている。

 すべての乗客が乗船すると、スタッフは、出入口のドアの下あたりに敷かれた、カーペットを巻き取って片付け、ドアを閉める。

 乗客は、自室に荷物を置き、食事をしたり風呂を浴びたり、船内を散策したりするが、その間、スタッフは、館内放送をしたり、またインフォメーションカウンターに立って、訪ねてくる乗客に対応していたりする。

 翌朝になると、出入口のドアの前のフロアに、乗客が下船のための、場所取り用として、カバンなどの荷物を置きはじめる。下船は、一部の団体客をのぞいて、先着順で、列を作った順序に従って降りることとなる。

 スタッフは、空港などでみかける、ベルトの様な長い巻き取り式の帯と、その帯を固定する支柱で、列が膨れあがらずに、長く整然となるように、列をコントロールする。時に複数の乗客が、並列になり膨れが目立つ時には、声をかけて列をコントロールしようと試みる。ずいぶんな数の乗客が、そのフロアに密集しているので、事故防止の観点からだろう。

 フェリーが着岸すると、まずスタッフが船外に出て、港の入国検査場に向かい、旅券の検査作業が、できるかどうか確認する。その確認ができると、乗客はスタッフの指示にしたがい、一定人数ずつ、何度かに分けて、下船する。

 その時、出入口のドアの前で、スタッフが立っていて、下船する乗客に挨拶をしている。

 スタッフに「ありがとうございました」と声をかける。

 存在に気づいた教え子のスタッフは「先生、また乗ってください」と笑顔で応じる。

 みじかい会話ではじまり、みじかい会話で終わる旅。

 しかし、スタッフである彼、彼女たちは、いつもしていることを、🐇谷が乗船した日も、またいつも通り、同じことを繰り返しているのだろう。だが、そのいつも通りの繰り返しに、こちらは、その姿をみて、彼、彼女たちの頼もしさを感じるのだった。

 言い換えると、教え子の「メタモルフォーゼ」というようなもので、その姿は、日本語を教えていて、遣り甲斐を感じる時でもあるのだ。

 





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