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【小説】『雨の七夕』

この一日のために、毎年天気がいいことを願う。

曇りや雨だと、会えないって言うから。

織姫と彦星が川を挟んでに見つめ合うという天の川は、あちらに見えるんだっけと、首を傾げながら夜空を見上げた。

天の川の本当の事情は知らないけど、曇りだったら、雲の橋を作って渡ればいいし、雨だったら、下界を見下ろしながら、天空の海を小舟で漕ぎ渡ればいい。

まったく融通がきかない。

星になるくらいの力があるのだもの、曇りだろうと、雨だろうとなんてことないでしょ。会いたいなら、一年に一度のことなんだし、ちゃんと会いなさいよ。

雨童女は傘をくるりと回した。

「私がこんなに調子がいいってことは、今年の七夕も雨ね」

別に、雨の中を傘などささずに歩いてもいいのだけど、視える人間に不気味がられるのが、何だか癪に障る。

仕方なく、雨の日は自分が視えてしまう人間のために傘をさす。

本当のところは、人間のおしゃれな傘を、いちいち取り入れて、真似するのが楽しみなだけだが。

お偉いくせに、頭のかたい星々の逢瀬ルールを、星になれない雨童女は、「天気一つで馬鹿じゃないの」と毒づいてやる。

会いたいなら、会いなさいよ。

神社の軒下で雨宿り(本当はする必要もない)していると、照童子がひょっこり顔を出した。

「ねえさん、また雨だね」

「うるさいわね。梅雨だから仕方がないのよ」

照童子は今日は髪を金色に染め、アロハシャツにビーサン姿だった。

「おめでたい格好ね」

「ぼくは素敵にできているのさ」

照童子は、にこにこと屈託なく笑う。

「悪かったわね。陰気な天気にして」

この能天気な性質を見ると、雨童女は無性にいらいらする。

そのように「作られた」からだろうか。

「ねえさんが謝ることじゃないさ。この時期が悪いんだよ。雨っていうのは、太平洋高気圧と、南からの湿った風が……」

「さらっと雨童女の私を、科学で否定しないでくれる?」

「おや、失礼。ねえさんの機嫌をまた悪くしたみたい」

「あんたはいいわよね。どこに行っても歓迎されて」

照童子はそこで初めて、顔を曇らせた。

「そうでもないさ。最近は晴れが多すぎるから、作物が不作だとか、できたものが不良だとかよく言われるよ。日差しが強すぎる、夏が暑すぎる……。ぼくもねえさんも、お互いバランスが大事なんだよ」

「そうかもね。そして、お馬鹿な二人は今年会えないわ。だって私、絶好調だもの」

「お馬鹿な二人?」

雨童女はフリルのついた傘で、曇天を指し示す。つられて空を見上げた照童子は、合点がいったのか深く頷いた。

「ああ。確かに今年は無理そうだ」

「頭がかたいのよ。曇りだめ、雨だめって」

「本当は会うつもりがないのかもね。人間まで巻き込んで、何千年と伝説扱いされているのに、勝手がいいんだ」

照童子には珍しい嫌味な口調に、雨童女は目を見開いた。

世界のバランスが崩れている。

照童子の中のバランスもまた、崩れているのかもしれない。

そしてそれは、照童子と対に「作られた」雨童女の自分にも言える。

ゾッとして腕を擦る。

癇癪を起こしたくなる時、理性を失いかける時。その時間は増えていないか。間隔は短くなっていないか。

人間は何をしているのだ。

「あのお馬鹿な二人の幸せを、自分たちに重ねる人間もいるんだ。ねえさんもほどほどにね」

「そんなの知ったことじゃないし、大きなお世話よ」

「ねえさんは、ずっとそのままでいてね」

照童子はからからと、再び機嫌よく笑った。

またね、金髪アロハシャツの少年は、ひらひらと手を振って、雨の中へ溶けるように消えていった。

「なにが、そのままで、よ。私は雪の精ではなくて、雨童女なんだから」

ムッと顔をしかめて照童子を見送り、いらいらと地面を傘を叩く。

「いいわよ、なんとかしてあげる。だからちゃんと会いなさいよね。会わなかったら、承知しないんだから!」

雨童女は傘を天に突き上げ息巻いた。

七夕の日、昼過ぎまで降っていた雨は、夕方になってきれいにあがった。

天の川は、夜空に美しく映えたと言う。

ーーー

山根あきらさんのお題企画「雨の七夕」に参加します。

【今日の英作文】
その旅行を9月ではなく、11月にしませんか?
Shall we change the trip in September rather than November?

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