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ΔβーCOSMOS

某年、某日。
地球の上空には100を超える未確認飛行体が集結していた。

いち早くこの事態を探知していたNASAは、世界中がパニックになることを危惧し、この未曽有の事態に対し危機感を抱きながらも発表はせず、幾つかの関係機関にのみ報告し、米国防総省管理の下、最高機密扱いにしていた。未確認飛行体は1週間ほど前から日に10機前後が月の軌道上付近に集まり、前日には100を超える数に達していた。アマチュアを含む天文学者達もほぼ同時期に気付いていたが、米国からの圧力もあり、行動は互いの情報交換に留め、騒ぎ立てることはせず成り行きを見守ることに努めた。

しかし、もはや見上げれば目視可能な距離まで接近した大量の未確認飛行体について、関係各所が機密扱いにする必要性はなくなり、抱えていた情報を全て公開した。これを受け世界中のメディアは一斉に報道を開始。人々の会話やSNSへの投稿は、情報を隠していた事への賛否、目撃情報、あるいは様々なデマなどを含め未確認飛行体の話題一色となっていた。

地上からの確認が可能となり、飛行体について詳しく調査を行ったところ、意外な事実が判明した。
当初、これほどの飛行体が集まったのであるから、何処か彼方のある惑星から知的生命体の集団が飛来したものだと考えられたが、実際は1つ1つの飛行体はすべてタイプの違うものだった。つまり、全ての飛行体がそれぞれ別の惑星から来たものである可能性が高くなった。

学者達は混乱した。
これほどの数の知的生命体がこの宇宙に存在することが、そして、これらの文明が地球のそれを遙かに凌駕している事実に。
いったいどれだけの距離を移動してきたのか?
人類が長年に渡り調査してきたにも拘わらず発見することのできなかった地球外生命体が、しかも高度知的生命体が、今、目の前に大挙している。
それも、全て違う銀河、違う惑星から集まっているのだ。
億光年単位の距離をいとも簡単に移動する科学レベルは脅威以外のなにものでもなく、戦って勝てる相手ではないことは容易に察しが付く。

地球側としては相手が動かない以上、刺激するような行動は取れなかった。
それは地球の滅亡すら予感させる愚行であることが明白だからだ。
国連は、当面、軍も含め一切の航空機の運航は禁止することを決定した。

同日、飛行体の総数が129であることが報告された。

事態の発表から2日間、異星の飛行体群に大きな動きはなかった。
ただ、一機だけ地球上空を周回しながら何かを調べているような行動をとる探査機らしきものがあった。その間に地球側でも各国の偵察衛星からの映像や様々な艦艇、世界各地の観測所を使い、可能な限りの情報収集を行った。

3日目。

異星の探査機は南太平洋上空に停止し、一辺が約100メートル、厚さ約10メートルの正方形の板状で、海面すれすれに浮遊する物体を設置した。さらに8つの、地球でいえばドローンのような小型飛行体をその周囲に配置した。これら9つ物体は空中に浮いているような不安定さが一切なく、何らかの動力で浮いているというよりは、その場に固定されているという印象であり、重力制御などの科学技術がどれほどのものなのか想像を絶した。

それと同時に全世界のテレビ電波が乗っ取られ、ドローンからの発信と思われる映像が映し出された。これにより、謎の板状物体が世界中の人々の目に触れることとなった。しかし、この物体の目的が何なのか分かるものはいるはずもなく、テレビ画面に映った白く四角い物体の映像を、不安を抱えたまま注視することとなった。

4日目。

探査機は、板状物体を中心に半径1キロメートル程のドーム状のシールドらしきものを張り巡らせた。恐らく設置したものを保護するためと思われる。

5日目。

シールド内に待機する異星の探査機に動きは無し。
科学者達の間では板状物体の目的について盛んに議論が行われていた。
ある学者は「あの上にこれから地球を攻撃するための兵器を建造するのではないか」と言い、それに対し別の学者は「いやそれならわざわざ映像を見せる必要は無い。恐らくこれからあの場所で我々地球人に向けて降伏を迫るメッセージを送るつもりなのだ」と言った。しかし後日、それらの予測が全て的外れであることを知ることとなる。

6日目。

地球上空に待機していた128の飛行体のうちの2機が板状物体に向かって降りてきた。そしてシールドを抜け、各々が板状物体の両サイドに別れて横付けするように停止した。
この様子は逐次8機のドローンが撮影し、ライブ映像として世界中のテレビに送信されている。テレビの前では人々が、これから何が起こるのかと固唾を吞んで見守っていた。

2機の飛行体の一部、出入口と思われる部分が同時に開き、双方の機体からゆっくりと1体ずつの異星人が、全世界注目の中ついにその姿を現した。
探査機を含む3機の飛行体は、降りた異星人2体を残しシールド外へと移動していった。

1体は全身が緑色で頭に何か触覚のような物が生え、もう1体には猿のような尻尾がある。それ以外の部分に地球人と大きく異なる部分は見当たらなかった。人類が初めて目にした異星人は、SF映画に出てくるような奇妙なものではなく、基本的な体の構成は地球人のそれと酷似していた。身長などのサイズ感はテレビ画面を通してでは判然としなかったが、遠目には明らかに、地球で言うところの『人』であった。

生物学者の見解では、知的生命体が進化する過程において、道具を使いこなし、物を作る等々の作業を正確に効率よく行うために必要な機能についての形状決定は、どういった環境であっても、細かい違いこそあれ同様な結果になるのではないか、ということで一致をみた。

問題は、現れた2人の異星人が約100メートル四方のこの場で一体これから何を行うのか、その点だった。

彼らは向かい合ったまま、中央に向かって歩き出した。
そして、双方の距離がある程度まで近づいたその時、突然サイレンのような音が鳴り響いた。その音は馴染みのもので例えるならば、サッカーの応援で有名な『ブブゼラ』だった。

その瞬間、2人の異星人は目にも止まらぬスピードで激突した。
正確には戦いを開始した。

互いに繰り出されるパンチやキックは恐ろしい早さで的確に相手を捉え、しかも受け手はそれを見事に防御していた。右に左にと素早く移動し激しい攻防が繰り広げられた。さらに上へも。そのジャンプ力は地球の重力に逆らい、恐らくは数10メートルに達していた。

テレビを見ていた世界中の人々は、その戦いに戦慄した。
あんな異星人に攻められれば地球は滅亡する。皆がそう思った。
しかし、同時に興奮も覚えた。地球人は格闘技を好む傾向があり、ボクシング、プロレスをはじめ数多くの格闘技が存在する。そしてそれに熱狂する者が非常に多く存在するのも確かな事実だ。
地球のそれとは比べものにならないとはいえ、世界中の人々が目にしたこの映像はまさに格闘技そのものだった。

ここに至って、あの板状物体が何であるのかがはっきりと分かった。
あれは戦うための『リング』なのだ。またドローンのような飛行体はそれを中継するための『カメラ』。
そして地球の人々は全てが観客ということだ。

彼らの戦いは拮抗していた。
時折クリーンヒットするパンチやキックに相手は弾き飛ばされる。その距離も尋常ではない。100メートル四方など彼らにとっては狭すぎるのかも知れない。だが、地球の格闘技にもルールがあるように、この戦いにも某かのルールが存在するだろう。恐らくこのリングはそれに則ったサイズであるのだと思われる。

このままでは埒があかないと考えたのか、緑色の異星人が相手との距離を取り、右手を突き出した。明らかにパンチの届く距離ではない。
すると突き出した右手はゴムのように伸び相手の顔面を捉えた。
さらに左手でも追い打ちをかける。
意表を突かれた尻尾の異星人はその攻撃をまともに受けた。
しかし、それも一時のことだった。
尻尾の異星人は瞬間移動のような素早さで緑色の異星人の背後にまわると、強烈なキックを相手の背中に食らわせた。
その衝撃で緑色の異星人はリングの端まで吹っ飛ばされ踏鞴を踏む。
尻尾の異星人は、それをまた瞬間移動の如き動きで追う。
そして今度は顔面にパンチを叩き込んだ。
緑色の異星人はその場を逃れるため大きくジャンプした。しかし空中に止まり落ちる気配はない。驚くことに浮いているのだ。
そのまま今度は指を相手に向け意味不明な言語で気合いを入れた。
すると指先からレーザー光線に似た閃光が尻尾の異星人目掛け放たれた。
尻尾の異星人は身構えた。そして緑色の異星人が放った閃光を両手でガードし、はじき飛ばした。
はじかれた閃光はそのままシールドに当たり巨大な爆発が起こった。

シールドはリングを保護するためのものではなく、戦いによる被害を地球に及ぼさないためのものだった。さらにリングを陸地から遠く離れた海洋上に設置していることを勘案すれば、彼らは地球人類に対して危害を加えるつもりはないものと推測できた。
リングやシールド、そしてドローンカメラを設置したあの探査機と呼んでいた飛行体は、差し詰めこの格闘技の『主催者』といったところなのだろう。

2人の戦いは既に30分近くが経過していた。
戦況は徐々に尻尾の異星人に傾きつつあった。
今度は尻尾の異星人がジャンプし空中に浮いた。
そして両手を脇腹あたりで合わせエネルギーを溜め、意味不明な言語の気合いと共に一気に前へ突き出した。
両手から大きな光球が発せられ、肩で息をする緑色の異星人目掛けて飛んでいった。
緑色の異星人はその光球を避けることができず、まともに食らった。
光球の強烈な爆発に吹き飛ばされた緑色の異星人はリングを外れ、海上へと落ちていった。

そこでブブゼラ音が鳴り響いた。

勝敗は決した。
勝者は尻尾の異星人。
リングに戻った緑色の異星人は、かなり負傷しているもののまだ戦う意思がが消失しているとは思えなかった。
どうやら、ルール上リングから落ちると負けになるようだ。
ポンポンと肩をたたき合う。
互いの健闘を称え合っているのだろう。
2人は飛行体がリングに横付けされると各々の機体に乗り込み、空へと向かって飛び立った。
負けた緑色の異星人の乗った飛行体は地球上空には留まらずに、そのまま宇宙の彼方へと飛び去っていった。

1時間ほどすると別の2機が降りてきて、また新たな戦いが始まった。

こうして、日に数試合が行われ、既に10日が経過した。
試合はここまで64戦が行われているので、128人の出場者は全員が登場し、トーナメントと考えれば1回戦が終了したことになる。
地球上空に残された飛行体は64。敗者は全て去って行った。

この頃になると地球側もすっかり落ち着いていた。というより、むしろこの戦いに盛り上がっていた。
人々は参加している異星人を『戦士』と呼び、2回戦に残った戦士のリストも作成され、それぞれ気に入った戦士の応援に熱が入った。
ネットには各戦士の戦いを分析したデータを投稿するマニアも続出し、そういった情報は動画やホームページなど大量のアクセス数を稼いでいた。
ブックメーカーは2回戦以降の試合を賭けの対象とし、即座に一番人気を獲得したのは尻尾の戦士だった。
彼に人気が集まったのには理由があった。
彼は尻尾が生えていることを除けば、参加した戦士達の中でその外見が最も地球人に近い。それ故に観衆は仲間としての感情移入が強かった。

1回戦終了から2日後、2回戦が始まった。

2回戦、3回戦とその後も人気のある強者は順当に勝ち上がっていった。
もちろん尻尾の戦士も例外ではない。

驚いたのは、前の試合でかなりの負傷をしたはずの戦士が、次の試合では完全に回復し何事もなかったかのように試合を行っていることだった。
これは、身体を回復する何か特殊な医療技術を持っているものと思われた。

トーナメントが進むにつれ、人々はその熱狂度合いを増していった。
大型ビジョンの設置された特設会場が、スタジアムなどの各所に設けられ、そこでは万単位の人々が大歓声を上げた。
応援する戦士の戦況に一喜一憂し、勝てば熱狂し、負ければ落胆する。
興奮のレベルはオリンピックなど比較にならないものがあった。
そこには、地球人類の溜まった鬱憤のようなものを垣間見ることができた。

こうして日々試合は繰り返され、決勝を戦う2人が決定した。

決勝に残った2人の戦士の内1人は、人気の高い尻尾の戦士である。
出場していた異星人の中で最も優勝を期待されていた。
心配されたのは、前の試合で勝ちはしたものの、重傷を負う程のギリギリの勝負だったことだ。
回復についての心配はないが、決勝の相手は相当な強敵なのである。

相手は、小柄だがトカゲのような太い尻尾と角の生えた頭に紫色の唇をした、目つきの鋭い戦士だった。そして何よりも、ここまでの試合全て5分以内に決着が付いているのだ。

決勝当日、リングに現れた2人の戦士の姿を見て人々は驚いた。

尻尾の戦士はその尻尾がなくなり、全身が黄金色に輝いて二回り程身体が大きくなっていた。
対する小柄な戦士もその姿が変貌しており、トカゲのような尻尾は変わらずあるものの、角はなく全体にのっぺりとした身体となり、一層凶暴な目つきになっていた。
その容姿から人々はそれぞれを『黄金の戦士』、『悪の帝王』と名付け、ヒーローとヒールの戦いを演出した。

決戦のブブゼラが鳴る。

どちらも外見の変化に伴ってその強さを増していた。
開始時、にやけていた悪の帝王の顔は、黄金の戦士の攻撃を受け、直ぐに真顔となり眼光が鋭さを増した。
攻撃が一層速く重くなった両者の打撃の応酬は、空気を切り裂く音と強烈な打撃音が、そのパワーの強大さを観衆に知らしめた。
打撃だけでなく、閃光や光球といった攻撃も一段と強力さを増している。
2人の戦士はリング上だけでなく、空中でも激しい戦闘を繰り広げた。

この試合で、悪の帝王は初めて5分以上戦うこととなった。
そして、既に20分以上が経過している。

空中の攻防で悪の帝王のキックを食らった黄金の戦士は、激しくリングに叩き付けられた。
悪の帝王はすかさず、倒れた黄金の戦士目掛けて閃光の雨を降らせる。
一時、リング上は大量の爆発に被われ状況が確認出来なくなった。
上空で見下ろす悪の帝王は再びにやけ顔に戻っていた。
この時、勝ちをを確信した悪の帝王に隙ができた。
爆発が収まると、そこ倒れているはずの黄金の戦士の姿はなかった。
黄金の戦士は閃光を受ける寸前にその場から素早く逃げ去っていた。
そして、悪の帝王のさらに上空に移動していたのだ。
黄金の戦士は相手の隙を見逃さなかった。
既に彼の両手からは以前の倍以上の大きさの光球が発射され、悪の帝王が気付いたときにはもう遅かった。
これはさすがに悪の帝王もかわすことができず直撃を受けた。
今度は悪の帝王が光球と共にリングへと叩き付けられた。
この一撃はかなりのダメージを与えた。

リング上で必死に起き上がろうとする悪の帝王は、以前の角のある姿に戻ってしまっていたが、まだ戦いを止める気はなさそうであった。
その姿を見た黄金の戦士は両手を頭上に上げた。
上げた両手に光が集まり光球が膨らんでいく。
その光球が身体の何倍もの大きさに達したとき、相手に目掛け投げ付けた。
もう避けることすらできない悪の帝王に特大の光球が直撃する。
その光球の威力は今まで数々の戦いで微動だにしなかったリングが揺れるほど凄まじかった。
大の字になって倒れた悪の帝王は指先を動かすことすらできなかった。
そして何かを呟いた。

それと同時にブブゼラ音が鳴り響いた。

悪の帝王の呟きは、格闘技でいうところのギブアップなのだろう。
勝者は黄金の戦士。
そして、このトーナメントの優勝者でもある。
地球が震えるほどの歓声が上がった。

黄金の戦士は、立ち上がることもままならない悪の帝王に肩を貸し、彼の飛行体まで付き添った。そして別れ際、彼の背中をポンと叩いた。
その姿に世界中の人々が拍手を送った。
いつの間にか黄金の戦士の姿も以前の姿へと戻っていた。

延べ1ヶ月近くに及ぶ戦いの日々は終わった。

その日のうちに、リングやカメラそしてシールドは取り除かれた。

最後に残った飛行体は2機。
主催者と黄金の戦士のものである。

人々の興奮が冷めやらぬ中、テレビから音声が流れてきた。
たぶんそれは主催者からのもので、世界各国の言語に翻訳された、コンピューター音声のような機械的なものだった。

「チキュウノ ミナサン タノシンデ イタダケタデショウカ
 ワレワレハ ウチュウノ イロイロナ ホシデ
 イチバン ツヨイモノヲ キメル タイカイヲ ヤッテイマス
 チキュウハ ジツニ ウツクシイ ホシデス
 マタ コノホシデ デキルヒガ クルコトヲ ネガッテイマス
 ソノトキハ ゼヒ チキュウノ カタモ サンカシテ クダサイ
 ソレデハ サイゴニ ユウショウシャノ アイサツヲ」

「オッス オラ ゴ…………

    (了)

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