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カリーヴルスト③【Vの庭先で肉食を】

>カリーヴルスト①
>カリーヴルスト②

「さっきので最後みたいっすね」
「そーだね。シグもういいよ。おつかれ」
最後の追跡車の大破を見届け、後方への射撃を終えたアリサカとシグが車内に引っ込む。
運転席にカルカノ、助手席にアリサカ、後部座席にはシグと中年の男性=亡命希望のヘッケラー氏が収まっている。
「お、終わったのかね?これから私はどうなるんだ?」
「カルカノ、説明」
「オレっすか!?えー、本日はご搭乗ありがとうございます。当機は追っ手を振り切ってこのままV市郊外へと参ります。そこで情報部が用意した車に乗り換えてもらって~…その先はよく知らねえけどここまで来たらもう亡命は確実だ。安心しな」
「そうか…そうか…ありがとう…」
亡命を決意してからの緊張が解けたのだろう。ヘッケラー氏は深くシートに体を沈めた。

車は郊外へ向けてひた走る。
「あー、もうD国とお別れかー。カリーヴルストもっと食べたかったなー」
「へっへっへ、姐さんはそう言うと思ってたぜ。シグ、足元の箱開けてみな」
「これ?」
「まさか?」
「仕事終わりに食おうと思って買い込んどいたぜカリーヴルスト!イエ―!」
「おおーう!カルカノ偉い!男前!」
「……」シグは目を輝かせ無言で拍手。
「はっはー!褒めて!もっと褒めて!」

盛り上がる三人とは対照的に、ヘッケラー氏は困惑していた。
「ヴルストだと!?き、君たちはヴィ連軍人ではないのか!?」
「ふっふふふ。ご期待に沿えず申し訳ないが、我々は尻拭いに雇われた傭兵でね。主義者ではないのさ。ま、ちゃんと仕事はするから安心してよ。というわけでシグ、いっこちょーだい」
「ん」
シグはパッケージされたカリーヴルストをアリサカに渡し、自分の分も取り……ヘッケラー氏を見た。
「おじさんも、たべる?おいしいよ」
「エッ!?」
ヘッケラーは考える。これからヴィ連に亡命しようという人間に肉を差し出すとはどういう了見だ!?確かに監禁生活で空腹だ。冷めかけとはいえ慣れ親しんだ匂いは魅力的だ。だが…ここで肉を食べたことがバレれば亡命はどうなる…?いや、そうか!これは亡命前の最後のテストだな!私がヴィ連に相応しいか試しているに違いない!
「いや、私は結構!そもそも肉食などという野蛮な行為は」
「なあ、おっさん」
カルカノが、ヘッケラー氏の演説を遮る。
「オレらは自分の食うもんに誰にも文句は言わせねえし、他人の食うもんに文句を言うつもりもねえ。だから、おっさんが食いたくねえならそれでいい」
「……」
「でもな、そのカリーヴルストは、多分あんたの人生に現れる最後のカリーヴルストだぜ」
「……」
ヘッケラー氏はルームミラー越しにカルカノを見、次いで口の端にケチャップを付けた少年を見る。
「……シグくん、と言ったか」
「うん」
「我が国…の、カリーヴルストは美味しいかね?」
「うん!!」
「ふっふふふ!シグにしては珍しい声量だ!」
「ワハハ!確かに!おっさん、シグは相当気に入ったみたいだぜ!」
「そうか…ありがとう」
そう言ってヘッケラー氏はシグからカリーヴルストのパッケージを受け取り、膝に乗せ、窓外を見る。
車は郊外へ向けてひた走る。
慣れ親しんだ景色を置き去りにして。



「あのおじさん、食べなかったね」
車は国境へ向けてひた走る。
運転席にカルカノ、助手席にアリサカ、後部座席にはシグ、そして、ヘッケラー氏が残したカリーヴルスト。
「僕にはよく分からない。なんでこんなにおいしいものがある国を捨ててまでヴィ連なんかに行きたがるんだろう」
そして、こんなにおいしいものがあると知っているのに、どうしてアリサカたちはD国を滅ぼそうとするヴィ連の手伝いをしているのだろう。
「私にも分からないよ、シグ。私に分かるのは、美味しいものを食べるだけじゃ満足できない不思議な人間が世の中にはたくさんいるってことだけさ」
夜風に髪を梳かれながらアリサカが答える。
シグが振り返ると、遠く、V市の灯りが輝いていた。

【カリーヴルスト】終わり

#小説 #逆噴射プラクティス #Vの庭先で肉食を #カリーヴルスト

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