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美術館で写真OK?撮る派の気持ち、撮らない派の気持ちーArtとTalk⑰ー

皆さんこんにちは、宇佐江です。

今回は美術館での写真撮影についてのお話です。以前から大変興味があったので早々と本題にいきたいのですが、その前に。
毎度おなじみのご説明ですが、私がこのnoteで記事にしていることは全て、勤務先の美術館等の見解ではなく宇佐江みつこ個人が感じたことや見解を述べています。
そこのところ、ご理解いただいた上でこれより先もお読みいただけますと幸いです。

前半は、「そもそも美術館てなぜ撮影がダメなの?」から始まる説明と現状。後半で、この問題に対する私個人の考えをお話します。
目次で気になるところからスタートしてくださいね。

それでは参りましょう~!


なぜ撮影がダメなの?

ふだん美術館に行かない人でも、「美術館って写真はNGなんだよね?」というイメージは、なんとなくお持ちではないでしょうか。

それは正しいイメージです。現状、日本の美術館では基本的に写真が撮れないところが多いです。理由はさまざまありますが、主なものは

①著作権の問題
②作品保護(※フラッシュは元々禁止しているが、作品破損のリスクもある)
③シャッター音が気になる
➃通路をふさぐなど、鑑賞の妨げになる

ただし、近年はSNSの普及と、現代アートの存在もあって撮影OKの展示も少しずつ増えてきています。美術館に限らず、野外で行われる芸術祭などは特にOKな場合が多いです。


著作権のちょっと面白い話

ところで理由①の著作権と写真には、どんな関係があるのでしょう。

作品は創られた瞬間から「著作権」が発生しますが、その中に含まれる「複製権」で、作家やご遺族(著作権者)には作品(著作物)を複製する権利が与えられています。
逆にいうと、それ以外の人は無断で複製してはいけませんよということです。複製というとコピーのイメージだと思いますが、写真や録音・録画もそれに該当します。
だからこそ美術館にある作品は許可なく撮影できないのです。

ただし、著作権には保護期間があります。作家の死後、海外では70年。日本では昔は死後50年でした。
実はこの著作権保護期間に関して近年、日本で大変化があったのです。

皆さんご記憶でしょうか?当時ニュースで頻繁に耳にした「環太平洋パートナーシップ(TPP)」により、著作権保護期間は改正され日本でも2018年12月30日からは海外と同様、作家の死後70年に変わったのです。
このニュースの際、非常に顕著な例として取り上げられていたのが、日本とフランスで活躍した洋画家・藤田嗣治ふじた つぐはる。1968年に亡くなった藤田は、本来なら50年後の2018年12月31日を過ぎれば著作権が切れるはずでした。ところが、そのちょうど前日の12月30日に改正が施行されたため、藤田嗣治の著作権保護期間は2038年までに延長されたのです!
すごくないですか?!
私、当時新聞でこれを読んでめちゃくちゃ「へーーー!」ってなりました。

…本題と直接関係ない話で失礼。さあ次に参りましょう。


※ちなみに、美術館に所蔵されている作品の著作権もあくまで保護期間中は「著作権者」のもの。展示する権利とはまた別モノなので、美術館側が自由に撮影を許可することはできないのです。


写真OKなのはなぜ?

では逆に、「撮影OKな展示」がなぜあるのか。それは、著作権が切れていたり、作家やご遺族の承諾を得ることができた場合です。

作家の協力に関しては、若い作家も多い現代アートのジャンルが特にそうですね。作家自身もSNSを活用している場合が多いですし、作品の内容もインスタレーション(空間そのものも含めて作品)だったり、写真やSNSとの親和性が高い。平面作品と違い、展示が終われば2度とその作品を同じ状態では観られなくなるという儚さもあり、記憶だけでなく記録に残したいと思う心理も高まります。


海外はどこでも撮れる?

ここまで読んでくださって「あれ?でも…」と思われた方。
もしかして海外旅行経験のある方ではないでしょうか?

「海外の有名な美術館ではどこでも撮影できたのに、なぜ日本の美術館は撮れないのか?」。
実はこれ、撮影の問題で必ず登場するクレームです。

確かに海外の美術館は日本に比べて撮影可能な場所が多いです。ただ、「どこでもOKだった」というのは、おそらく誤解だと思います。
海外でも撮影を禁止しているところはあります。「常設展(その美術館が所蔵している作品の展示室)はOKだけれど、企画展(どこかから借りた作品の展示室)はNG」というルールが一般的で、…ここがミソだと思うんですが、

海外の常設展は、めっっっちゃ広いんです。

日本だと企画展示室こそ「メイン」と思われている方が多いですが、充実したコレクションを持つ海外の有名美術館は、逆なんです。ルーヴルもオルセーも、観光客が観るのは大抵常設エリア。別料金を払って企画展までご覧になる方は、よっぽどの美術ファンだと思います。
ついでに言うと、有名な作品は大抵すでに著作権が切れている時代のものですしね。

それに、海外と日本では色々な環境が異なります。展示室の広さも桁違い(=スマホを構えていても邪魔にならない)ですし、鑑賞者同士も自由でおおらかな雰囲気(日本だとまだまだ静かな雰囲気が一般的)、著作権に対する考え方もだいぶ違い、海外に比べて日本の著作権はかなり厳しいとされています。

それと…最大の違いは、皆さんがふだん使っているスマートフォンの「ある機能」の差だと思うのですが…
それはのちほど。


日本の現状

とはいえ、はじめにお話したように日本の美術館でも「撮影OK」の展示は増えつつあります。

代表的なところでいうと、展覧会入場者数ランキングで毎回上位にあがる森美術館。SNS戦略もしっかり立てて、かなり積極的に写真撮影OKのイメージを打ち出しています(※NGな展示もあります)。大きな話題となった『レアンドロ・エルリッヒ展』(2018年。行けなかった…!)や『塩田千春展』(2019年。めっちゃ良かった…!)などは、皆さんもメディアやSNSで会場写真を目にする機会があったのではないでしょうか。

ところで、この流れはいつ頃始まったのでしょう。

個人的に感じた変化の兆しは、2016年。都議会で「海外のように、都立美術館も写真撮影解禁にすべきでは?」の質問に対し、小池知事が「ぜんぜんオーケーだと思っている」と答弁されたニュースを見て、
「ああ、いよいよ日本の美術館もそういう風潮になるな」
との予感を私は抱きました。新聞やネットでも「美術館での撮影OKが広がっている」という記事が、この頃から散見し出した印象です。

ただ、あれから6年が経ちますが、未だに多くの撮影は「展覧会により異なる」と限定されており(前述した都美術館も同様です)、美術館全体が解禁という印象ではありません。

なぜ一気に「撮影OK!」の流れが日本で拡大しないのか?
それは、賛否両論ある皆様の心の中に答えがありそうです。


撮る派の気持ち、撮らない派の気持ち

撮る派の気持ち
撮影OKを歓迎する鑑賞者は実際のところ多いです。美術館の受付に居ると、入り口の表示を見て、
「えっ、写真撮影いいの?やった!!」
と、お客様は大抵喜ばれます。

ここ数年でスマートフォンの利用率は9割を超え、二つ折りケータイを愛用する私の希少性がどんどん高まりつつありますが、年代問わず、写真を撮ることがごくごく日常的な行為になっています。そして、人がどんな時に写真を撮るかを考えると、何かをみて、心が動いたとき人は写真を撮りたくなるのではないかと思います。
そうなれば、美術館ですばらしい作品と出会い、心が動いた瞬間に「撮りたい」と思わずスマホを構えるのは、とても自然な反応です。

また、SNSに「すごくいい展示だった!」という文章と共に、自分がオススメの作品を添えて皆にも『シェアしたい』気持ちは、おそらく従来にはなかった新しい美術鑑賞の形だと思います。


撮らない派の気持ち
ところが、「撮影OK」の展示であっても全員がここぞとばかりに写真を撮るわけではありません。むしろ、ルールがどうであろうとも鑑賞中は一切写真を撮らない人もいます。
一概には言えませんが、このタイプの方は、もともと美術のコアなファンが多いと思います。私のまわりも職業柄、美術館によく行くタイプの人がたくさんいますが、訊いてみると大多数が「基本撮らない派」でした。
今更明かしますが、実は私もそうです。

このタイプの人たちは、すでに自分の中での鑑賞スタイルが定まっているのだと思います。写真を撮らずじっくり鑑賞することが当たり前だったので、「鑑賞中に写真を撮る行為」に馴染めない。だからこそ、ここで問題になってしまうのが、シャッター音です。


シャッター音の問題

先程、海外の撮影事情をお話したときにスマホの「ある機能の違い」と触れましたが、海外のスマートフォンはシャッター音が鳴らないのが一般的らしいのです。

シャッター音が標準装備されているのは、日本特有らしいですね。私も少し前にそれを知り驚いたのですが、この違いは美術館での撮影に関しては、ものすごく大きな差だと思います。

撮る人だって鳴らしたくて鳴らしているわけではないシャッター音。これが、「他の人のシャッター音で気が散ってしまう…」という“撮らない派”の不満を募らせ、結果、美術館側へのクレームとなって「撮影OK」を施設側が躊躇してしまう、最大の要因となっているのが日本の現状です。

ただ、解決策はあります。
あまり知られていませんが、シャッター音は専用のアプリを使えば消すことができるようです。(その分画質が低下する?というような情報もありますが、すみません…私はスマホじゃないので詳細がわからなくて…)
できれば美術館側の方で、入り口に「撮影される方はこちらのアプリをダウンロードしてご入場ください」とかの取り組みがあれば、撮る人も撮らない人も、お互いにストレスが減るのではないかなと思うのですが…。

あまりそういう対策を目にしないのは、そうすると何か問題があるのかな…?むむむ。すみません。私の想像です。


現状、私の気持ち

ここまで読んでくださりありがとうございました。美術館での撮影が容易には広がらない理由を、なるべく客観的にお伝えしたつもりですが、皆様は今、どのように感じられているでしょうか。

最後に、少しだけ私自身の気持ちをお話させてください。

先程も言ったとおり、私は基本、写真を撮らない派です。なぜかというと、美術館では作品鑑賞にひたすら没頭したいからです。
映画館を思い浮かべてみてください。
会話もせず、写真も撮らず、スマホもいじらず、大勢の人がひとつの空間に集まりながらも「スクリーンと自分」しか存在しないかのような没入感。あれに近い環境が、美術館を楽しむ上で私個人としては好みなのです。
時々、漫画を描くために必要でカメラを持って展示室に入ることもありますが、そういう時はあまり「鑑賞」を味わえている実感がありません。

ただ、

私にも、鑑賞中思わず写真を撮ってしまった経験があります。それは、パリの美術館を訪れた時のことです。
あまりにも夢のようすぎて、「私は確かにこの作品の前に立った」記録を残したくて、ごくわずかだけ写真を撮りました。

でもこれはあくまで私のスタイル。
以前、美術館での会話についての記事でも書きましたが、

基本的には撮影の賛否も、会話と同じくどのように美術鑑賞を楽しみたいかが人によって違うことで起こってしまう問題なのだと考えています。

そして事実、「撮影OK」にすることで展覧会の動員数が伸びる現実があります。「写真が撮れるなら行く」ではなく、単純に、SNSで目にする機会が増えることによって興味を持ってくださる方が増えるという意味です。
残念ながら、電車の吊り広告だけで人が集まる時代じゃないですからね。

本当に美術を心から愛している人たちが、このような現状に疑問を持つこともあるでしょう。
すごくよくわかります。
けれど、どんな世界でもそうですが、コアなファンが従来の範囲だけで楽しんでいてはその世界は広がっていきません。

私は、どのような形であれ、結果的に美術館へ行こうと思う人が1人でも増えることがいちばん大事だと考えています。

ただし最低限のルールづくりは必要です。そして、それを整えていけるのは作家や作品ではなく施設側、つまり美術館の努力であると思っています。

先程ご紹介したシャッターの無音アプリも一例ですし、撮影者で順路がふさがれないような展示空間(必要であれば撮影スポットを1カ所にまとめる等)を工夫することもできます。
逆に、「この展示はぜひ、撮影せずにその目でじっくり観て欲しい」と学芸員が強く願うのであれば、その思いを一言入り口の「撮影不可」マークの隣に添えるだけでも、鑑賞者の気持ちは違うのではないでしょうか。
権利を奪われているわけではなく、敢えて最高の状態を提案してくれているんだなあと感じれば、見方はきっと変わります。


おまけ・撮影の時に守ってほしいこと

ルールは展示によって異なりますが、一般的なアドバイスとして。

☆入り口の表示をよく読む(SNS投稿はいいか、動画はNGか等)
☆フラッシュ、三脚、自撮り棒などは大抵不可なので使用しない
☆作品とは距離を保ち、接写しない(ズーム機能等を活用)
☆自撮りは禁止でなくても、かなりリスクがあると意識する(背中を向ける形で作品に接近するので、作品破損のリスクが高い。国内外で、実際に自撮りにより作品が壊れた事故が複数件ある)
☆作品を上から撮らない(カメラが落下したら大変!)
☆他の鑑賞者へ配慮する(順路を妨げたり、長時間作品を独占しない)
☆シャッター音は無音アプリを利用するか、控えめな音にする
☆自分では危険または迷惑ではないと思っても、展示室のスタッフに声をかけられたらすぐにその行為を控える

撮影に夢中になりすぎて、作品を肉眼で観ることを忘れない。





今週もお読みいただきありがとうございました。今回は、難しい問題だったので長くなってしまいすみません。
皆様それぞれの方法で、これからも美術鑑賞を楽しんでまいりましょう。ちなみに宇佐江みつこのネコ似顔絵会や展示会が開かれた折は、撮影・SNS利用大歓迎です。

◆次回予告◆
2週連続!『ArtとTalk⑱』。待望の……『ミロ展』!!鑑賞レポート。

それではまた、次の月曜に。


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◆今週のおやつ◆
散歩中みつけたチョコチップクッキー




*参考文献
奥田百子『なるほど図解 著作権法のしくみ(第2版)』中央経済社
洞田貫普一朗『シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略』翔泳社
横山勝彦+半田滋男監修『改訂版 美術館を知るキーワード』美術出版社



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