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てんやわんや美大祭ー美大時代の日記帳⑨ー

まだ新幹線が開通する前、駅に自動改札すらなかった頃の地方観光都市・金沢。その小さな街の美大に通いながら、たいしたドラマも起きない一人暮らしの日々を、偏執なまでに細かく綴った『美大時代の日記帳』第9回。
プライバシー配慮のため、登場する人物・建物名や時期等は一部脚色しておりますことをご了承ください。

それでは、開きます。

みんなで吉ブー。

2週間前
そろそろ美大祭の準備が本格化し、連日の居残りが始まった。
今日は数人で近所のスーパーを巡り段ボール集め。

金沢の美大祭では、入ったばかりの1年生が実はいちばん過酷らしい。まずオープニングでは全員仮装をして街中を練り歩き、その恰好のまま各専攻(クラス)ごとにパフォーマンスをし、尚且つ模擬店も必ずクラスで1つ出すという決まり(2年生以降は模擬店のみ。しかも自由参加)。
私の所属する油画専攻は、海外の某パフォーマンスグループを参考にして、ガラクタやフライパンの蓋などを使った音楽演奏をすることになり、やかましい音を立てて毎日練習している。
ちなみに私は「手品師の助手」という謎の役回りを仰せつかった。

午後6時から7時半までは武道場をK‐1部が使うとかで、一旦休憩。クラスメイトたちと、小立野トンネルを抜けたところにある吉野家で夕飯を済ませた。今はまだ牛肉がない(※2004年当時、BSE問題により吉野家から牛丼メニューが消えていた。)ので、Tちゃんいわく「吉牛じゃなく吉ブー(豚)」。豚丼の方が個人的に好きなのでおいしかった。
友だちと学校抜けて夜ご飯なんて、大学生だなあとひそかに思った。


恐怖の武道場事件

10日前
土曜なので授業はないが、学校へ。午前9時から午後5時まで、ガラクタ音楽をみっちり練習する予定が入っている。
ところが。

来ないのだ。9時になっても誰も。私自身、実は寝坊をして9時2分に練習場所(武道場)へ言い訳を考えつつ駆け込んだのだが、誰もいなかった。
そして9時半になっても、クラス25人中、来たのはたったの6人。そのうち、リーダーとしてパフォーマンスを仕切ってくれているSさんが怒り出し、武道場の空気が悪くなり始めた。私たちのやろうとしている演奏は結構難易度が高く、しかも合わせないと練習にならないのでこれではまずい。
「もういっそ、ダンスに出し物変える?」
なんて案も出るほど状況は危機的だった。

10時、10時半と刻々と過ぎていく時間が、濁った重苦しい空気となり私たちの呼吸を苦しめる。やがて1人、2人と、油画専攻の気ままな自由人たちが集まり始めるが、まだ半数にも満たない。
「なんで遅くなったの?」
と、遅刻者が1人ずつリーダーに厳しい表情で尋ねられているのをみて(ああ、早く来て良かった……)と心底安堵する私。30分程度の違いがその場の生死を分けていた。あまりにも張り詰めた空気に、この雰囲気だけで小説になりそうなんて、邪な考えすら浮かぶ。

しかし、なんだかんだ言って最終的にはほぼ全員(2名欠席)が集まり、これまでの停滞感が嘘のように順調に練習が進んだ。
「やりゃあできるじゃん!!」と胸をなでおろした様子のSさんたち。
明日はぜったいに遅れないようきつく念を押され、解散となった。


試作会

9日前
夕方5時頃までパフォーマンス練習をしたあと、数人でA子の家に行き、模擬店メニューの試作をした。
初めて入るA子の部屋は想像以上に広くてびっくりした。1人暮らしなのにキッチンも6畳くらいあって奥には2部屋。私のKハイツにあるような貧乏たらしいちゃぶ台ではなく、椅子とテーブルがあることにも驚いた。

私たちの準備している模擬店は「ザ☆いも」というダサすぎて潔い名の芋料理専門店だ。メインは焼き芋、じゃがバター、そして北海道出身組が教えてくれた「いももち」。試作ついでに夕食代わりの秋刀魚や焼きそばも作って食べた。
「みつこちゃんがこんなに遅い時間まで付き合うのめずらしいね」とMちゃんに言われるほど普段は付き合いの悪い私だが、実際だんだん楽しくなってきたかもしれない。


びしょ濡れた記念に

前日~前々日
午前中裸婦素描の講評があり、自分的に「まあまあいいな」という出来だった私は「自分の今の作品に満足している人は上達しない」という先生の言葉に図星をさされる。しかし個別講評では「1枚1枚上達しているね」と言われほっとした。
さあ、美大祭準備だ。

2コマ目から授業のない私は、営業(『美大時代の日記帳③』参照)に協力してくれたお店に配るため、完成したパンフレットを持って市内をまわり、代金を頂戴していった。
その後一旦学校に戻り、模擬店で使うカートンを借りにクラスメイト数人と近所の酒屋へ。そして最悪なことに、両手にカートンを抱えた状態の真面目な美大生たちの頭上で容赦なく雨が降り出した。
台風のように強烈な豪雨。びしょ濡れで大学のエントランスに戻ると「大変だったね~!じゃあ記念に!」と、そこにいた他のクラスメイトに写真を撮られた。どういう記念だ。
風邪をひいたら困るので、油絵を描く時の作業着(つなぎ)に全員着替えて、塗れた服はイーゼルに干した。

翌日。ついに明日は美大祭初日だというのに、前日から引き続き天候が怪しい。朝は虹さえ出ていて、青空のもと模擬店のテントを組んでいたのに、夕方になり急に激しく雲が動き始め、雨。
テント浸水。
焼き芋のかまどがシケって、煙が充満し「けむい!けむい!」と慌てて皆で避難する。
明日、どうなるよ……。


てんやわんや美大祭

美大祭当日
ついに初日。
仮装行列からのパフォーマンス本番は楽しさの絶頂。私たち油画専攻の演奏は意外にも観客を沸かし(あれだけ練習さぼって揉めたりしたのに)、なんとパフォーマンス部門で1位をとった。
先生も大喜び。
いっぽう模擬店は大変さの絶頂。テントの作りがぼろいので、すぐに浸水し、改装を加えながらなんとかしのぐ。

2日目もバタバタで色々モノが足りなくなり、使い走りをしていたらまたも急な雨が降り出して、傘もささずに走る私に通りすがりのお坊さんが「傘貸してあげようか?」と親切に声をかけてくれた。(だいじょうぶです、近いんで。)
自分が食べる間もなく働く。美大祭は夜通し模擬店が開いているので(※当時の話)夜当番をしてくれる人を探すが、クラスメイトたちの大半が余所の店でべろべろになっていて、とてもじゃないが声をかけられない。酒を呑まない私とUさんでぽつねんと掃除をしながら途方に暮れる。
深夜になり、ようやく店番が見つかり、カップラーメンを買ってアパートに帰った。


初めての外泊

最終日の3日目
前日の疲れがたたり寝坊した。いつもは朝9時にテントに行くようにしていたのに起きたら9時10分前。朝食もとらずに部屋を飛び出す。他の皆も同様らしく、店は一応10時開店になっているはずだが結局1度もその時間には開けられなかった。
誰もいないグラウンドの水場で1人、ひたすら芋を洗う。
今日はいい天気だ。

カナビンピックという名の体育祭が始まり、皆がそっちに行ってしまい、またも人手不足。体力と気力の限界を感じる。焼き芋やいももちはまあまあ売れるが、芋焼酎があまり売れない。

夜7時頃、やっと店番を開放され、3日目にしてゆっくり友人たちと他店をみてまわれた。おでん屋で足をとめ、大根に舌鼓を打つ。一緒にいた友人は成人しているのでお酒も入りいつもより明るい。素面の私までなんだかハイテンション。
自分たちのテントに戻ると、もうお客さんもほとんどいない。
真っ暗なテントの中で、誰かが持ち込んだこたつをかこんで、男女6人がろうそくの灯を見つめながらぽつり、ぽつりと会話する。わずかな灯りだったが目が闇に慣れてきたせいで、皆の顔が妙にはっきり見えた。
肉眼赤外線カメラ。人間てすごい。

しかし眠気には勝てない。
そのうちひとり、またひとりと、その場に横になる。今夜はテントに泊まる覚悟でいたので、留守番させているテロを少し気にしつつ、私は何とか起きていた。
ふと、トイレに行ったきり戻ってこないA子に気づいて、友人とテントの外に出てみた。まわりは乱痴気騒ぎ。しばらく探していると、完全に酔っぱらったA子を発見。私たちを見つけて「あーーー!」と大声をだし、指さす。ふたりがかりでA子を抱え、自分たちのテントに戻る。テントの中の闇は外よりも暗かった。
A子自身が以前、「酔うとひとつの思考回路しか使っていない状態になる」と説明していたとおり、先ほどからうつぶせのまま
「サランヘヨー」
と意味不明に繰り返す彼女の奇声をBGMに、テント内の夜が更けていく。皆が眠ってしまったのに、私は、眠いのに眠れない。最後まで一緒に起きていた友人までもついに眠ってしまった午前5時。やはり一旦家に帰ろうと決意する。

こうして私の初外泊は未遂に終わった。4枚並べた畳の上で11人が寝ているカオスな空間を抜け出し、私ひとりさよなら。サランヘヨ。
よろよろとアパートに辿り着くと、風呂にも入らず寝てしまった。


美大祭、しんどかった。
私の体重は準備前に比べて2キロも減っていた。


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*美大祭…当時の金沢美大は、勉学面では堅実でストイックなイメージがある一方でイベントになるとはめを外しまくる謎の両極性があった。この頃は夜通しだった美大祭だが、無法地帯と化していたのは昔の話で、現在はもっと良識的な楽しみ方をしていると風のうわさで聞いた。
(※写真は本文とは関係のない、別の年の美大祭を撮影したものです)





今週もお読みいただきありがとうございました。美大祭懐かしい。今、どんなふうなんだろう。大学生になりたての19歳の私はちょっとびびり気味でいまいち楽しみ方がわかってなかったです。まだお酒も吞めなかったし…。
ちなみに、本文で登場した「いももち」とは、ふかしたじゃがいもに片栗粉と少量の水を混ぜて練り固め、フライパンにごま油をたらして焼いたもの。お餅みたいな食感で、砂糖醤油で食べると絶品です。

◆次回予告◆
『今日も私服がネコの毛まみれ⑫』駐車場で出会った仔猫の話

それではまた、次の月曜に。



*本気出したりさぼったり。美大生の私生活。↓




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