山梨。ワインとおとなを味わう旅ーおでかけがしたい。⑨ー
近況、または過去の記録から掘り起こした「旅」や「散歩」にまつわるエッセイ+少し写真のシリーズ『おでかけがしたい。』第9回。
今回は先日行った山梨、ワインをめぐる旅。
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魅惑のほうとう
名古屋から電車を3回乗り換えて移動すること3時間半。
山梨県山梨市駅に到着。改札口には逆方向の東京から来た友人Rがすでに待っていた。ちなみに、前回の旅(『おでかけがしたい。①』参照)でスカイブルーの髪色だったRの現在のヘアカラーは人参色である。
挨拶もそこそこに、まずは山梨といえばの郷土料理「ほうとう」を食べにいく。
何を隠そう麺類の中で圧倒的私のナンバー1がこの「ほうとう」である。もちもちでしっかりした噛み応えのある平打ち麺。かぼちゃ、根菜、きのこ類など、これまた私の大好きな野菜がたっぷり入った味噌の鍋。山梨に行く機会があれば必ず食べるし、お土産としても(自分用に)しこたま買いこむ。だって、名古屋のスーパーでは夏場は売り場から消えるし冬場でも1種類置いてあればいいほう。今年もすでに2度ほど買って食べたが、まだまだ今シーズンの私のほうとう熱は点火されたばかりである。
このお店は目の前に鍋とコンロ(1人ずつ)を置かれてからタイマーを13分セットされて、出来上がりを待つスタイルだった。ほうとう初体験だというRと馬刺しを分け合ってつつきながら待望の瞬間を待つ。
タイマーが鳴る。蓋を開け、湯気とともに現れた堂々たる麺と、食べても食べても鍋から具が尽きない夢のようなひとときをふたり、夢中で味わう。
満腹になり、外に出た。
空がきれいだ。
駅前だというのに人通りはゼロである。移動の前に、近くのコンビニへ。店内をふらつくことなく一直線にレジへとん、とヘパリーゼを置いた。
ワインカーヴとタートヴァン
「ぶどうの丘」に到着。
ワインが豊富な売店や温泉、レストラン、宿泊施設、美術館(休業中だった)などが敷地内に充実している観光地。我々は少し売店でワインの下見をしてから、地下にあるワインカーヴに降りた。
試飲用の「タートヴァン」という銀色の、取っ手のついた深めの盃みたいなものを買い、ヒモがついているので首から下げる。ふだんなら口に含んだワインをソムリエのように吐き出せる容器があるそうだが、このご時世なのでその用意はなく、試飲したものはすべてお飲みくださいとのこと。ええ。もちろん喜んで。
薄暗い地下に並ぶ無数のワイン。樽の上に置かれた試飲用のワインの口はコルクでなく専用の蓋が取り付けられていて、傾ければ自然に蓋が開き、ボトルを垂直に置けばまた、自然に閉まるように出来ていた。おかげで気軽に注げるが、片手にタートヴァンを持っているため、ワインの残量によってはつい多く注ぎすぎたりと初心者なので少しまごまご。私もRもワインは大好きだが知識は潔いほどゼロなので、タンニンうんぬんの説明よりも、名称やボトルのデザインなどを見て直感を頼りに次々と自分のタートヴァンに白や赤、ロゼの液体を注いでは味わっていく。そのノリのせいで
「わっ!これ強っ…何度?…25度!!」
などと、飲んでから気づくこともあったがそれはそれで楽しかった。
ふたりともが気に入った白ワインがあって、買ってこうかと迷ったが「どうせなら、明日このワイナリーに行こうよ!」という話になり、ひとまず他のものを購入。ついでに、山梨名物「信玄餅」や自分用のほうとうもこの売店でまとめて購入。なぜなら、毎度素晴らしい活躍をしてくれるツアーコンダクター・Rが「これ以降の場所にはお土産買えるとこはたぶんないよ」と親切なアドバイスをくれたからである。
リュックにお土産を詰め、温泉施設へ。露天は天気も良く爽快だったが、熱い湯が好きなふたりには少々ぬるく、湯冷めしないよう内湯でしっかり温まった。
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ぶどうの丘から乗ったタクシーの運転手さんから「どこから来たんですか?」と話しかけられ、
「どれ、せっかくなので山梨の冬の桜をお見せしましょうか」
と言うと、車が急に右カーブ。はて、どこまで連れていかれるのやらと少々不安に思っているとすぐ「左を向いてください」と言われた。
そこには確かに、冬の枝に小さなピンク色の花がぽつぽつと咲いた樹があった。「わあ~ほんとに桜だあ」と見惚れる私たちに、
「寒桜というんですよ」
とタクシーのおじさんが教えてくれた。
宿でもワイン
ツアコン・Rの行程表では、温泉のあとぶどうのパンケーキが有名なカフェで休憩することになっていたが、あいにくそのカフェが(お客が途切れたのか)早めに看板を下げているところへ居合わせてしまったので、そのまま宿へ向かうことに。
ぶどう畑に囲まれた民宿。入り口には1匹の猫がいた。名はサブちゃん。
「これでも3匹を産んだお母さんなんですよ」
と、ご主人が教えてくれた。よく見ると、水皿かごはん皿として使われているのか、古いタートヴァンがサブちゃんの傍に置いてあった。さすがは山梨の猫。
部屋は複数あったが、この日の宿泊客は私たちだけだった。窓際の置物、案内図に添えられたキャラクター、廊下に置いてある小物、目に映るあらゆる場所に猫モチーフがあり、めちゃくちゃ猫が好きなご家族なんだろうなあと思った。
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格安の料金にも関わらず、「ほんとにいいの?」と思うほど夕食が豪華だった。前菜から始まり、鮎の塩焼きに牡蠣のキッシュ。鉄板焼きの豚肉は口に入れた瞬間会話が途切れて沈黙するほど美味しかった。
「わっ!!」
思わず声が出た。「何?」と向かいのRがびっくりする。彼女の背後は庭に面した一面窓で、その窓の暗闇からサブちゃんがじっとこちらをのぞいていたのだった。
ワインもおいしかった。自家製のものを白、赤といただいて、食後も白ワインを1本追加で頼み、部屋で呑んだ。しかも「デザートにどうぞ」とワインの前世、ぶどうまで。
こんな贅沢許されるのでしょうか?
お互いの仕事の話を聞いたり話したりしながらワインが減って、夜が更けていった。
勝沼、ワイナリー散歩
翌朝。
山がきれいだ。窓の外は収穫時期を終えた枯れ色のぶどう畑が広がっていた。
朝食は胃に優しく和食だった。白米が美味しい。きのこの味噌汁も沁みる。
しかし部屋に戻ると昨日眠たくなってしまい残したワインがまだあった。ふたりしてベランダに出て、冷たく澄んだ空気のなか、山の稜線をバックに朝からグラスを傾ける。ヘパリーゼのおかげで本日も好調である。
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勝沼はワインのまちと言うだけあってワイナリーがいっぱいだ。宿をチェックアウトし、徒歩でいくつか回る。Rが行きつけのバーのマスターにリクエストされたという『甲斐ノワール』というワインをシャトレーゼで買う。昼食は丘の上の教会のような美しいレストランで食べた。ワインを選ぶとき、先ほど訪れたシャトー・メルシャンで気になった銘柄があったので頼んでみると、すごくおいしくてまたふたりで盛り上がった。あとでお手洗いを借りに(寒いしずっとお酒をのんでいるためふたりともトイレが近い)ふたたびシャトー・メルシャンに寄ったとき、先ほど呑んだワインをRが追加で購入した。会計を待つあいだ、私は展示されていたワインの銘柄別の土壌を「ほほう…」と理科の授業を思い出しながら眺めた。
勝沼は、マンホールまでぶどう柄だった。
最後のワイナリー「くらむぼんワイン」。
昨日、ぶどうの丘でふたりが気に入った白ワインのワイナリー。日本家屋の一室がワインの売り場になっている、こじんまりした隠れ家のような場所だった。目当てのワインをさっと選んで会計に行くと、「期限が近いのでよろしければどうぞ」と、なんとワインと同じ大きさのボトルのぶどうジュースを丸々1本サービスでくれた。
最後に昨日間に合わなかったカフェへ。今度はちゃんと入れたが残念ながらパンケーキは終了していて、プリンを食べた。昨今では珍しいしっかり固めたプリン。すごくおいしく、パンケーキが売り切れでむしろ良かったかもと思ったほど。
ワインで潤ったお腹に紅茶のやさしさが注がれる。
「良かったね山梨」
「うん。でも、10年前ならこういう旅にはならなかったかもね」
私は3本。
Rは5本。
お土産ワイン(プラスおまけのぶどうジュース)をそれぞれ大事に持ちながら、勝沼ぶどう郷駅のホームから驚くほど近くに見える、美しい山々を見納めて帰りの電車を待った。
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今週もお読みいただきありがとうございました。山梨、景色が美しく、たべものは美味しく、ワインが豊富。おとなの旅行に最高の場所です。また行きたい。買ったワインは年末仕事納めまで我慢中…。ぶどうジュースは最高でした。
◆次回予告◆
『ArtとTalk⑫』美大の思い出シリーズ。1週間かけて制作、最後は2晩学校で徹夜したフレスコ画実習のお話。
それではまた、次の月曜に。
◆ひさしぶりのさんぽ猫◆
宿のサブちゃん。(左にあるのがタートヴァン)