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漫画と美術の絵の違いとは《美術沼にはまりました・前編》ーArtとTalk⑮ー

皆さんお元気ですか?
宇佐江です。

今回のArtとTalkは、この春で美術館(監視係)の仕事がおかげ様で10年目になる私が振り返る、「美術沼にはまった経緯」を前後編でお送りします!

前編は、もともと漫画家志望だった私がなぜ美術の世界に足を踏み入れたか?のお話。絵を描かない人にとっては

「漫画も美術も絵は絵でしょ?」

とピンとこないかもしれませんが、そのふたつの世界には大きな隔たりがあると、私は中学時代に痛感した思い出があるのです。

それでは、参りましょう~。

もっとリアルな絵が描きたい

小学生の時漫画を読み始め、女の子のイラストを描くのが大好きだった私は、ごく自然に「将来は漫画家になりたい」と思っていました。弟や友だちと描いた漫画を見せ合いキャッキャしているような平和な中学時代を過ごし、一応美術部には入ったものの、真面目な絵は描かず、友だちとしゃべりながらサラサラとイラストを描く程度だったのです。

ある日、私は文化祭の作品展に出す絵を部室で描いていました。今回は少し気合を入れて「ちゃんとした絵を描こう」と考え、ふだんのいかにも漫画っぽい絵ではなくリアルな人間を描くために、図書館で画集まで借りて、それを参考に描きました。この時に確かジャン・バティスト・グルーズの絵を初めて画集で観て「すごい…!!」と感動した記憶があります。

完成した絵は、《和・洋・中》というタイトルの、和装・洋装・チャイナ服の3人の女性が並んだ絵。今思えば三美神をもじったようなモチーフでしたが、ものすごく丁寧に細かく、気合を込めて描いたつもりのその絵はちっとも「リアル」にはなっていませんでした。

「平べったい…。」

会場に並ぶ自分の絵をみて私はがっかりしました。漫画っぽくならないようにしたつもりなのに、その絵はやっぱり「漫画の絵」でした。

「美術」と「漫画」の絵はぜんぜん別物なんだ。

その決定的な世界の違いにこの時気がついて、「じゃあこれからは潔く漫画に邁進しよう!」ではなく、悔しさがこみあげました。

もっとちゃんと絵がうまくなりたい。

あの時の気持ちが、底深い美術沼へと私を誘い込んだのです。


漫画絵と美術絵のちがい

誤解のないよう付け加えますが、技術的に美術が上で漫画が下、という意味ではまったくありません。ただ、どちらの世界に軸足を置くかによって「うまい」の基準が変わるということ。

たとえば漫画の絵って、夢中で読んでいると気がつかないけれどふと冷静になると、「おい、お前いったい何等身なんだ?」と数えたくなるほど脚の長い高校生が出てきたりしませんか?デッサン的には明らかにおかしいのですが、その漫画の中ではごく普通、そしてそれが「漫画の中の素敵な世界」を形成しているのです。漫画の絵としてはリアルで正確であることよりも、その世界観に合ったデフォルメを徹底して表現できる人が「うまい」と私は考えています。

あと、2次元と3次元の違い。

以前、中学美術の教諭をしていた友人が語ったところによると、幼い子が絵を描くと決まって平面的になってしまうのは、脳がまだ2次元でしかモノを捉えられないから、立体的な絵が描けないのだそうです。
たしかに子どもの絵って平べったい。そして漫画の絵も、もちろんすごく立体的な表現で描かれたものもあるのですが、やっぱり(俗っぽい意味ではなく)「2次元」だと思うのです。

それに対して、美術の基礎で教わるのは「2次元である紙の上に3次元を描く」こと。

具体的に言えば、漫画の絵では輪郭線がもっとも重要ですが、美術では「稜線りょうせん」という、光と影の境目を重要視してデッサンを描きます。なぜかといえば、そこを表現することが「立体」つまり3次元を描くことに繋がるからです。



高校から美術科に進み、デッサンを積み重ねていくことで徐々に私は「美術の絵」に染まっていきました。この頃、たまに以前のような「漫画絵」を描くと妙にバランスが取れず可愛くない絵しか描けなかったりして、「デッサンが上達すればこっちの絵もうまくなると思っていたのになんか違う…」と、そのギャップに悩んだりもしましたが、一度美術の世界に足を踏み入れたあとは、漫画そのものをだんだん描かなくなっていきました。

けれど、この頃はまだ単純に「絵がうまくなりたい」という気持ちだけで、「美術」そのものが好きかというと、そうではなかった気がします。美術館にもぜんぜん行っていなかったし、画家の名前すらほとんど知らないままでした。

「描くのが好きなだけで、私は絵を観ることは別に好きじゃない」。

しかし、そんな私を、あるテレビ番組が大きく変えたのです……。


(後編につづく)





今週もお読みいただきありがとうございました。昨今よく聞く「沼」という言葉。あまり熱心に誰かを応援したりファンになったりということが少ない私には縁のない言葉と思っていたのですが、ある時知人から「でも宇佐江さんて、美術の話になると熱くなりますよね」と言われて、ハタと、「もしかして私がはまっているのは『美術沼』…?」と思い至り、このお話を書きました。

次回予告◆
私を「美術沼」に誘った決定的な番組との出会い。そして、いちど美術沼から這い出て社会に出るも、再び沼へと戻り美術館に就職する、そのきっかけになった友人の話とは?!

それではまた、次の月曜に。


上:漫画絵

漫画と美術20220411_22511950_0009_LI

下:美術絵(手ぬるいって過去の先生たちに怒られそう……。)




*宇佐江がゆるく、時に熱く語る、美術のお話。バックナンバーはこちら




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