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大学生が京都から東京まで歩く話②

2日目 2022年2月5日

 朝起きると昨日の疲れが嘘のように吹っ飛んだ。近所の気のいいおじさんと挨拶を交わし意気揚々と僕ら3人は出発した。7時ごろラムーというスーパーで水や食糧を買った。
 そして再出発の際にウサギがソーラーパネルを背負いスマホを充電した。そして自らをエスディジーザーと名乗った。首からソーラーパネルをかけて日光を集めスマホを充電する。ネオが考えたアイディアだ。
そして、それぞれ一回ずつエスディジーザーになり自分のスマホを充電した。一行は時を忘れて光を求めた。滋賀の道はとにかく直進。脇目を振る場所もない。無言で歩いている時間も多かった。


 特に際立ったエピソードも無いためここで説明の補足をしておく。私たちは歩いて東京に向かっている。京都から東京に向かう道はいくつかある。有名なのが東海道五拾三次である。これは京都から滋賀、三重を通り、太平洋沿いに東京を目指す道である。だが、私達は中山道六十九次を通って東京へ向かっている。これは冬に行くのは困難を極める道である。理由は簡単。中山道とは京都から滋賀、岐阜を通って長野→群馬→東京というふうに日本屈指の雪国を通るルートなのである。だからこそ、いずれ立ちはだかり大きな壁となる雪の中を歩く事を覚悟している。だからこそ、こんな滋賀の平地でチンタラ弱音を吐きながら歩くわけにはいかないのだ。


 気づけば時は経ち、時折休憩を挟みながらもなんとか寝床にたどり着いた。近くに川が流れていたりする公園だ。今日は結構しんどかった。足は三者三様に損傷している。
 風が強くテントを立てるのも一苦労。放っておけばテントごと吹き飛ばされてしまいそうな程だった。テントは2つ。ネオが1人用テントで寝て、ウサギとタクミは2人用テントで一緒に寝る。テントをなんとか立て終わった後ご飯を食べる時が何よりも地獄だった。山から吹く風が強すぎて火が何回も消され、なかなかパスタを茹でられない。寒さにも耐えられずタクミは諦めて、ほぼ茹っていないパリパリのパスタを食べていた。そして食べ終わると寒さに耐えられず、すぐに寝袋に潜り込んだ。実際には食べ終わっていない。硬くて食べられずにほとんど捨てていた。ほんとにしんどかった。
 今日はエスディジーザーになった経験を経て当たり前のことに改めて気付かされた。田んぼには日を遮るものが何もない。右には日、左には影、その間を常に歩く僕がいた。後ろからの風を受け坂道を登る。下りながら好きな歌を口ずさむ。ただ頭上に空があるだけで歩は進む。自然に生かされているということを改めて思い知らされた。自然が教えてくれた。だから、これからさらに過酷になる中山道道中で人間の無力さと自然の偉大さをさらに痛感する事だろう。唇に触れ染みるように溶ける雪。衣服を通り抜ける雨。山から吹く風。それらの偉大さ。その存在にありがとうと言えるようになりたい。他には何も望まない。そうこの足の痛みとともに心に刻まれた。
 エスディージーザーが今日集めた光はただの日光なんかじゃない。明日もまた一行は自然に散りばめられた生命の灯火を拾い集め自分自身に吸収していく事だろう。今日はほんとにしんどかった。だが、人間とは愚かな生き物である。きっと今朝の様に一晩寝ればこのしんどさも忘れてまた歩くのである。今日は今日。明日は明日。日々は一晩寝る事の繰り返し。なんとかなるよ。
 いい睡眠を。グンナイ!
タクミは寝る前最後に訳のわからないことを言っていたことだけお伝えしておこう。

「あー、今1℃?2℃?知らんけど、もしこれで−3℃くらいなったらおれは凍えてマグロになってマグロが釧路に行って釧路からおれが冷凍のマグロステーキになってもう・・・あああああーーーーーー!」 

もう意味が分からない。歩きすぎて頭がおかしくなってしまったのだろうか。
そんなタクミは隣でいびきをかいて寝ている。大丈夫だろうか。




3日目 2022年2月6日

 今日もいつも通り最高の朝だった。僕らの進む方向に対向して走る車の上には雪が積もっている。
「あー絶対雪降ってるやん」誰かが言った。

雪と縁の少ない出身地の僕は嬉しい様な不安にもなる。気づけば彦根城。そこは白銀の世界に染められていた。歩く度に雪が強くなった。

 3人はギュルギュルっという小刻みなリズムを奏でながら進む。いや、雪を踏む表現がギュルなのかはわからない。そして、進んでいるのかもわからない。果たして歩いて東京に行く事には意味があるのか。学校の勉強は意味のない事に努力する事に意味があるとテレビで聞いた事がある。ならば歩いて東京に行くことにも何かしらの意味があるのではないか。なぜならこの世のほとんどの物事には意味が無いのだから。白い妖精を大気中で踊らせている風がこのバカ理論の背中を押し、心を踊らせる。だがそれは昼だけに適用される現象である。昼間に背中を押してくれた風は凶器となる。夜になると雪は積もり僕らの行手を阻む。

そして刃物の様な風は肌を刺す。妖精は悪魔と化すのだ。そして、タクミのメンタルを抉り取る。これはタクミの自己責任でもあるため一概に雪のせいにはできない。申し訳ない。なぜならタクミはバスケットシューズにズボンは防水機能の無い裏起毛パンツだからだ。雪に対して全くの対策ができていない。そもそもタクミはアウトドアが好きなわけでも無い普通の大学生。それをアウトドア大好き大学生のウサギとネオが無理やり連れてきたわけだ。そして財布の中身は2000円。買い食いすることもできない。可哀想に。タクミはずっと帰りたいと言っている。ここは滋賀県米原市。家の最寄り駅までは1900円ほどで帰れるらしい。これ以上進めば家に帰ることはできない。
だが漢タクミは進む。

 次第に足跡がモフモフに変わった。歩道には膝くらいまで雪があり、歩く事が困難となったため、車道を歩くことにした。3人で隊列を組む。先頭はウサギ、真ん中ネオ、後方タクミ。

「タクミ、後ろから車来たら教えて」ネオが言った。
「了解」タクミは元気なさそうに返事した。

タクミ「車来たよ」

ウサギ・ネオ「敵襲ーーー!!!!モフれ!!!」

雪の積もった歩道に飛び込んだ。

※モフる:雪の無い車道を歩く際に後方から車が来た場合、モフモフと雪の積もった歩道に一時避難すること。

 今日はGoogleマップ上で見つけた公園を拠点にして寝ることにした。でも拠点が見当たらない。公園なんてどこにも無い。
「なあ、公園ってこれ?」
ネオが指差した方を見てみると、雪の中から飛び出した滑り台が見えた。
「多分これや。入ろう」
公園は殴るように振る吹雪や積もった雪であたりの田んぼと同化していた。
でも確かに公園は存在した。
拠点に着きまずは雪を踏みつけた。これは雪を整地して自分達の生活エリアを確保するためである。するとウサギが雪に飛び込んで転がり回った。
「この方が早いやろ!ワークマンで買った上着の防水を俺は信じる」
おバカなウサギの活躍もあり、なんとか生活エリアを確保した。
踏そしてテントを張りゲリ飯(ゲリラ飯)のお時間。ネオは性能の良いコンロを使っているお陰もあってかすぐに点火しご飯を作り始めた。今日はアルファ米という食材を食べるそうだ。お湯さえあれば手軽に作れる最強食だそうだ。一方タクミとウサギは苦戦した。

タクミ「火つかへんねんけど」

ウサギ「おれも火は付くけど吹雪で消されるww 」

タクミ「やんな。どうしよ」

ウサギ「おれいいこと考えた!」ウサギは雪を掘り始めた。そして雪の中に空間を作り周りを固めた。

タクミ「なにしてるん」

ウサギ「雪の部屋作ってその中にコンロ入れたら吹雪当たらへんやん!」ウサギはその作戦が見事成功し、パスタを茹で始める事ができた。
タクミのコンロは雪でビショビショになりしばらくは使い物にならなそうだったので、茹で終わったあと自分のコンロを貸してやった。

雪は一層強くなる。

今日はラーメンを食べるねん!と唇を紫にして意気込んでいたタクミだったが、寒さに負けて茹でることを途中で断念しバリカタどころでは無いほど麺が硬くスープの冷え切ったラーメンを食べていた。
 食べ終わるとすぐテントに入った。
 タクミは寝袋にくるまって身動きをとらないウサギの横でテントに積もった雪をはたく。全く都合のいい友達である。
とにかく雪がすごい。今日は真剣になんとかやり過ごせる気がしない。でも、なんとかやり過ごせてもやり過ごせなかったとしても、どのみちなんとかはなっている。まぁ結果はどうであれその時の自分に任せよう。そう実績のない未来の自分に託す。

「タクミー、1時間おきに交互に起きて雪かきしよ。じゃないと明日雪に埋もれて死んでまうわ。」
ウサギは提案した。

「そうやなぁ、それがよさそうやな。」

「じゃあタクミが先に起きて雪かきして。おれはその次するし」

「わかった。そうしよ」

その後ウサギが起きることは無かった。

                   続く


彦根市
米原市
冷え切ったパスタ
雪に埋もれるテント

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