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人の金で焼肉が食べたい【ショートショート】

「やばいぞ陽太! 『人の金で焼肉が食べたい』が盗まれた!」
 Zoom画面の中の菜月(なつき)が突然叫んだ。

「いきなりなに言ってんの?」
 Zoom越しに僕が返す。

 菜月と僕は幼なじみ。同じ中学・高校を出て、今年から揃って地元の大学に通っている。いわゆるクサレ縁ってやつだ。
 友達付き合いも7年におよび、なんだかんだ気が合うので、三日に一度ぐらいは二人でリモート飲み会を開いている。
 まあ飲み会といっても未成年なので、コーラとポテチ程度の健全な会だ。とは言え菜月の方は時々父親のノンアルビールをくすねてきて『プハーッ』と気分だけ演出してるが。

 お怒りモードのまま菜月が続ける。
「こないだ『人の金で焼肉食べたい』が登録商標になったらしいんだよ!」
「あー知ってる。どっかのアイドルが『持ち歌の曲名だから』つって登録しちゃったんだよね」
「うう、ネットの公共ネタを会社が横取りなんてずるいよ!」
 菜月は口をとがらせ、胸に抱いたペンギンのぬいぐるみをポコポコ殴る。

 しかし僕には彼女がここまで怒っている理由がよくわからない。
「なんでそんなに怒ってんの? 商用じゃなきゃ普通に使っていいって話だし。しょせんは他人事じゃん」
「他人事じゃないよ! これ見てよ!」

 菜月が画面に向けてグイッと突き出したのは黄色いTシャツだった。
 真ん中に下手クソな牛の絵が描いてあり、その下にはまた下手クソな文字でこう書いてある。

 人の金で
 焼肉が
 食べたい

「なにこれ? 普通にダサいね」
「んがー! これ私がデザインしたんだよ! suzuriで売れば人気大爆発だったのにー!」
 suzuriはTシャツなどを自分でデザインして販売できるサイトだ。

「ていうか、キミも公共のネタで儲けようとしてないかい?」
「パブリック・ドメインだったらいいんだよ! ほら昔、エニグマの曲で台湾の民謡を使ってるのあったでしょ?」
「いや世界的ミュージシャンと自分を同レベルに並べるな!」

 菜月は昔っからこんな感じだ。儲け話に目がなくて、後先考えず突っ走る。
 小学生の頃には拾って来たきれいな石を道端で売って補導されたり、中学の時は知識もないまま株に手を出してバイト代を全部溶かしてしまったり。
 ごくまれには学校祭の出店などで結果が出ることもあったが、大抵は悲惨な終わり方が多かった。

 飲み終わったノンアルの缶をぐしゃっとつぶしながら菜月が言う。
「ところで陽太ぁー。『焼肉で受けた傷は焼肉で癒やせ』っていう格言は知ってるかい?」
「たぶんだけど、そんな格言は無い!」
 無視して菜月が続ける。
「しかし私はいま金欠なのだ! Tシャツに集中してて全然バイト入れてないし」
「知らんがな」
「人の金でー、焼肉がー、食べたぁーい」
「やかましいわ」
「ふふ……陽太くん昨日バイト代出たんだろぅ? 榊くんに聞いた」
「うーわー! 榊のヤツ!」
「ごちそうさまです!」
 菜月が両手を合わせる。
「あのお金はダメ! 絶対ダメ!」
 僕は必死に抵抗した。だってあれは……

「ケチ! だからモテないんだぞ!」
「いやそれキミが言う? 僕は去年まで彼女いたし!」
「いやいや、振られてたらダメでしょ。ノーカンでしょ」
「ノーカン言うな! それにこないだキミを焼肉に誘ったら『二人焼肉はカップルと勘違いされるからやだ』つってたじゃん!」

 菜月は急に僕から目をそらし、ポリポリと頬をかき始めた。ノンアルしか飲んでいないのになぜか顔が赤い。

「あのさー陽太。こないだのアレ……返事を保留にしてたけどさ」
「あーアレね」
「一応だけど、いいよ」
「え、本当!? てか『一応』ってなんだよ?」
「え? だから……照れてるの! 一応じゃなくても一応『いちおう』って付けとくの!」
「えー? 僕は『一応』は嫌だな」

 菜月の顔が真っ赤になる。
「じゃあ……ちゃんと。ちゃんとでいいよ」
「ちゃんと付き合う?」
「ちゃんと付き合おう」
「よし! じゃあよろしくお願いします」
「う……よろしくお願いします」

 友達付き合いが長いと、なぜこんなにも恥ずかしいのだろうか。僕と菜月はしばらくの間お互いを見つめ、にやけたり目をそらしたりした。

 と、菜月が唐突に口を開いた。
「あの、ところで焼肉の件は?」
「え、もしや焼肉が動機?」
「えへへー。とか言ったりして」
「おい!」
「あはは、さすがの私でもそれは違うよ。違うけど」
「ダメ! あのお金は来月のキミの誕生日プレゼント用だから」
「えっ! そうだったの?」
「そのお金で焼肉行く?」
「うっ、それは嫌かなー。付き合って最初の誕プレが焼肉とか」

 次の日、僕と菜月は友達グループに交際開始を報告した。祝福の声が上がり、みんなでリモート飲み会を開くことになった。

 ついさっき榊から電話があった。
「あ、今回は陽太と菜月の分はみんなからおごりね。クール便でノンアルビールと松阪牛、送っといたから」

 菜月、お前の野望、意外な形でかなってしまったぞ。

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