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猫じぇらし【ショートショート】

 あたしは学校に行けなくなった。
 彼氏の蓮くんがあたしの親友の真希と隠れてつきあってることがわかったのだ。
 あの日、たまたま通りがかった喫茶店の窓には、にこやかに微笑み合う二人の姿が映っていた。

 あたしは一晩泣いて泣いて、翌日学校を休んだ。
 それをきっかけに、あたしの長い長い引きこもり生活が始まった。
 あたしは部屋から一歩も出ないことに決めた。
 とりあえずご飯は部屋の前に置いてもらい、食べ終わったら食器を部屋の前に返すことにした。

 家族とも顔を合わせなくなったあたしの唯一の心の慰めは、飼い猫のミューだった。
 あたしの名前は美宇で、猫がミュー。
 名前が似ているのは単なる偶然だ。

 お父さんの部下が飼っていたという黒猫のミューは、飼い主が突然亡くなったことによりうちにもらわれてきた。
 お母さんは『縁起が悪い』と言って嫌がったが、お父さんが半ば強引に連れ帰ってきたのだ。
 ミューはすぐにうちに慣れた。
 トイレのしつけだけでなく、いろいろな面ですごく行儀がよかった。
 あんなに嫌がっていたお母さんもすぐにミューのとりこになり、今では率先して食事の世話などをしている。
 ミューは不思議な猫だった。
 人間の言葉をなんとなく理解しているようでもある。
 ときには『人生何周生きてきたの?』と思えるような哲学的な横顔で、雨の日に窓の外を見つめていることもあった。

 引きこもりを始めた日、ミューは沈み込んでいるあたしの顔をペロペロと舐めてくれた。
 やっぱり何かをわかっているみたい。
 ミューの両手を軽くつまんでもちあげながら、愚痴をこぼしてみる。
――ミューにはわかんないかもだけど、いろいろ嫌なことがあって、もう学校に行きたくなくなっちゃってさぁ……
 ミューは『わかってるよー』と言うかのように一声鳴いた。
 あたしはミューを布団に入れてやり、その晩はふたり一緒に寝た。

 あくる日、ミューの体が少しだけ大きくなっていることに気づいた。
 あたしが引きこもっていて時々おやつをあげているから?
 でもそんなことで大きくなるのかな?

 翌日目が覚めると、なんとミューは猫耳の女の子になっていた。
 顔はあたしと瓜二つだ。まるで鏡を見ているみたいだった。
 ミューは裸だったので、あたしのお下がりの服を着せてあげた。体格には全然あわずブカブカだが、余った袖が萌え袖みたいになって可愛い。
 あらためて自分そっくりなミューの顔をしげしげと眺める。
 透き通った白い肌に長い睫毛と黒目がちの大きな瞳、鼻筋も通ってるしお口も小さくて唇は肉感的。
 客観的に見るとなかなかの魅力ではないだろうか。こんなにも可愛いあたしを振るなんて、蓮のバカはホントにどうかしてる。
 ボフン、と音を立て枕に頭からダイブすると、女の子のミューが身を寄せてきた。
 その日あたしは、あたしそっくりになったミューと一日中じゃれ合って遊んだ。こんなにリラックスした楽しい時間は久しぶりだった。

 そのまたあくる日、目が覚めると今度はあたしの頭に耳が生えた。
 ミューそっくりの猫耳だ。
 ミューはといえば、昨日よりもさらに体が大きくなっていた。ブカブカだった服が今日はもうジャストサイズだ。
 鏡に映るあたしとミューを見ると、まるで本当の双子のようだ。
 ミューとあたしはお互いの体を舐めてごろごろと過ごした。
 溶けたアイスチョコバーみたいに甘美な時間がとろとろと流れていく。

 うとうとしてるとスマホの着信音が短く鳴った。
 SNSアプリのアイコンの右肩に着信を示す丸数字がついている。
 タップして確認すると、それは蓮くんからだった。
――あれは勘違いだよ。君の誕生日プレゼントを選ぶのに、内緒で真希ちゃんに一緒についてきてもらってたんだ。

――えっ!? そんなお約束な展開ってあるの?
 あたしは明日学校に行くことに決めた。
 この猫耳もパーカーのフードをかぶっていけばごまかせるだろう。
 引きこもってミューと密着してから生えた耳だから、密着していなければ消えてなくなるかも知れないし。

 あたしはその晩、ウキウキした気分で眠りについた。
 なんだかいい夢も見れるような気がした。

 翌朝、すっきりと目が覚めたあたしは、もうすっかり人間の声が出なくなっているのに気がついた。
 隣で寝ているミューを見ると、こちらはもう猫耳も引っ込んで、なんだかまるで普通の人間みたいだ。……ってあれ?

――ふぁあーぁあ……
 大きく伸びをして、ミューが目覚めた。
 あたしの体格の何倍も何倍も大きく見える。

 いや、どうやらあたしが縮んでいるだけみたいだ。
 鏡を見ると、あたしはミューそっくりの黒猫の姿になっていた。

 あたしにそっくりの顔でミューが笑う。
――御主人様はゆっくりしているといいニャ。
  そいでもって真之さんは、わたしがもらうね。

 はい? 真之さん? それはあたしのお父さんの名前だった。
 思い出した。お父さんの部下は若い女性だった。
 死因は確か……自殺だったのではなかったか。

――ああ、そっか、そういうことね

 あたしは学校に行けなくなった。
 たぶんもう、永久に。

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