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夏休みの暇だったある日の気持ち

小学何年生だったかは定かではないけれど、夏休みのある日の記憶がある。その日はとても暇だった。

宿題は終わっている。友達と遊ぶ予定はない。家には両親と姉がいる。でもそれぞれ別のことをやっている。そして、僕はやらなきゃいけないこともやりたいこともなかった。でも何かがやりたかった。そういうわけで、とても「暇」だった。

なにかしたい。何かに熱中して、努力して、達成して、笑って、驚いたり、疲れたり、ともかく夏休みっぽい楽しいことがしたい。「したいよ~」と言いながらリビングでごろごろしていた。

それだけの記憶だ。おそらくその日は別に何もなく過ぎていき、ご飯を食べ、本を読んだりテレビを見たりして終わったのだろう。


あの時の僕のそばに、今の僕がいてあげられたら、何をしてあげようか。

やってみたいと思うことリストを一緒に作ったらどうだろうか。

海に行く。車で何分で、〇〇海岸に行けるよ?
山に行く。高速使って何分くらいで、〇〇岳の自然歩道が気持ちよさそうかも。
プールに行く。

図書館に行く。どんなジャンルの小説が好き?その作家の最初の作品知っている?
どんな仕事に就きたい?どうやったらそのプロになれるか、図書館で調べてみようか。

博物館に行く。
水族館、動物園に行く。

それでも決まらなければ、いっしょにショッピングモールをぶらぶらしながらおしゃべりするのもいいかもしれない。
「何がしたいか分からないけど何かしたい」
そういう気持ちをひとりで持て余している時に、面白くて優しそうな大人が一緒に考えてくれたら、きっと楽しかっただろうな。

小さい時に楽器に出会っていたら、ずーっと飽きずに練習していたかもしれない。少年オーケストラとかも楽しいだろう。
兄弟でアンサンブルしたらおもしろそうだなぁ。

生物学とか物理学とか数学とか、あるいは英語やドイツ語、フランス語でも、楽しいよ~いっしょにやってみる~?って面白そうにいっしょに勉強してくれる変わった大人がいたら、一緒に図書館に通い詰めたかもしれない。

まぁ、そうかもしれないし、そうでもないかもしれない。

あの時の僕のそばに、今の僕がいてあげられたら、なにをしてあげよう。

子どもの時の気持ちをどんどん忘れていくけれども、いくつか、不思議と、消えずに残っている気持ちがある。これは、夏休みの暇だったある日の気持ち。


あの時の自分にこうやってあげたかったなぁってこと、ありますか?

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