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サイコロで旅しよう⑵

 眠りすぎたみたいだ。今日こそ僕は旅に出るんだ。ついつい近頃の寒さで出不精になってしまっていたけど、ようやく外に出る決心がついたんだ。天気予報でもここ数日は晴れの日が続くって言ってたし、旅立つには丁度いい頃だと思う。

 すでに準備は済ませてある。バックパックに荷物を詰めて、最低限の着替えとお泊りセット。そして希望なんて物を一緒にして今日僕はここから歩き出すんだ。

 止めないで、母さん。僕は今まで甘えていた自分を捨てる覚悟でいるんだよ。

 何も言わないで、父さん。僕だって一人で出来るって事を証明したいんだよ。「父さんの息子だから」って胸を張って言えるようになる為にもね。

 さあ、サイコロを振ろう。

 エイッ。

 「2」だ。

 「2」は南へ進む、だ。

 それじゃ出発進行!

 テクテクと僕は歩く。いつも見慣れている風景のはずなのに、何だかいつもとは違うような気がするのは気のせいなんだろうか。そうか、立ち並ぶ家の一軒一軒をちゃんと見るようにしてるからなんだ、って気づいたのは10分程経ってからだった。

 「佐藤」って表札を見た。僕の家から歩いて7分くらいの所に住んでいる佐藤さん。一体どんな人なんだろう?こんなに近所に住んでいる人なのに、僕はこの佐藤さんを知らない。

 途中で自動販売機を見つけた。変な緊張感があったからだろうか。僕は喉が渇いていたので水を買う事にした。蓋を開けて半分くらいを一気に飲み干す。凄く美味しかった。ただの水なのに、こんなに美味しいって思うのが自分でも不思議でしょうがなかった。

 しばらく歩いていると三叉路にぶつかった。もう南には進めない。だから僕はまたサイコロをポケットから取り出して自分の進む方向を決める事にした。

 行ける所まで行って、突き当たりに出たらサイコロを振る。

 それが僕の中の新しいルールになった。

 今度はどこに進むんだろう。

 エイッ。


 「1」が出た。

 「1」は北へ進む、だ。

 僕は北へ進む事にした。


 さっきの自動販売機が目に入る。そしてその後ろには小さなお店があった。とても小さな、看板も小さな雑貨屋さんだ。確かにそこにあって見えてたはずなのに全然気付かなかった事に驚いた。僕は中に入ってみる事にした。

 カランカラーン。

 控えめな、小さくて少しくぐもった音。店内には僕以外にお客さんはいない。レジの所に座っている女の人が小さな声で「いらっしゃいませ」って出迎えてくれた。けれどそこはどう見ても女の子向けのお店で、僕にはおよそ似つかわしくない空間。

 でもすぐに出てしまうのは悪いって思ったから一通り店内を見る事にした。小物が多くて、僕には何が魅力なのか全然分からないけど、綺麗に並べられた商品を見るのは何だか気持ちが良い。あの女の人が管理してるんだろうか?そんな事を考えながら一つ一つをわざとじっくり見た。

 一つの商品に目が止まった。それは砂時計だった。妙に気になった僕はそれをひっくり返してみた。多分、5分くらいの砂時計。ピンク色の砂がサラサラと下に落ちていく光景を僕は見続けた。

 そう言えば何年振りなんだろう。こうして砂時計を見るなんて。アナログの針が動いているのと違う、デジタルの秒数が動いているのとも違う。一秒間に何粒の砂が落ちて、僕の生きている時間を数えているんだろう。

 僕はそれを買う事にした。見ていて何故か落ち着くような気がしたからだ。わざとカウンターに置く時にまた逆さまにしてみた。すると女の人はレジを打たないで、僕と一緒に砂が落ちるまで見守ってから料金を告げたんだ。

 「たったこれだけの時間。けれどもその時間が戻ってくる事ってないですよね。砂時計・・・そんな時間を思い出させてくれるのが、私、凄く好きなんですよ」

 そう言って微笑みながら僕に商品を渡してくれた。僕も素直に「ありがとう」って言いながら店を出た。本当はあまり欲しくはなかったけど、また自動販売機で水を買った。

 そのまま北へ進む。見慣れた風景が目に入ってくる。佐藤さん家をまた通り過ぎようとした時、番犬に吠えられたから僕はこれも久し振りな事だけど、走って逃げた。良く考えてみたら門の向こう側にいたんだから、追っかけて来れないはずなのに。

 気付いてから立ち止まって荒れた息を整えつつ、辺りを見回してみた。

 僕のお家の前だった。


 僕はサイコロをポケットから出さずにそのまま玄関を開ける。

 止めないで、母さん。

 今日はもう充分に旅したんだよ。眠らせておくれ。

 何も言わないで、父さん。ほらね、僕だって一人で買い物くらい出来るんだよ。これを成長って言わないで何て言うの?

 自分の部屋に戻ってきてから僕は砂時計を取り出す。枕元にそれを置いてみる。耳を近づけて落ちる砂の音が聞こえないかなって試してみた。

 何回も試したけど、音なんて聞こえやしなかった。でも不思議な事に気が付いたんだ。

 耳をどんなに近づけても音は聞こえないのに、諦めてまたひっくり返した砂時計を見たら、確かに音が聞こえたんだ。あのお店で初めて見た時のように「サラサラ」って音が。

 僕はそれから何度も砂時計をひっくり返しながら、いつの間にか眠っていた。

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