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河川計画論入門その5 水害対応計画

水害は日本の自然災害の中でも特に頻発し、甚大な被害をもたらす災害の一つです。

1. 防災基本計画と関連計画

防災対策の基本となるのが「防災基本計画」です。これは災害対策基本法に基づき、中央防災会議が作成する政府の防災対策に関する基本的な計画です。この計画は、災害予防、災害応急対策、災害復旧・復興の各段階において、国、地方公共団体、住民等が果たすべき責務と具体的な対策を詳細に記述しています。

防災基本計画を基に、指定行政機関および指定公共機関は防災業務計画を、地方公共団体は地域防災計画を作成します。これらの計画は、それぞれの組織や地域の特性に応じた具体的な防災対策を定めています。


2. 水害対策:ハードとソフトの両輪

水害対策は大きく分けて、ハード対策とソフト対策の二つのアプローチがあります。


2.1 ハード対策

ハード対策は、河川整備の一環として行われる構造物による水害防止・軽減策です。これは河川法に基づいて策定される河川整備基本方針と河川整備計画に従って実施されます。

特に重要なのが「基本高水」の設定です。これは治水計画の目標となる洪水規模であり、過去の降水や河川流量の観測データを確率統計解析して定められます。この過程は「計画予知」または「計画予測」と呼ばれ、科学的な根拠に基づいた河川整備の基礎となります。


2.2 ソフト対策

一方、ソフト対策には、ハザードマップの作成・公表、リアルタイムの観測・予測システムの運用などが含まれます。

ハザードマップは、水防法に基づいて作成・公表が義務付けられており、浸水想定区域や避難場所、避難経路などの重要情報を住民に提供します。2015年の水防法改正以降は、想定し得る最大規模の降雨や高潮に対する浸水想定区域図も作成・公表されるようになり、より広範な状況に対応できる避難計画の策定が可能となりました。

また、降雨や洪水のリアルタイム観測・予測システムの運用も重要なソフト対策です。これらのシステムは、水防活動やダム操作、住民の避難行動に直結する重要な情報を提供します。


3. 水害予測の多面的アプローチ

水害対策の効果を最大化するためには、精度の高い水害予測が不可欠です。水害予測は主に三つの観点から行われます。


3.1 確率論的アプローチ

一つ目は、洪水の発生頻度に対応する規模の予測です。これは確率統計学を用いて行われ、特定の規模の洪水が発生する確率(超過確率)や、ある規模の洪水が平均して何年に一度発生するか(リターンピリオド)を算出します。

3.2 最大規模の予測

二つ目は、想定し得る最大規模の豪雨や洪水の予測です。これは、観測された最大の降雨量や、台風シミュレーション等を用いて物理的に可能な最大規模の降雨や洪水を予測するものです。この予測は、「水害に強い国づくり・まちづくり」のための基礎情報となります。

3.3 リアルタイム予測

三つ目は、進行中の豪雨や洪水に対する数時間・数日先の予測です。これは、最新の観測データとシミュレーションモデルを組み合わせて行われ、水防活動や避難行動の判断に直結する重要な情報となります。近年では、データ同化技術の発展により、予測精度の向上が図られています。

4. タイムライン(防災行動計画)の導入

近年、新たな防災対策として注目されているのが「タイムライン」です。これは、災害発生時点を予測し、それに向けて「いつ」「誰が」「何を」するかを時系列で明確にした行動計画です。特に、台風のような進路予測が可能な災害に対して効果を発揮します。

米国でのハリケーン対応での成功例を受け、日本でも大規模水災害に対するタイムラインの導入が進められています。これにより、関係機関の連携強化と、より効果的な災害対応が期待されています。

5. 水害リスクの総合評価

水害対策の効果を適切に評価するためには、水害リスクを総合的に評価する必要があります。このための手法として、「水害リスクカーブ」の作成が試みられています。

水害リスクカーブは、降雨の確率的特性と予想される被害額の関係を示すものです。これを作成するには、降雨の時空間分布の不確実性を考慮しつつ、氾濫シミュレーションや被害額算定を組み合わせた総合的なアプローチが必要となります。

このリスクカーブは、治水施設整備や都市計画、さらには損害保険制度設計など、水害リスク管理のための重要な基礎情報となることが期待されています。

おわりに

水害対策は、ハード・ソフト両面からの総合的なアプローチが不可欠です。さらに、気候変動による豪雨の激甚化や都市化による流域の変化など、水害を取り巻く環境は常に変化しています。そのため、最新の科学的知見に基づいた予測技術の向上と、それを活用した柔軟な対策の立案・実施が今後ますます重要となるでしょう。

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