見出し画像

【寝前小説】父を想う

心の整理はつかない
ひとつだけ思うことがある

あれは良い父親だった


幼少の頃は乱暴だった
アリが歩いていれば踏み潰し、癪に触れば直ちに同級生と喧嘩をしていた
喧嘩が強いとか負けるとかそんなのはどうでもよくて
ただ暴力を振るうことで心が奥底から震えるのがわかった
多分それが私という人間の性質なのだと思う

喧嘩して帰ると父親に殴られた
あれの拳骨には私の暴力性が完全に怯え、隠れてしまうようななんとも痛い拳骨だった
私はあれに自分という存在の邪悪を教え込まれたのだろう

父親の拳骨のおかげもあってか年齢を重ねたからか
私は自分の邪悪を隠し良いものとなっていった
社会性が身についていったということだろう
学校では性格の良いものと思われていた
偽善というものなのだろうが己の暴力性は邪悪であると分かっている私はそれを悪いと考えなかった
学生生活の人間関係はどこか演技じみていたがそれで周りが受け入れてくれるのだから何も思わなかった

大学生になった私は親元を離れて暮らし、大学で出会った彼女と半同棲という形に落ち着いていた
付き合って1年以上にもなる、お互いに安心できる関係性だと思っていた
依然演技じみた関係性は続いていたがそれでも彼女とも仲良くやれていて私は満足だった


一昨日、父の訃報を聞いた
前々から危ない状態で入退院を繰り返していたためそこまで不思議には思わなかった
父は俺への謝罪を遺して逝ったらしい
何故謝罪なのか、ピンと来なかった
父親との関係はさして良いものでも無かった
思い出すのは俺に手を挙げる姿とテレビを見ている姿だ
いや、思い返すと遊びに連れて行ってもらったり、良くしてもらっていた
だが印象には残っていなかった

ならば父親との関係は良かった
それはそうと俺は父親が怖かった
やはりテレビを見ている父を思い出す
あれは通り魔殺人事件のニュースを見ていた
あれは笑っていた
父親の笑顔じゃない
あれは目を見開き口角を無理矢理あげたような笑顔をした
拳骨を落とす父親もあの笑顔だった
相手を圧倒するかのような笑顔だった
純粋な暴力性が作る笑顔は父親の邪悪なのだろう

一昨日から彼女に会っていない
隠れていた俺の邪悪は父親の訃報に出口を見つけたらしい
充てられる笑顔を無くした邪悪は充てる場所を見つけては息を吹き返すようだ
俺はこの先、この邪悪を抱えて生きていくらしい
そう考えると自分の心に整理がつかない

ひとつだけ思うことがある

"あれ"は良い父親だった

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?