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人から聞いた怖い話

とんでもなくつまらなそうなタイトルになってしまったが、そうとしか表現できないのだから仕方ない。
掲載許可はもちろん取ってあるので、今回は堂々と他人の褌で相撲を取らせてもらうことにした。

Twitterにはスペース機能というものがある。誰でも視聴・参加可能なグループ通話のようなものだ。話す人(スピーカー)はAさん・Bさん・私の三人で、他に聴いてる人(リスナー)はいなかったため人目を気にせず好き勝手喋っていた。

最初はセックスレスの話をしていたはずだったが、三人中二人がホロスコープに詳しいという非常に偏ったメンバーだったため、話題はだんだんとスピリチュアルなものへと変わっていった。

なおホロスコープに詳しくない少数派は私だ。めざまし占いで自分が最下位だった場合は「なにが『ごめんなさ〜い!12位はふたご座のあなた』だ!謝るなら初めから順位をつけるなッ」と毒づき、申し訳程度に提示されたラッキーアドバイスを実践するどころか昼には占いを見たことすら忘れている。
そんな感じで私は占いや超常現象をあまり信じていないのだが、ポケーと聴いているうちに「えーそんな当たるのね。不思議なこともあるもんだ」となんとなく肯定的に捉える気になってきた。
おばけなんかないさ派の私が「目に見えない不思議な何か」の存在を少しばかり信じかけた深夜一時過ぎ、Aさんが凄い話をし始めた。

「私除霊をしてもらったことがあってね…なんか我ながらインチキくさい話だなあって思うし、自分がこれ人から聞いたなら絶対信じないと思うんだけど…」

にわかには信じ難い内容だったが、体験した人の口から語られると真実味が増す。
Aさんのトンデモ除霊体験はかなり面白かった。んもうゲラゲラ笑ってしまった。これは彼女がnoteにまとめると思うのでここでは割愛する。

Aさんの実体験によると、どうやら日常生活で複数体の幽霊に取り憑かれるものらしく、十代の頃心霊スポットに行きまくっていた私は怖気立った。
「その辺で普通に暮らしてても取り憑かれるならさ、わざわざ変なとこ行ってたらとんでもない量の霊連れてきてても不思議じゃないのでは?ヒィ…」

すかさずBさんが小心者の私をなぐさめてくれた。

「その場で何も起こらなかったなら大丈夫じゃないかな?てか私も昔心霊スポット行ってた!取り憑かれたことはないけど取り憑かれちゃった人なら見たことあるよ」

取り憑かれちゃった人とは何事だ。外から見て取り憑かれちゃったことがわかるなんて、相当取り憑かレベルが高いのではないか。取り憑かレベルが何なのかわからないが見た目でわかる状態なんて、ちょっと肩が重いとか不運が続くとかそんなレベルの話ではないはずだ。というかなぜ二人ともそんなに面白い話を持っているのだろう。

時刻は午前二時。丑三つ時なんておあつらえの時間に、Bさんは「本当にあった怖い話」を語り始めた。




「みんなで心霊スポット行こうぜってなってね、私怖いの苦手なんだけどさ、若かったしいきがってたから全然平気〜みたいな感じで参加したのね」

何かが起こりそうな導入だ。

「心霊スポットでは実際何もなかったんだけど、お疲れ〜じゃあ解散するか〜ってときになってね、一緒に行った男の子の様子がおかしくなっちゃって」

雲行きが怪しくなってきた。

「その子一人だけ帰り道がわからなくなっちゃったんだ。一人で家じゃない方に向かってっちゃって。道を間違えるはずがないの。田舎だからさ、田んぼがこうずっと広がってて…その子が家帰るには右曲がんなきゃいけないんだけど、自転車乗ったままスーーーッてまっすぐ走ってっちゃったの。それでみんな慌てて追いかけてさ、その子の顔見たら心ここに在らずって感じで…もうね、見た瞬間明らかに『これはヤバい』ってわかる状態なの。目がね、どっこも見てないの…」


この世のものではない何かを見てしまったり無数の手に追いかけられたりといった派手さはないが、だからこそ怖い。
私の文章力では伝わりにくいが、Bさんの話し方は本当に上手なのだ。「暗闇の中、家ではない方向にスーッと自転車で走っていく男の子」の姿が自然に頭に浮かび、そのリアルさに背筋が寒くなった。

Bさんの話術に惹き込まれ、Aさんは「えっ…うわ…」「やだ怖いほんと怖い」とかなりビビっていた。
もちろん私も相当ビビり散らかしており、相槌だか独り言だか判別のつかない「ヒィ…」を小声で連発しつつ、話の続きに耳を傾けた。


「よりによってね、」

そう聞いた瞬間私もAさんも身構えた。怪談話の途中に挟み込まれる「よりによって」なんて、絶対その後よくない事実が発覚する流れじゃないか。
ここまでで十分怖いのに、これ以上よくないことが起こるのか。


「よりによってその子ブラジル人でさ」



「ブラジル人のリカルドが取り憑かれちゃってさ」

??

私達は日本の怖い話を聞いていたはずだ。
「日本の怖い話にブラジル人を出してはいけません」なんて決まりはもちろんない。ド直球の人種差別だ。どう考えてもポリコレ的にアウトである。

しかし今聞いていたのは「日本の田舎で起こった怖い話」なのだ。おそらく二十年近く前の日本の田舎町、少ない街灯、暗がりに広がる田んぼ、自転車で集まる子供たち、実際にそういった町で育っていない人でもなんとなく懐かしさを感じるような、そんな日本の原風景を想像しながら怪談話に聞き入っていたはずだ。そこにいきなり「ブラジル人」なんて単語をぶっ込まれると脳は非常に混乱する。
私の貧困なイメージではブラジルといったらサンバだし、サンバを踊るブラジル人はちょっとした幽霊なら弾き飛ばせるくらいの陽気さが備わっている。カラッと陽気なブラジル人とジメっと陰気な日本の怖い話はどう頑張っても結び付けられない。北関東の田舎で突然サンバカーニバルが開催されたら誰でも驚く。

ジャパニーズホラーに突然のブラジル人、Aさんも私もそのギャップにやられゲラゲラ笑ってしまった。
「ちょっと待ってなんで…?なんで急にブラジル人…あ〜もうごめん笑いすぎてお腹痛い」
「まさかよりによっての後にブラジル人来ると思わないよ…さっきまでほんと怖かったのに…ヒィ涙出てきた」

しばらくの間一緒に笑っていたBさんが、続きを話し始めた。


「…でね、リカルドがスーーって走ってっちゃったのね。そんでラファエルが『リカルド!おいリカルドおめぇ大丈夫かよ!』て駆け寄って」


「他にもブラジル人いんの!?」
人が話しているのを遮るのはよくない。怪談話なんて特にそうだが、私もAさんもさすがに我慢できなかった。
ブラジル人とジャパニーズホラーのギャップが笑いを生むことはもうリカルド君のくだりで痛感したが、さすがにブラジル人で笑いを取ったあともう一人新たなブラジル人が追加されるとは思わなかった。中年女性達の腹筋はそろそろ限界だ。


「あっ土地柄なのか私の住んでたところブラジル人めっちゃ多かったんだよ。あんまり覚えてないけど日系〇世みたいな感じだったのかな?ていうか肝試しグループの半分くらいブラジル人だった」


「よりによってブラジル人」の部分を聞いた時、ブラジル人どっから出てきた?と失礼な感想が頭をよぎったが、なんのことはない。最初からブラジル人はその場にいたし、別にイレギュラーな存在でもなんでもなかった。Bさんの住む地域では当たり前のことだったのだ。
ブラジル人と日本人半々の集団なのだから、ブラジル人が取り憑かれる確率は言ってみりゃ二分の一だ。なんら不思議ではない。

「ヤンキー仕様のチャリわかる?田舎だからみんな改造チャリでさ、ハンドル上に曲げたやつ。もちろんリカルドのチャリもそうでさ。うつろな目ぇしたリカルドがヤンキー仕様のチャリ乗ってこう、スーーーッてあっち行っちゃって。もう気付いたら500mくらい向こうにいるの。ハンドルグイッと上げたチャリ乗ったブラジル人が田んぼに挟まれた道をノンストップでスーーーッて」

このあたりで私の腹筋は限界を迎えた。
別に日系何世が多く住む町だろうがチャリを改造していようがそこを偏見の目で見るつもりはない。
しかし「日本の」怖い話だと思っていたところ突如としてブラジル人の存在が明らかになり、そのブラジル人が改造チャリを乗り回す微笑ましいヤンキーで、おまけに「そこでラファエルが」「フェリッペが」と新たなブラジル人の名前が続けざまに差し込まれて、もう私の脳ミソは情報量に耐えられなかった。

というかもう「リカルド」という固有名詞がツボなのだ。Bさんも喋るうちにおそらく「もうリカルド言っときゃウケる」と確信したに違いない。
田舎ヤンキーを再現した北関東訛りのオラオラ口調でリカルドリカルド連呼してくるし、思惑通り私もAさんも「ヒィ〜リカルド…よりによってリカルド…お腹痛いよォ…アーッハッハ」といちいち大ウケしてしまう。もう怪談なんだか漫談なんだかわからない。

深夜のテンションも多少あったかもしれないが、素人同士の会話(喋るのはほぼ初めて)であそこまでドッカンドッカン笑いが起こることは稀だろう。ネタが面白いのはもちろんだが、Bさんの喋りの上手さがあってこそ面白いのだ。私が同じことを話したところで百分の一もウケないだろう。

話題、興味、関心、全てをリカルドにかっさらわれたままスペースは終了した。
怪談話はやはりオチが重要なので、取り憑かれた後どうなったのかが気になるところだが「取り憑かれたのがブラジル人のリカルド」という部分でもう完全に落ちているのだ。これ以上突っ込むのも野暮な話かもしれない。

翌日BさんからシンプルなDMが届いた。

「【画像】リカルド」

危うく飲んでいたものを噴き出すところだった。
どうやらFacebookで見つけたらしい。二人のお子さんと共に写ったリカルドは、健康的な眩しい笑顔のイケメンだった。取り憑かれたことによる後遺症はなさそうだ。血色も良く白い歯がキラリと光っている。呪われているようには見えない。良かった良かった。

このイケメンが「何かに取り憑かれて田んぼだらけの道を虚ろな目ぇしたまんま改造チャリでスーーーッと走っていった」のかと思うと、深夜でもないのに笑いが止まらなかった。


【追記・お詫び】

文中で「北関東の田舎でサンバカーニバルが開催されたら誰でも驚く」なんて書きましたが、当記事を読んだBさんから
「実際にカーニバルもありますよ」
「カーニバルのときリカルド達は道端ででかい肉焼いてるんで見つけやすいです。あいつらすぐ道で肉焼くんで」
との情報提供がありました。
私が無知なだけで北関東でもカーニバルは行われるそうです。己の無知からくる偏見を撒き散らしたこと、誠に申し訳なく思っております。大変失礼いたしました。

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