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尾籠な話※閲覧注意


びろう
【尾籠】
きたないこと。けがらわしいこと。 「―な話ですが」




読んでくれている人は少ないだろうが、今回は相当下品な話なので閲覧注意と記しておく。苦手な方は読まない方がいい。

私自身エロ関係の下ネタには多少耐性があるものの、トイレ関係の下ネタ(生理以外)は大変苦手なのだ。食事中はもちろん食前にも聞きたくないし、字面も嫌なのでいついかなる時でもあまり見たくない。そういった単語を口にすることも稀だ。

一般的に「子供は皆う◯こネタが好き」らしいが、子供の頃から苦手だ。恋人がその手の冗談を言っても笑わない。
真顔で「そういうの嫌いだからやめて」と窘めている。


私は恋人と二人で暮らしている。
もう十年以上一緒にいるが、恋人の前で放屁するのは未だに抵抗がある。一旦部屋から出たりトイレまで我慢したり、なるべく同じ部屋ではしないよう心がけている。

しかし恋人は違う。同じ部屋にいようが無遠慮に屁をこき「いいオナラが出ました!エヘヘ」と不要な報告までしてくる。
「ねえ」とうっとりした目でこちらを見つめ、どうしたのと照れながら視線を合わせた瞬間に「ブッ」とこかれて脱力したことも一度や二度ではない。本当にやめてほしい。

同じ布団で寝ていても平気で放屁し「俺ァ屁の熱を利用して布団を温めているんだ」と平気で父ひろし(ちびまる子ちゃん)と同じセリフを吐く。私と違って彼は恋人の前で放屁することに対し照れが全くない。


先日、そろそろ寝ようかどうしようかとりあえず電気消すかとお互いスマホをいじりながらゴロゴロしていたら、恋人が普段通り屁をこいた。


「…あれ?」

いつもとリアクションが違う。
どうしたのと聞くととんでもないことを言い出した。


「ちょっと出たかもしれない…」


爆弾発言を残し、神妙な顔をして部屋から出て行った。
水音が聞こえる。確定だ。どうやら風呂場でパンツを洗っているらしい。



「なんか水っぽいオナラだと思ったらちょっと出てた…アッ固形のが思いっきり出たとかじゃなくて、ちょっと水っぽいのがついちゃった…」

ひどくしょんぼりとしている。普段は笑顔のアザラシに似ている恋人が叱られた犬と化している。


「あの、パンツは一応洗って洗濯機の前に置いたので…朝洗濯機回すんで…」


随分と申し訳なさそうだ。屁をこくことに照れがない人間でも、実が出たらそりゃ恥ずかしいだろう。いい歳こいて漏らすだなんて情けない気持ちでいっぱいに違いない。
屁と間違えて実を出すのは初めてのことではない。盛大に漏らしてはいない(らしい)が「オナラしたらパンツにちょっとついちゃった」と風呂場で悲しそうに下着を洗っている姿は何度か見ている。


もう人生の三分の一以上を共に過ごしている間柄だ。悲しそうに下着を洗う成人男性の姿が情けないことは確かだが、私に汚れた下着を洗わせてくるわけではない。呆れたり幻滅したりはしない。
漏らしたものはしょうがない。そりゃあ恥ずかしいだろうが、そんなに落ちこまなくていい。私とあなたの仲じゃないか。悲しい顔はやめよう。笑い飛ばそう。
そういった気持ちを込めて、場を和ませるため私にしては珍しく下品な冗談をかましてみた。



「ドンマイ!リキッドう◯こマン!気にすんなよ!なっ!リキッドう◯こマン!」


「お、鬼!!!!!」



聖母のような優しさを見せたつもりだったのに、なぜか鬼呼ばわりされてしまった。


「ハァ〜?あなたが『嫌われちゃったかなァ』と落ちこまないよう気を遣ったのに鬼とは何さ!だっていい歳こいて漏らしたらそんな自分が情けなくてへこむでしょ絶対!でもそんなあなたを嫌いになったりしないから安心してね落ちこまないでねってことを伝えたかったの!苦手な下ネタジョークをかました私を褒めてほしいくらいよッ!フン!」


無粋なことは百も承知。真意が伝わらないのも癪なので全てを説明した。
私の気遣いをわかってもらわねばならない。そうでなければ漏らした事実をからかうだけの小学生と変わらないじゃないか。
十数年一緒にいて私が「う◯こ」なんて単語を口に出すことはなかっただろう。苦手な単語を使ってでも励まそうとしたのだ。これはイジりではなく配慮なのだ。




「それにしてもリキッドう◯こマンて…リキッドう◯こマン!?なにそれちょっと面白いじゃん…でも酷い!もうやだ!口きかない!」

「口きかないってなによ!私なりにウィットに富んだジョークのつもりだったのに!つうかアンタも笑ったじゃんよ!」

「ウィット?俺のパンツはウェットですけどねってか!なんだとこの野郎!ウワーン!」

ノリツッコミしつつヘソを曲げられてしまった。どうせすぐ戻るだろう。
成人男性のう◯こ漏らしなんて所業にドン引かなかっただけでも感謝してほしい。これ以上甘やかしてやる義理はない。





「リキッドう◯こマーン♪」


予想通り数分でヘソは戻った。どうやら気に入ったらしく楽天カードマンの節で歌っている。歌いながらテレビの前で変なポーズをとっている。ハハハあまりはしゃぐなまた漏らしたらどうすんの、と言いかけてやめた。これも配慮だ。


「まあ俺基本お腹ゆるいしね!落ち込んでもしょうがないや!」


急に己を鼓舞し始めた。たまに漏らしてはいるものの慣れるほどの頻度ではないため、おそらく毎回新鮮にショックを受けているのだろう。鼓舞でもしないとやってられないのかもしれない。健気だ。



「たまにって実際どれくらいの頻度?年一くらい?」


「そうだね…まあ年一かな。もう年一までならセーフってことにするよ」


「エッじゃあ今年もう残機なくない?まだ三月の初めなのに残機ゼロになっちゃって今年大丈夫?増やしとかなくて平気?」


「キーーーッ!!!」



またもやヘソを曲げられた。許されるのが年一ならば今年は早々に残機ゼロということになる。大丈夫か?来月あたりうっかり漏らしたらいよいよ心が折れやしないか?と心配になるのは当然だろう。

ショックを軽減するために「今年は特別にもう一回までなら漏らしてもOKということにします」と、心の中で残機を増やしておいた方が良いんじゃないかという優しい優しい思いやりが無下にされてしまった。心外である。


「そっちが漏らしたときは絶対に『リキッドう◯こウーマン』て言ってやるからな…漏らせ…漏らせ…」


思いやりの気持ちを汲むどころかこちらを呪ってきた。
なんてケツの穴の小さい男だ。ケツの穴が小さいくせしてその穴が緩いなんてあり得るのか。お前の肛門はどんな構造をしてるんだ。最悪じゃないか。

◯◯マンと言えば正義の味方というのが定石だが、こいつは人を呪う。悪だ。闇堕ちしたリキッドう〇こマン、すなわちブラックリキッドう◯こマンだ。

「なにさブラックリキッドう◯こマンめ…」


うっかり普通に口にしてしまった。そこそこウケた。

開き直って「そうさ!俺は悪の組織から来たブラックリキッドう◯こマンさ!さあお前も漏らすがよい!」と悪役じみたセリフを発している。

でもブラックリキッドう◯こマンだとなんか大腸に疾患を抱えてる人みたいだねェと続けざまにしょうもないことが浮かんだが、口に出せるレベルの下品度を超えていると判断してそっと心の奥にしまっておいた。


それにしてもこんなに「う◯こ」と言ったり書いたりしたのは生まれて初めてだ。連発しておいて説得力は皆無だが、やはり苦手である。
ち◯こもま◯こも口には出せない。まだ「バキバキのペニス」や「猛り狂う男根」の方が抵抗がない。




ツイッターを眺めていると、わりと頻繁に「夫や彼氏の漏らしエピソード」が恨み節と共に流れてくる。そもそも男性は漏らしやすくできているものなのかと錯覚してしまうほどだ。
女性の漏らしたエピソードは出産時の話ばかりだ。それはさすがに不可抗力なので恥じる必要はない。

私は物心ついてから漏らしたことはないし、それが普通だと思っている。もしかしたら皆言わないだけで、年一で漏らしている大人は意外と多いのかもしれない。


私が今後漏らした場合、間髪入れずに「リキッドう◯こウーマン」と呼ばれることが確定した。
私は思いやりの結果として恋人をそう呼んだが、彼がこちらをそう呼ぶときそこに思いやりはない。純度100%の仕返しでしかない。呼ばれてたまるか。

自我のあるうちは死んでも漏らすものか――
鉢巻きを締め直すような気持ちで、気合を入れて肛門をキュッとすぼめた。

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