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繋いだ一輪はガラスケースに

 先日pictBLandさんにて行われていた『ローズフェスティバル2023』に応募したSSになります。募集期間終了につき、他の投稿サイトにも掲載しています。
 Kindle版には今のところ未収録。イベント前に電子書籍化してしまって……(手遅れ)
 オメガバースBL小説『妹に婚約者を~』のSSですが、Ωのトモとその父兄の会話が中心なのでBL要素は薄いです。
 文章サンプル程度に。


 裏口から店に入ると、閉店直後の厨房には父と兄の姿しかなかった。いくらビストロとはいっても、彼ら以外にも二人ギャルソンを抱えているはずなんだけど。
「お帰り、智久」
「うん、ただいま。急にデミグラス分けてとか迷惑かけてごめん」
 三ヶ月振りに会った父に断り、俺は寸胴鍋からデミグラスソースを少し取り分ける。大抵の調理は自分でやるけど、こればかりは一人で作るのに難がある。何日も掛かり切りになるソースを一人分だけなんて、例え仕事をしていないΩでも易易とは作れない。せっかく実家がビストロを営んでいるのだから、この程度の甘えは許して欲しい。
「山崎さんと赤城さんはもう帰ったの?」
 保存容器の蓋をしっかりと閉じながら兄に従業員のことを尋ねる。と、兄は何とも掴み難い表情で「ディナーの時間はそれほど混んでなかったから」と返してきた。何だか気になる表情だな……嫌な客でも来てたとか?
 兄の様子は気になったものの、家を離れて一人で生活しているΩの俺ではαの父や兄の問題に立ち入り難い。家族とはいえ、αとΩの間ではどうしても溝が生まれてしまうのだ。
 同じΩの妹と反りが合わない分、両親や兄とは良好に過ごしていきたいんだが……結婚前のΩだからあまり頻繁にも会えないよな。この距離は仕方ない。
「……それだけでいいのか?」
 保存用のビンに詰めたデミグラスを見た父が尋ねてきた。たくさんあっても食べ切れないかもしれない。物足りないくらいが丁度いいんだ。
「俺一人だからね。余らせたら勿体ないだろ」
「新くんには作らないのか?」
 俺の答えに父が眉を寄せた。新は俺の婚約者ではあるが……
「一緒に食事することもないからな。いきなり手料理っていうのも変だろ」
「食事もないって、会ってないのか? 結婚までに良好な関係を結んでおかないと、大変なのは智久の方だぞ」
 兄が窘めてくるが、そんなことを俺に言われても。
「新も忙しいんだって。ホテル事業の方を任されてるらしいから、それに慣れるのに苦労してるって聞いたよ」
 といっても、一方的に向こうが説明してたのを聞いてただけだけど。しかし、ホテル事業……新の家の業務内なら、ホテル関連よりもアミューズメント関連を任せた方が彼に向いているだろうに。地道な経営よりも派手な企画開発をさせた方が、新の才能が活きる。そのせいか前に会った時に苛立ってるようにも見えたし。
「婚約してるんだから、もっと親密になるべきじゃないか? せめてマメに会ったり――」
「半年前、E&Eのパーティで一緒だったよ。そこでのフォローが大変でさ……」
 友人の一族が運営しているホールディングカンパニーが東南アジアに進出するそうで、それを祝してのパーティだった。そういえば、そこでも新が不機嫌になってたな……弟さんと比べられて苛立つのも分かるけど。
 あの後言われた『Ωのくせに』って言葉を思い出して胸に苦いものが湧く。俺たちの結婚は家の為だってことくらい、理解してくれていると思ってたのにな。
「だから、もっと会う頻度を上げていけばいいって言ってるだろう。こういうことは言いたくないけど、智久がフォローに回るばかりじゃないか? もっとお互いに寄り掛かれるような――」
「あ、小弥太からだ」
 兄の小言を遮るように、メッセージアプリの通知が鳴った。狙ったようなタイミングに、つい安堵の溜息が漏れる。この間のパーティといい、本当に小弥太にはいつも助けられてるな。今度、夕飯に誘おう。
 アプリを立ち上げて確認すると、明後日、暇なら映画でも、という誘いだった。特に予定もないから喜んで誘いに乗る。小弥太と過ごすのは楽しい。俺がαだったら立場も弁えずに求婚してたかもしれない。……αだったら、の話だけど。
 またもやどうにもならないことを考えながら返信を送った。すぐにスタンプと『じゃあ10時ごろ迎えに行くね!』と返ってくる。うん。今日も小弥太は可愛いな。
「小弥太くんって、確かE&Eの――」
 と、父が言い掛けた。そういえば、その話をしたのはだいぶ前だな。
「うん。Ω校で知り合ってずっと良くしてもらってる。一番仲がいいんだ」
 何しろ、妹のお陰で友人なんてほとんどいない学生生活だったからな。そんな頃からずっと仲良くしてくれる小弥太には感謝しかない。
 頷くと、父と兄が妙な表情で俺を見た。いや、何でその顔? 何か問い質したい感じの顔に見えるけど。
「その、衛藤さんのところとはそんなに交流があるのか?」
「うん? 俺、小弥太の苗字言ったことあったっけ?」
 確かにE&Eは大企業だし、社長の名前は知られてる。この間も俺がパーティに招待されたことだし、衛藤家のことは知ってるとは思うけど……
「ああ、E&Eは有名だから。それで、小弥太くんのご兄弟とは――」
 兄が取り繕うように聞いてくる。何かおかしな反応だな、とは思ったけど、追及するのも変な話だしな。
「小弥太の兄弟は二人ともαだったはずだから交流なんかないよ。お母さまと義理のお姉さまとはよくお茶会で会うし、小弥太と四人で話したりもするけど」
 Ω同士だから気負わず話せるし、社交で顔を合わせることも多いから友好を深めるためにもよく会ってる。でも、向こうのαとは全然接点がないし、俺も迷惑にならないように避けてはいた。せいぜいパーティで軽く挨拶する程度だ。でも、それはα社会では普通のことであって、特段咎められるようなこともないと思うんだが。
「そうか……そうだよな」
 俺の答えを聞いた兄が何度か小さく頷きながら呟いてる。本当に何なんだ。
「……智久」
 父が難しい顔で呼び掛けてきた。そちらを向くと、しばらく口籠ってから息を吐き出す。
「もっと新くんと会うようにしなさい。結婚してからじゃ後悔しても遅いんだからな」
「……分かってるって」
 そんなこと、俺に言われても困る。新にはきっとその気がない。俺の発情期にも来る様子はないし、他のΩと会っている気配がある。『交友会』で遊んだ相手くらいなら構わないんだが……どうも嫌な予感がしている。そして、その嫌な予感を確かめるのに躊躇しているところだ。いくら何でも、政略結婚という責務は果たしてくれると思うが……
 耳の痛い話から気を逸らすために厨房内を軽く眺める。と、カウンターの隅の方に不自然な深紅があった。
「薔薇……?」
 ビストロの厨房には余りにそぐわない。テーブル席用か? いや、それにしては一本だけで本数が足りてないし、まだ蕾のようだ。それに、明らかに贈答用の包装になっている。
「莉緒さんにでも渡すのか? 兄さんのところは本当に仲良いよな」
 番の女性Ω――俺の義姉にあたる人だ――の名前を出してからかう。半ば冷やかしだ。義姉とは普段からよく会っているが、それはもうしょっちゅう惚気られる。いいことだから、存分に当てられておくが。
 だが、兄は困ったような表情で俺を指差した。
「お前宛だ」
「……へ?」
 俺宛って、深紅の薔薇を?
「……誰から?」
 心当たりが全くない。俺宛で、しかも深紅の薔薇なんて。
「新くんからという発想はないのか」
 溜息混じりの父の声が聞こえた。しまった。一応婚約者ならそう考えるよな。
「新からなのか?」
 そんな訳ないと思いながら聞いてみる。父と兄は揃って首を横に振った。まあ、分かってたさ。
「誰からなのかは言わないが、ここに置いておく訳にもいかない。持って行けばいい」
 父が言って薔薇を指した。誰からなのか教えてくれないのか。それで受け取れってのも……まあ、薔薇に罪がある訳じゃないし、厨房に置きっ放しじゃ可哀想だしな。
「分かった。持って帰るよ。ここじゃ飾るのも無理そうだしな」
 今は蕾だが、花が咲き始めれば香りも強くなる。厨房には不向きだろう。
 薔薇を包装紙ごとそっと花瓶から引き抜いて、湿らせたペーパータオルを切り口の周囲に巻く。これで部屋までは保つか。
「智久」
 帰り支度をしていると、神妙な声で兄に呼び止められた。
「何?」
「新くんとの件、お前が嫌なら断ってもいいんだからな」
 息が詰まった。兄が俺のことを心配しているのは痛いくらいに分かっているから。
「……大丈夫」
 家族を不安にさせているのに気付いて情けなくなる。政略結婚でも問題ないんだとちゃんと示さないと。
「新ともちゃんとやっていくから。それに、向こうのご両親には良くしてもらってるんだ。心配ないって」
 新のご両親は本当にいい人たちで、この間もお義母さまに旅行のお土産を頂いてしまった。結婚前からこんなに気遣ってもらって申し訳ないくらいだ。
 そう説明すると、兄はまだ納得していない表情ながら頷いた。

 自分の部屋に戻って薔薇を活ける。滅多に活躍することのない花瓶を引っ張り出してきたが、無事に活けることができた。
「誰からなんだろうな」
 まだ開いていない蕾に尋ねてみる。独り言でしかないが、まあ、植物には話し掛けた方がいいと言われているし問題ない。
 それにしても深紅か……花言葉は『愛情』とか『情熱』とか……本当にこれ、俺宛なんだろうか。
 ちなみに薔薇は本数によっての花言葉もあるようで、調べてみたところ一本だと『一目惚れ』『あなたしかいない』――
「何かの間違いじゃないか……?」
 思わず呟いた。そりゃあ、社交に出たりするから人目に晒されることもあるけどさ。その場合は隣に新がいるし、婚約者だっていうのは周知されてるはずだ。更に、見た目が可愛くもない一次性寄りの外見をしている男性Ωに惚れるαなんかいないだろ。
 けど――
「いつか、会えたりするのかな」
 この薔薇の贈り主に。
「……そんな訳ないか」
 独り言ちて蕾のラインをなぞる。会えたとしてもどうにもならない。俺は新に嫁ぐ身だ。それなのに、薔薇で想いを伝えるような相手に会えるはずもない。そんなことは許されない。
 夢を見るのはここまでだ。そろそろきちんと新に向き合わないと。家族に心配を掛けたくない。
 一つ息を吐き薔薇をしばらく愛でてから、俺は日常へ戻った。

 その薔薇は驚くほど長く花を保たせた。勿体ないので完全に枯れてしまう前にドライフラワーにしたら、その後得た番に感涙される羽目になったが。  いつか会えるかもしれない、という夢は思いもしない形で現実になった。何しろ、『愛情』と『情熱』を伝えてきたαは今、俺のたった一人の番なのだから。
 あの頃のような義務感で結ばれた仲ではない。本当に想われた上での結婚生活は驚くほど平穏で幸せだ。あんな『元』婚約者なんかに嫁がなくて心底良かったと思う。
 ケースに収められた深紅のドライフラワーを眺めながら、俺はついつい緩む頬を抑えられなかった。

 ローズフェスティバルなので、薔薇をモチーフに織り込んだSSです。
 薔薇を贈ってきた相手とトモのあれこれはコチラから(ダイレクトマーケティング)

 作品紹介記事もnoteに載せています。あらすじもそちらの記事でご説明。
 本編の方はムーンライトノベルズさんからも読めますが、Kindle版にはWEB版未収録の短編が2作書き下ろしで追加されています。Unlimitedにも対応していますよ!
 あ、あとセルフレーティングでR18指定しているので、規約を守った上でお読みください!!(大声)

 ではではー、またお会いしましょう。洞施うろこでした。


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