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永遠にはなってくれない


ひとしきり、部屋中を駆けまわって満足気に眠る。

わたしが密やかに涙を浮かべるのは、決まってそんな時間。

眠っている様子を見るのは、一緒に居るというより、少し遠くから見守る気持ちに近い。

大好きなネズミのぬいぐるみが床に座ったまま。引きずり下ろしたタオルもくしゃくしゃのまま。

仕方ないなあ、と直すことも、もう日常だ。

今のこの幸せに浸ればいいものの、この存在の尊さと、有限の時間を思ってはどうしようもなく泣けてしまう日が多々。


自分が傷ついたり、悲しくなったり、そういう起伏を最小限に抑えてきた。

あまりにも悲しい思いを、真正面から受けすぎる私の、せめてもの自己防衛なのだろう。

考えないようにする。強がりを言ってみる。聞きたくないから、音楽で耳を塞ぐ。思春期からの癖だ。

だから、猫と暮らすことが夢でも、散々、散々考えあぐねた。いつか来る、最後の日を迎える勇気が無かった。ただそれだけだった。

これ以上大事なものを増やすことも。わたしは、いとも簡単に「生きがい」にしてしまうから。

「生きがい」を失うと、抜け殻のようになってしまうから。

そんな考えも、それこそほんとに簡単に覆してしまうほどの幸せな日々をくれるてん。

ひとりで暮らした短い間は、家じゃ言葉も出ないし、笑うことも少なかったけど、

てんが居ると毎日必ず声を出して笑う。

一生懸命なてんの姿は、その愛おしさ故に笑顔を生んでくれる。

そんな時間は、いつか終わってしまうなんて憂慮もどこかへ行ってしまう。


ちょうどこんな時。てんが静かに眠っている時間は、決めたはずの覚悟がわたしを試しに来て、「嫌だに決まってる」と涙が出てきてしまう。

終わりがあるから美しいなんて、子供なわたしはずっと分からないままだ。

終わらないでほしい。

そんな悲しいことを言わないでほしい。

駄々をこねても、この幸せは永遠にはなってくれない。

積み重ねる日々の中で、わたしなりの解を出せる日が来るのだろうか。



人生、報われないことばかりと悲観的だった。

正しいと思ってやってきたことは、報いとなる訳ではないと繰り返し突きつけられた。

疲れてしまって、立ち止まった時もあった。

てんと出会って、わたしは今までやってきて良かったな、なんて柄にもないことを思うようになったんだ。

いまの日々を迎える為の下準備が、今までだと言うのなら納得だ。

先払いの人生。

てんとお別れになったその後は、貰いすぎた分を返し続ける人生なんだろうね。

その日が来たら、わたしはもう逃げないよ。辛いからって目を覆うことも、耳を塞ぐこともしないよ。最後まで傍に居るよ。

覚悟を更新し続ける毎日にするよ。

膝や肩に乗る体重。

胸に感じる体温。

お日様みたいなにおい。

甘噛みの強さ。

ひかる目の色。

話しかける声。



わたしの最後の日まで、ずっと忘れずにいたい。


こんなことを思ったということも、忘れたくない。


だから、残す。この時のままで。


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