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「甘酸っぱいバカバカしさ」嬉野さんの言葉の切れはし#87

「大泉さんの脛(すね)」と、いう言葉だけが只一言、

例の「黒地に白抜きの文字」で、
くっきりと表示されたまま残っていたのよ。

それを見た時、私の情緒は激しく刺激されたね。
--嬉野雅道

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先日うちの藤村が、お休みをいただいておりました折にね、ちょっと探し物があったので、私、編集室に入りましたのよ。

したら奥さん、あのコ汚く狭くなった編集室がね、
なんだか主を無くした編集室みたいな感じでね、
どこかガランとしてるのよ。

それが奥さん、まるでね、
「兵どもが、夢の後」、
みたいな喪失感を私に感じさせたのよ。

でさぁ、そのガランとした空間に置かれている、
文字テロップのモニター画面に、

「大泉さんの脛(すね)」と、いう言葉だけが只一言、

例の「黒地に白抜きの文字」で、
くっきりと表示されたまま残っていたのよ。

それを見た時、私の情緒は激しく刺激されたね。

「大泉さんの脛(すね)って、なんだよ」。

みたいなね、なんだか、バカバカしい謎を感じたんだよね。

たとえば、この世が終わってさぁ、人類がすべていなくなった地球上にね、かつて作られた建物が、無人のまま、あちこち残っててさ、そのひとつ、ここ北海道は札幌のHTBビルの片隅にある、無人の編集室にね、

「大泉さんの脛(すね)」という、

意味不明の言葉だけが残っている。

そんな感じがしたのよ。

まるで人類の遺産、文明のよすがとして残された、唯一の言葉、

それが、

「大泉さんの脛(すね)」。

みたいなね、感じ。

大泉さんの脛(すね)という一言がぼくらにもたらすイメージから出発し、大泉さんのあの頃のあの顔を、大泉さんのあの頃のあのぼやきっぷりを、ぼくらは懐かしく思い出しながら、やがてあの時代を、そしてあの頃の日本を、あの頃の世界を思い出し、最後にあの頃の自分の記憶にまでたどり着く。

滅亡した人類の長大な記憶の川を辿る、一匹の鮭が遡上を始めるきっかけ、

それが「大泉さんの脛(すね)」。

なんだかそんな気がして、
まぁそれだったらそれでも好いかと、
甘酸っぱいバカバカしさを噛み締めたのでござそうろう。
--嬉野雅道

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