「簡単な役割、単純な能力」嬉野さんの言葉の切れはし#282
自分に役割があると思えるということは、素朴に他人や社会に求められている存在ということになる。
それを実感して初めてぼくは安心できる。
それも、自分にだって出来る簡単な役割で求められるのが好い。
そんな単純な能力で日々を渡っていける世の中が、どうも私には向いている。
それが、私の望む、明るい未来。
--嬉野雅道
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テレビをつけると、朝から夜までいろんな物が売られていて、見ているうちに自分が買わなければいけないものはどれだろうと思い始め、何ひとつ欲しくならず、でも次々と商品が紹介され、だんだん意味も無く不安になることがある。
自分には、必要なものがどれくらいあるのだろう。
自分は、ほとんど欲しくないのに、なのにこんなにいっぱい引き取り手を求められているものがある。
そう考えて、そのうち、ぼんやりと思い始めることがある。
ぼくらは、必要とされているのだろうかって。
それは瞬間的なぼくだけの妄想だけど、引き取り先のない犬猫や欲しくならない新製品が世の中にあふれてしまってるような気に勝手になってしまうと、不意に、人も、なんの役割ももらえず、この世にあふれているような気がしてくる。
そうして、妙にいやーな気になってくる。
昔、飼い犬や飼い猫には役割があったように、自分に役割があると思えるということは、素朴に他人や社会に求められている存在ということになる。
それを実感して初めてぼくは安心できる。
それも、自分にだって出来る簡単な役割で求められるのが好い。
そんな単純な能力で日々を渡っていける世の中が、どうも私には向いている。
それが、私の望む、明るい未来。
--嬉野雅道(水曜どうでしょうディレクター)