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地方創生における温泉街再生

■まえがき

 かなり以前から温泉街の存続・再生は問題になっていました。多くの温泉施設が老朽化し、経営マネジメントも旧態依然としている等、由緒ある旅館の廃業や温泉街自体の衰退が見られました。私も若いころから温泉が好きで各地に出かけましたが当時でも温泉は宿そして浴場もほぼ古びていて、清潔でキレイというものは少なかったものです。この古びれた状況を風情があって良いという意見もありますが若い世代にも外国人にも受けないでしょうね。一方で高級旅館も各地にありますがそれらはあまりに高価ですので気軽には行けません。また、宴会を中心にした地方旅館は衰退の一途でした。
 全国の温泉地数は減少傾向にありますがそれでもまだ2,971か所(令和2年3月時点)もあります。
 その中でインバウンド需要により、一定の再生への道が開けて、一部では 行政の支援も含めて再生の事業体や官民再生ファンド等も活用しつつ再生に取組むことにより、成果が上がっているものも散見されます。
 観光資源としての温泉街の再生はインバウンド対応に向けて地方創生の切り札と位置付けて、多くの自治体等が取り組んできました。国のカタチの再構築にとって「自然と一体的」な膨大な数を誇る温泉は潜在的な資産価値のある資源です。
 このような状況下で星野リゾートは全国的に運営を軸として新たな視点で精力的に取り組んでいますし、個々の旅館の再生の事例も増えてきました。しかし、それをもってしても温泉街全体の再生は難しい面があります。
 温泉組合と個々の旅館、旅館同士、行政と組合など様々な軋轢があり、なかなか、連携して一つの方向で動きません。

■インバウンドの状況

多くの資料で公表されていますが、簡単に現状を記載しておきます。まず、 訪日外国人数は1964年(オリンピック開催年)64万人、1970年(大阪万博)85万人でしかなく、300万人を超えたのが1990年(324万人)です。その後は順調に増加し、2013年に1000万人、2016年に2000万人、そして2018年には3000万人を超えました。2013年から5年間で3倍と急増しました。海外では、フランスとスペインが8000万人を超えており、日本は第11位に位置します。観光消費額(2017)は国内では21.1兆円(パチンコとほぼ同額)、外国人が4.4兆円です。
外国人観光客の行動パターンは近年だけを見ても下記のような変化が見られます。
  ・団体旅行から個人旅行へ
  ・スマホを情報源とする
  ・都市部から地方部への広がり
  ・リピーター数の増加
  ・モノ消費からコト消費へ
  ・支出額(万円/人・回)増加:13.0万円~15.0万円(2012~2018年)
  ・滞在日数の減少:12.3泊(2012年)から9.1泊(2018年)

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〇外国人の訪日を促進する国の政策
 2003年4月に「ビジット・ジャパン・キャンペーン」、2008年に観光庁設置、2013年に「観光立国推進閣僚会議」の設置。観光ビジョンの策定のための「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」が2015年に開催、2016年に「明日の日本を支える観光ビジョン」が決定。その後、ビジョンを実現するための「観光ビジョン実現プログラム」が毎年策定。
〇訪日外国人の目標値
 訪日外国人旅行者数の目標を 2020年・4000万人 、2030年・6000万人としています。これは2020年以降のコロナ禍の影響もあり、現実的には難しい状況にありますが、そもそも6000万人の目標値が適切なのかは疑問です。
 コロナ禍以前には観光公害が問題となってきましたし、まだまだ、いろいろな意味で観光インフラや受け入れ態勢は十分ではありませんし、受け入れたは良いが混乱するのでは意味がありませんので国としての大きな目標よりは地域での適正な目標値を設定することが重要です。
 コロナ禍は観光業にも深刻な打撃を与えましたがこの機会に全国の観光受け入れ態勢や目標を再構築することが望まれます。

■温泉街一体的再生への道

 東北大震災の際にある温泉街の複数の旅館を再生した友人でもある事業者は避難者を積極的に受け入れて感謝され、さらに施設の一部を改修して、転居先として検討したことがあり、それに協力したことがあります。空き室の多い宿泊施設を住居やシェアオフィス等に転換することにより温泉街の定住人口や就業人口を増加させ、そして、被災者の新生活をしせんすることになりますので、非常に良い案だったと思います。
 しかし、行政レベルでは当時は原則、帰郷であり、また、温泉組合が再生事業者を新参者として扱って提案には賛同せず、結果的には実現できませんでした。入湯税の活用にしても従前の非効率的な利用に留まり、再生に向けてはなかなか有効に使えず、温泉街全体の復興・再生までには至りませんでした。一定のポテンシャルがある温泉街だっただけにもったいないものでした。我が国の観光を地方創生の主にするために温泉街再生は有効だと思います。
 かつて、地方活性化政策としてリゾート法による新たなIR的な総合的な開発が進められました。しかし、これは既存の観光地等を外して、新たに構築するという趣旨でしたので既存の多様な、例えば温泉街等の資源を有効活用できませんでした。これは中心市街地活性化に類似した状況ですね。
 sd我が国が誇るべき温泉に再着目して可能な限り再生させることは重要ですので、それを個別旅館の再生に留まらず温泉街全体で取り組むことが重要になります。

 温泉街を一定的に再生しつつある事例として黒川温泉があります。
 ここは老舗温泉ですが「黒川温泉一旅館」という理念を基に先取りした取り組みをしています。黒川温泉は組合(黒川温泉観光旅館協同組合)がしっかりと全体を掌握しているようですね。入湯税は他と同様に自治体の一般財源化していますが、独自に「入湯手形」の導入による財源を確保しており、組合独自に温泉街が一体として活動できていることが素晴らしいですね。設立60周年を記念して2021年に「将来ビジョン(2030年ビジョン)」も作成しており、これまでの実績を活かしてた将来に向けての行動に期待が持てます。同様の動きをしている地域もあるでしょうが大半はここまで出来ない中で衰退しています。
https://www.kurokawaonsen.or.jp/vision2030/

 ただ、独自の発案力・行動力があるのに、ここでもSDGsが出てくるのはやや驚きます。SDGs自体は良いことが記載されていますが国連事務局による国際的な共通目標であるにすぎないので、個々の自治体や企業・組織の目的にすべきものでは無いものです。ここまで主体的な当該温泉組合が引き合いに出す必要は無いのですが何となく流行的になってきたので触れているだけかもしれませんが、せっかくの優れた取り組みが単なる「SDGsウォッシュ」と受け取られてしまうかもしれません。

 いずれにしても多くの温泉街で組合が主体となって一体的な行動により、地方創生が少しでも進むことを期待出来ますね。日本のカタチとして温泉街の復興・再生は重要です。
私もどこかで機会があれば一緒にやりたいものです。

■入湯税と宿泊税について

 ところで温泉街の再生には本来、温泉利用者から徴収している「入湯税」を活用すべきです。「入湯税」は目的地方税であり、地方税法第701条にて規定されています「鉱泉浴場所在の市町村は、環境衛生施設、鉱泉源の保護管理施設及び消防施設その他消防活動に必要な施設の整備並びに観光の振興(観光施設の整備を含む。)に要する費用に充てるため、鉱泉浴場における入湯に対し、入湯客に入湯税を課するものとする」。
 実態としては一般財源に組み込まれており、観光政策全般に使われているようですが、観光客の満足度を高めるなどについて必ずしも有効には使われていません。
 そのため、新たな財源として法定外目的税である「宿泊税」が検討・導入されています。
 また、観光振興等に関する財源としては下表のようなものがあります。

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出典:令和元年11月8日第2回札幌市観光振興に係る新たな財源に関する調査検討会議
https://www.city.sapporo.jp/keizai/kanko/news2/documents/3siryou2-2019-2.pdf
宿泊税は東京都、金沢市、倶知安町等で導入されています。税率や免税点等が異なりますがかなりの金額になりますので、これを温泉街全体の再生さらには自治体全体の観力の向上のために有効に活用することが望まれます。
 オーストラリア等からのインバウンドで観光客や居住者が増えた倶知安町ではさらにリゾート地としての質や魅力の向上のために「観光インフラ(交通、人材等)」や「環境保全」のための事業に活用するとしています。

■温泉街再生へのさらなる期待と取組み

 以上のような状況下で各地の温泉街全体の一体的再生は今後の地方創生の大きなテーマであり、全国各地に日本ならではの貴重な資源の資産化を図るものです。
 その際に重要なのは成功事例の模倣ではなく、成功・失敗事例の要因の分析と当該地区の状況分析を図りつつ、新たな目標を策定することです。この目標はSDG云々と言った類ではなく当該地区の将来を決める理念であり具体的な地区のカタチを明確にすることです。その上でそれらを実現させる各種の施策を講じることになります。
 温泉街再生の成功事例には共通点も多くありますし、地区ごとの異なる特徴もあります。例えば、温泉組合が独自の財源をもって、組合員との円滑な取組み等は共通的な事項でしょうし、温泉の質、温泉街の歴史、立地、旅館構成、需要者像等はそれぞれ異なる事項です。

 そして、今後はインバウンド対応としての世界へのさらなるアピールを視野に入れる必要が有りますが同時に国内ニーズの新たな開拓も重要です。また、従前の興隆時代に戻すのではなく、新たな温泉街像を明確にすることが重要です。温泉自体の利用利便性や効用の科学的検証、そして、居住機能や就業機能等も含んだ複合的な街として再編することもあり得ると思います。
 また、従前の組合員だけではなく、国内外の新たな参入者(旅館や観光業以外の業界も含めて)も積極的に招き入れて新鮮な考え方を取り入れすべきです。「JR東日本の大人の休日倶楽部」等ともさらに積極的に連携すべきです。
 温泉街も全体としての街並みが重要です。旧い旅館街の中に無機質な四角のRC造の箱が混ざるのでは風情も何もありません。もちろん、旧来の姿にこだわる必要もありません。新たな工法と斬新なデザインが既存の街並みの価値をさらに高めることも可能です。要は現状の問題や特徴をきちんと分析した上で次世代への目標を立てることが重要です。
 そして、浴衣を着て散策するにあたって、旧来のような安っぽい店(飲食、土産、遊興等)はもうやめて欲しいものです。いずれにしても温泉街全体として多様な人々に楽しんでもらえるような設えが重要です。
 当初にも記載しましたように国のカタチの再考には地方、それも温泉と自然との調和そして資源の資産化が重要です。
 旅館単体の再生コンサルタントや事業者はかなり育っているようですので今後はそれも含めた温泉街全体の再生を図るための人材育成と再生へのチャレンジが重要です。
私も微力ながら多くの仲間達と取り組みたいと思っています。

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