見出し画像

小説風日記「海辺の町」

 恋人である美彩の話によると、その街は、龍が如くの聖地として知られ、その界隈では有名らしかった。
 ゲームはしないが、それでも私は旅好きだった。
 美彩は、ずっと片耳にイヤホンを挿しながら、道中を移動していた。乗り継いだ電車でもそれを外すことはなく、彼女は、瞼を閉じたきりである。
 私は、その機嫌の良くなるのをじっと待ちながら、車窓の外を眺めた。目の前の木々はあっという間に過ぎ去るのだが、その向こうにあるクレーンは巨大な生物のようにのろのろ動くようである。
 どこまでも広がる海の傍を、電車は這っている。
「美彩、つぎだよ」
 彼女は、薄目を開いて、頷いた。
 目もとだけを見ると、涼しげで寝ているように私には映った。ここからは覗えない反対側の耳から、音楽の音が漏れていた。

 ひどく眩しかった。
 コインロッカーに荷物を預けると、彼女も私も足は港町へと向かっていた。そこには恰も白ボケしたような景色があった。
「眩し」
 思わず、美彩が口を開いた。
「大丈夫?」
「うん。でも、なんか調子悪い」
 彼女は、目を覆いながら、もう片方の手を耳にあてがいイヤホンを抜いた。
「これつけてないと、耳キーンてなる」
 と言って、また彼女はそれを装着する。
「そういうことか」
 すべてに合点のいった私は、歩きだした。
 目の前には信号機がある。その向こうに客の入っていないラーメン屋があった。 
 ちょうど昼過ぎだった。私は、鳴りはじめた腹をさすって、後ろを振り返った。
「お腹、空かない?」



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?