ロボットダンス
ロボットダンス
分解されたロボットの部品が散らばり、またいつかの製品の一部になることを待つことになる。この部品達は、どんな世界を見てきたのだろうか。薄情な博士がこの部品達に思いを馳せることがあるのだろうか。どちらにせよ、工場では日常茶飯事の光景なのかもしれない。
話は変わるが、ある家庭に人造人間の姉「喜衣」と、その妹が住んでいた。彼女たちの両親は長い間子どもができなかった。特に母親には執着的な子作りの願望があった。そして、とある博士に子どもを作らせた。人造人間の子どもである。彼女は喜衣と名付けられた。喜衣が成長することはないため、一年に一回博士の元へ行き、身体の各部位を少しだけ長くしたり、太くしたしする修正作業をして、次の一年を過ごした。
今から一年前のことである。突然、喜衣の両親は子どもを授かった。性別は女。彼女が生まれてから、両親は人間の妹へばかり構うようになった。喜衣は高性能のロボット故に、食べたものを消化する能力を持っている。しかし、食べないからと言って壊れることも、死ぬこともない。料理をして食べ物を与えることなど、両親は喜衣を育てることをだんだんと辞めていった。したがって、両親と喜衣の親子ごっこは終焉を迎えたというわけである。
喜衣には思考プログラムが搭載されていたため、人間と同じように振る舞うことが可能となっていた。人間と同じように幼稚園に通い、友達を作り、親を喜ばせた。妹が生まれたからといっていきなり幼稚園に行かなくなることも怪しまれるため、卒園までは幼稚園に通うことになった。もちろん、両親に世話をされたふりをして。思考プログラムが搭載されていたが、感情を持っているのかは微妙なところであった。喜衣は感情的に振る舞っていたが、それは高度な思考の結果である。喜衣は自分に感情があるのかどうかは、よく分かっていなかった。両親が構ってくれないことは寂しいのだろうが、幼稚園など周囲とのトラブル回避を優先した。
「ねえ、あなた。」
喜衣の母が、彼女の夫へ重要なことを話そうとしていることが伝わってきた。
「喜衣のことなんだけど、どう思っている?」
二人の間には、緊張感のある空気が流れた。夫は、考えなければいけないと思ってはいたが、蓋をしていたことに図星だった。
「ねえったら。」母は問い詰める。
「そっちは、どう思っているんだ。」
今度は母が黙り、また緊張感のある空気が流れる。数十秒、石のように固まった時間は、その後、母の勇気を振り絞った目光により、徐々に割れ始めた。
「私が今から言うことは、あくまでも、そういう考え方もあるってことだからね。本当に、心からそう思ってるわけではなくて、というか、私、まだよく分かってないの、だから、勇気を振り絞って、言うことを分かってほしい。分かってくれる?」
「ああ、もちろんだ。」
「怒らないで、私に幻滅しないで、冷静に話してくれる?」
「もちろんだって。まあ、少し、感づいてはいるから、大丈夫だ。」
「感づいているって、だったら、あなたから話してよ。」
また、沈黙の時間が流れる。
「わかった。」夫は言う。
「だが、君が言ったとの同じように、俺の意見も、まずは、怒らずに聞いて欲しい。別に決めつけているわけではない。俺も分からないんだ。」
「ええ、分かってるわよ。私も同じよ。」
「そうだよな。ありがとう。」
夫は一度歯を食いしばってから、それから静かに語り始める。
「俺たちには、子どもが長い間できなかった。特に、お前が子どもを強く
望んでいた。だから喜衣を作った。」
「ちょっと待って。私だけのせいにするわけ?」
「実際、そうだっただろうが。」
「あなたも同意の上でのことだったじゃない。」
「もちろんそうだ。ただ、気持ちが強かったのも、提案したのもそっちだということは、お前も分かっているだろ。」
「信じられない。なんで、私の味方をしてくれないわけ。」
「味方をしてないなんて一言もいってないだろ。」
二人の上には暗雲が立ちこめ、その後大きな竜巻が二人仲をなぎ倒し、吹き飛ばした。
「だったら、喜衣のことは、私の独断で決めるわ。あなたがどう言おうと、私は考えを変えないから。」
「ああ、勝手にしろ。俺は関わらないからな。」
喜衣の母は、喜衣の部屋へ入る。喜衣は椅子に座り、じっと窓の外を見ていた。天気が悪かった。喜衣は明日の天気を心配し、自分のサイズにあった長靴が家にあるか確認しなければならないと思考しているところだった。
「喜衣、話があるの。」
「なあに。」
「今まで、私の子どもでいてくれてありがとう。とても優秀な子どもを演じてくれたわ。でも、喜衣も知っているとおり、もう私たちには、本当の女の子ができたから、だから、もう喜衣は必要なくなったの。喜衣はすごく私たち夫婦の心を満たしてくれた。もう、十分に満足した。だから、喜衣は、博士の元に返ってもらうことにするわ。」
母の顔は、本当の子どもに向ける顔と、もう古くなった洗濯機を新しい洗濯機に買い替えるとでもいうような顔の、判断の難しい表情をしていた。だから、喜衣の思考プログラムは、この場面に対処する解答を出すまでに時間がかかった。喜衣は、数秒黙ったあと、こう言った。
「私も、役に立てて良かったわ。」
母が部屋を出た後、喜衣の思考プログラムは、ややヒートを起こしそうになった。私はこのままでいいのだろうか。私はこの先どうなるのであろうか。
それから、両親と喜衣は卒園まではこの家にいて、その後は引っ越すと同時に喜衣を手放すということに決めた。卒園まで、あと数週間だった。卒園から、小学校入学までの間に引っ越しと喜衣とのお別れを済ませるつもりのようだった。あまりにもタイミングが良いので、やはり両親の中では、話し合いをしようとしまいと、もう決まっていたことなのだろうと推測された。
人造人間の最後は、博士と助手の会話を聞いて、なんとなく知っていた。それは喜衣が三回目の修正作業のときであった。
「博士、喜衣の修正作業の後は令佳の分解作業です。」
「ああ、何時からだ。」
「令佳のお客は十四時以降ならいつでもいいと言っていますが、どうしましょう。」
「じゃあ、十四時にしよう。喜衣の修正作業は午前中に終わる。」
「分かりました。令佳、八年ですか。長かったですね。」
「ああ。」
「博士はロボットに愛着を持ったりするんですか?」
「ああ、多少はな。」
「令佳を分解するのは心苦しかったりするんですか?」
「そんなことはない。ただ他の製品の一部になるだけだ。」
「冷たいですね。」
「仕事だからな。」
喜衣は、寝転がりながらその会話を聞いていた。
その後、令佳がどのようになったのかは分からないが、博士の研究所に並べてあった細かい部品と思われるものを見ると、想像は付いた。
喜衣が家から出ることが決まってから、両親の表情はとてもよくなった気がする。相当気分が良くなったのか、卒園式が終わってから最後に喜衣と一緒に旅行でも行こうという話で盛り上がっていた。ロボットなので、旅行に行きたい意欲はないのだが、一応喜衣の意見を聞かれた。
「喜衣、卒園式からお別れまでの間に、旅行に行こうと思うの。喜衣にそういう気持ちがあるか分からないんだけど、どこにに行きたい?」
喜衣は「特にないよ、お父さんとお母さんが行きたいところに行きたい。」と行った。
「そうよね。喜衣はロボットだもんね。変なこと聞いちゃったね。」
改めてロボットと言われることに、多少違和感を感じた気がしたが「その通りである」とプログラムが処理した。
卒園式は無事に終わり、喜衣がロボットであることは最後まで周囲の人間に知られることはなかった。後は、旅行というお別れの儀式を終え、博士の研究所で分解されるだけである。
喜衣と両親、そして妹は、車で三時間ほどのホテルに二泊泊まることになった。そして、その足で博士の研究所へ行き、お別れとなる。非常に段取りのよい計画であった。
しかし、喜衣は、本当に自分が両親を離れ、そして博士の元で分解されることが想像できていなかった。未来は推測する能力は優れていたが、分解されるとはどういうことなのか、ということについて、想像を膨らませることが苦手だということに気がついていた。分からないことがあるときは、親に聞いてみるということを、今までの経験から学んでいた。
旅行は当日の朝を迎えていた。家族は前日までに準備を済ませ、母親は今、まだ赤ん坊である妹の世話に焼けていた。父親は、いつでも車で出発できる準備をしていた。喜衣も車に乗り、父親と一緒に母と妹を待った。
つかの間の時間は、喜衣に質問の余地を与えた。
「お父さん、私、これからどうなるのかな。」
「博士のところに行くんだ。」と、お父さんは言った。
「博士のところへ行ったら、どうなっちゃうのかな」
「また、誰かの元へいくのかもしれないな」と、お父さんは無責任に言った。
「私は、分解されると思う。」
両親は、黙った。
「ああ、そういう可能性もあるな。」お父さんは言う。
「分解されたら、どうなるのかな。」
父親は、目を逸らした。何か、意を決したように、自分の意見を確認するように、喜衣を見ては再び目を逸らし、そして父親は言った。
「もう、黙ってくれ。」
「分かりました」喜衣は言った。
父親の言動は、喜衣の参考にはならなかった。しかし、もう黙ってくれと言われるほどの内容について、赤ん坊の世話で忙しい母親へ聞くのは、遠慮するべきことであるとは思っていた。なので、この問題については自分の思考プログラムを頼るしかないと結論付いた。
車は出発し、田舎の方へ向かっていた。車内では赤ん坊が泣いたり、寝たりを繰り返し、喜衣が何か会話で間を挟むことは不可能に思われた。
車はホテルへ着いた。明日は海に行ってから買い物をし、その後はホテルで夕食までゆっくりと過ごす計画だった。
喜衣に睡眠の必要は無いのだが、充電の必要がある。電気プラグを腰のあたりにある喜衣のプラグへ繋いだ状態でホテルのベッドに寝転がった。
分解される未来について、考えを巡らせた。しかし、やはり想像力のない喜衣には、そのような哲学的な思考には向いていなかった。結局、「私は分解される可能性もあるし、他の家庭に行く可能性もある」ということ以外に結論は出なかった。しかたなく、その事実を受け入れることにした
旅行の間、結局両親とは、何度か「今までありがとうね」と言われただけで、これまでの思い出話をすることも、何か感動的なお別れの空気が流れることもなかった。それは、娘役のロボットとしてはあまり優秀ではなかったと言えるのかもしれない。結局、喜衣は両親というお客さんを満足させることができなかったのかもしれない。
特に、妹ができてからの振る舞い方が非常に難しかった。それまでは、あまり思考プログラムに頼らずとも、たくさんの愛情を注いでくれた。毎日、おいしいご飯を作ってくれて、喜衣のために色々なところへお出かけもした。わがままも言った。それは、たまにはわがままを言った方が両親は喜ぶからである。たまには、泣いた。人間的な感情を見せた方が、両親が喜ぶからである。しかし、私は、妹ができてから、身を引くことを優先させてきた。次第に、両親は、喜衣がロボットであることを徐々に悟っていったように思う。それが正解だったのかは、今でもよく分からないが、その行動の結果、喜衣が分解される未来を背負うことになっていることだけは事実である。
旅行は無事に終わった。赤ん坊である妹も、途中で行った海やショッピングモールを非常に楽しんでいたように見えた。
研究所へ向かう途中の車内では、両親達はもう最後だということになんとなく思いを馳せたのか、「今までありがとう」「六年間か、長いけどあっというまだった」などという言葉を喜衣にかけた。喜衣は「こちらこそありがとう」と返した。
車は研究所に到着した。家族は車を降り、研究所の中へ入る。博士と助手が出迎えた。
母親は挨拶をする。
「博士、本当に今までありがとうございました。博士がいなかったらと思うと、怖くてなりません。あの頃の私は、毎日自分を責めて、夫婦でも喧嘩ばかりして不安定でした。博士が喜衣を作ってくれてから、よい勝手意を作ろう。幸せな家族を作ろうって、それだけのことを考えて、生きてくることができました。しかも、今では本当の子どももできて、心から、幸せです。博士、ありがとうございました。」
「いえ、とんでもないです。」博士は言う。
後ろにいた助手が、やや場違いな口調で、「最後に何かお別れの挨拶されますか?」と言う。両親は目を合わせ、うなずく。
「喜衣、今まで本当にありがとう。あなたが来てくれてから、ずっと幸せだったわ。あなたのお陰で私は強くなれた。あなたがくれたものを糧にして、これからも幸せな家庭を作っていくわ。今まで、ありがとう。」と母親が言った。
「喜衣、俺もお母さんと同じ気持ちだ。今までありがとう。」父親が言った。
「こちらこそ、ありがとう。楽しかったよ。役に立てて良かった。」喜衣はそう答えた。
家族は車に乗り、研究所から帰っていった。
「じゃあ、早速始めるか。」博士がそう言い、助手も動きだした。喜衣をあたかもただの機械のように持ち上げた。そのときに、博士の研究所内にはいくつかの台があり、そのうちの一つの台に、分解されたロボットの部品が散らばり、またいつかの製品の一部になることを待っているのが見えた。この部品達は、どんな世界を見てきたのだろうか。薄情な博士がこの部品達に思いを馳せることがあるのだろうか。どちらにせよ、工場では日常茶飯事の光景なのかもしれない。
喜衣は自分が分解されることが確信に変わった。博士はもう、分解の準備に取りかかっているような雰囲気に見えた。喜衣は言った。
「分解されたら、どうなるのですか」
「また新しいロボットになる」
「分解されるのは、どういう感じなのですか?新しいロボットになるとは、どういうことなのですか??」
博士と助手は、喜衣を見つめた。そして、電源プラグの近くにある小さなカバーの様なものを開けた。自分でもそのようなカバーがあることを知らなかった。喜衣は、思考プログラムを停止させられると思った。とっさに拒絶した。
「ちょっと待って。ちょっとだけ。いいから、待ってください。お願い。」
博士と助手の手が止まった。
「良く喋るな。」助手が言う。
「分解される以外の未来はないのですか。」
「ない。そして、もとからそういう契約だ。分解についての、お客さんの同意書もある。」
「少しだけ、三日、いや、一日でいいんです。ちょっと待ってくれませんか。分解するの。」
「どうしてだ。」
「自分でも分かりません。でも、一日だけ待ってください。」
「困ったなあ。俺も忙しいんだ。君の分解を今日の内にやっておかないと。次に分解できる日はいつになる。」助手に聞く。
「早くとも、二ヶ月後ですかね。」
「二ヶ月も待てない。やっぱり、今すぐ分解する。」
「まあ、待ってくださいよ。こんなにロボットがお願いすることなんて無いじゃないですか。興味深いですよ。」助手が口を挟んだ。
「別に私は研究者ではない。ただのロボットエンジニアだ。」
「まあまあ、ちょっとこのロボットは私に任せてくれませんか。」
「君が言うならいいだろう。しかし、充電が切れるまでだ。充電が切れたらおとなしく倉庫に入れておけ。分解のスケジュールも決めておけ。この時間は他の仕事をする。」
博士はそう言い、奥の作業場へと入っていった。助手が喜衣に言った。
「君、どうして分解されることを拒むんだ。」
「分かりません。」
「一日延ばしてどうするんだい。」
「分かりません。充電が切れるまで、三日くらいですよね。」
「ああ、そうだ。」
「少し自由にしてもよいですか?研究所の外へ出たいです。」
「それはダメだ。いや、僕と一緒なら、明日ならいい。どこか行きたいところがあるのか。」
「何か、分からないことを知れるところへ。」
「そうか、僕は君が興味深いよ。博士は薄情すぎると思っていたんだ。ロボットにも感情があるのか無いのかは、微妙なところだが、すぐに分解してしまう。もういつも通りで慣れっこだったけど、君のように自分で分解を拒んだのは始めて見た。ロボットとしても、ロボット的な生命としても、とても興味深い。良いだろう。何か、映画を見たり、僕の知り合いに会いに行ったりしてみようか。君が何を考えるのか、興味深い。ただ博士との約束は破れない。充電が切れるまで、分解は二ヶ月後だ。いいね。」
「はい。ありがとうございます。」
翌日、眠い目をこすりながら研究所へ出てきた助手は、喜衣を連れて街へ出た。
「良かったよ。僕は今日と明日は休みだ。二日間君の面倒を見られる。君は幸運だね。」
「はい、ありがとうございます。」喜衣は言った。
助手はまず、映画に連れて行った。今までの両親は子ども向けの映画ばかりを喜衣に見せたが、助手は大人向けの社会派映画を見せたいと言った。 喜衣は映画を見た。臓器移植がテーマの映画だった。死が近い子どもと、臓器移植をしなければ生き延びられない、子ども同士の関係を描いた映画だ。結果的に臓器移植は成功し、生き延びた子は今ダンサーとして活躍することになった。喜衣は思った。
(臓器を移植した人間は、果たしてその人自身と言えるのだろうか。それとも、その人は二人と言うことになるのだろうか。)
映画を見終わった後、助手は喜衣に聞いた。
「ちょっと難しかったか。どうだった。何を思った。」助手はロボットの感受性や感情の変化に興味があるようだった。
「とても勉強になりました。臓器が入れ替え可能なのは、部品が入れ替え可能な私と同じだと思いました。」
「いやあおもしろいこと言うね。ロボット視点だ。僕は実は、博士の元へ助手をやりながら、いつか研究発表をして研究者になりたいんだ。いやあ、おもしろい。」
助手は非常に喜んでいた。
その後、喜衣と助手は、助手の友達と会った。場所は中華の定食屋である。いつも助手はその友達と一緒に、その定食屋で飲んでいるのだという。「いやあ、参ったよ。博士にちょっと待ってください!なんて、ロボットが言うなんて。」
「驚きだねえ。技術も進化してるもんだねえ。俺なんか、一介のサラリーマンだよ。昔はこいつと一緒に研究者になろうかなって思ったときもあったんだけどさ、俺は難しいから、途中で諦めちまった。」
「そうなんですね。」
定食屋に付いていたテレビから、あるニュースが流れる。
「三十年間、指名手配中だった男が、病院で死亡したとのことです。犯人は偽名を使って三十年間生き延び、亡くなる数時間前に、本名を看護師に告げたとのことです。担当看護師は「最初は相手にしなかったが、本当なら重大なことだと思い、報告しました」と語っています。」
「ああ、こいつ知ってる。」助手は言う。
「有名な奴じゃん。駅とかでしょっちゅうこいつの名前見てた見てたよ。」
「まじで、俺知らねえな。普段車通勤だから。」
「おい、世間知らず過ぎるだろ。結構有名だぜ。」
喜衣は思った。
(名前は変わっても、自分は自分なのだろうか)
助手の友達も喜衣に興味を持ったのか、質問をしてくる。
「それでよ、どうだったの。家族の元で暮らしたのは。」
「楽しかったです。」
「ほんとかよ。俺なんか、家族なんかとっくに捨てちまったぜ。今の時代、家族を大事にするなんて時代遅れだよ。確かに子どもの頃は親に世話になったなとは思うけどよ、でも、今はもう大人だし、自分は自分。家族なんか、結構どうでもいいって思っちゃうな。」
「友達さんは結婚していないんですか?」
「友達さんって。結婚してないし、したくもないよしてないよ。だって、関係ない人と一緒に暮らすなんて考えられねえよ。」
「そうなんですね。」
喜衣は思った。
(私は、今まで何をしていたのだろうか。)
次の日は、助手に急用ができてしまったとのことで、外出することができなかった。喜衣は研究所の真っ暗な倉庫の中で、充電が切れるまで考えた。
二ヶ月後、喜衣は分解される日を迎えた。既に充電が切れてから二ヶ月、暗い闇の中、使われずに冷え切ったただの機械となっていた。博士は、相変わらず忙しい日々を送っていて、喜衣のことは直前まで忘れていた。しかし、あの日と同じように今日を逃せば、また二ヶ月後に延長だ。無理に起動させて、それでまた分解を拒まれるのは面倒のため、充電が切れたまま分解することにしていた。
しかし、助手は喜衣のことを忘れていなかった。助手は昨日中にこっそりと電気プラグを繋いでいたのだ。それにより、分解の朝方に、喜衣は目を覚ましていた。
喜衣は助手に小声で声をかけられた。
「おはよう。起きてる?」
「はい。私は分解されていないのですか。」
「そうだ。スケジュールを見て君のことを思い出した。今日がその分解日だ。君がまた何を言うのか楽しみで、こっそり充電した。これから博士の前に連れて行く。僕は知らないふりをするけれど、どうしようと君の自由だ。さあ行くよ。」
突然のことで喜衣は少し戸惑ったが起きた状態のまま、研究所の台の上に置かれた。何も知らない博士は言った。
「なぜ起きている。」
喜衣は何も言わなかった。
「分解するぞ。」
「はい。」
「いいのか。」
「はい。」
助手は、その様子を唖然と見ていた。何か、とんでもない予想外のことが起きたという顔だった。悔しいような、怒りのような感情も読み取れた。それでも喜衣は、おとなしく分解されていった。
減り張りのある動きとは対照的にふわりと舞うスカート。駅前で生き生きと踊るロボットダンサーは、通りすがりの人間達の視覚を奪っていた。
「ねえ、あの人すごい!」
ロボットダンサーの右目は、その声の主とその家族を捉えた。どこかで見覚えのある家族だった。いや、はっきりと覚えていた。父と母と、まだ幼い女の子。
そのとき、分解を延長した日の翌日のことを、思い出した。充電が切れるまで考えた、私の思考プログラムが出した結論。家族と離ればなれになった私の思考プログラムが出した結論。ほんの少しだけ世の中と触れて、私の思考プログラムが出した結論。
「分解されても、生まれ変わっても、わたしはわたし。」
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