見出し画像

残念な投資家たち~私はこれで大損しました ③ ノーベル賞受賞者の傲慢

ノーベル経済学賞受賞者 
マイロン・ショールズとロバート・マートン

 1997年のノーベル経済学賞は、マイロン・ショールズとロバート・マートンの2人に授けられた。受賞理由は金融派生商品(デリバティブ)の価格決定における新手法「ブラック・ショールズ方程式」の開発と理論的証明。(方程式に名を残すフィッシャー・ブラックは、1995年に死去していたため受賞対象とはならず)
 高度な数学とコンピュータを駆使し、投資の世界に新たな地平線を切り開いたとショールズとマートン。しかし、現実は甘くなかった。2人は身をもって、それを証明することになる。自分たちが動かしていたヘッジファンドで莫大な損失を出し、潰してしまったのだ。

「金融界のドリームチーム」の破綻

 ショールズとマートンが参画していたヘッジファンドが、LTCM(Long-Term Capital Management)だ。
 LTCMは「金融界のドリームチーム」と呼ばれていた。有力投資銀行ソロモンブラザーズで名を上げたジョン・メリウェザーが創設し、ショールズとマートンというノーベル経済学賞の受賞者に加えて、FRB元副議長らも加わっていた。まさに「金融界のドリームチーム」であったのだ。  
 1994年に発足すると、LTCMは世界中の機関投資家や富裕層から巨額の資金を集め、その期待に沿うだけの利益も上げていた。ドリームチームに相応しい、圧倒的な強さを見せつけていたのである。
 ところが、1997年に発生したアジア通貨危機と、それに伴って発生した翌年のロシア財政危機に際して判断ミスを犯す。ショールズらが金融工学に基づいて構築した投資モデルは、ロシア国債が債務不履行に陥る危険性を「100万年に3回」とした。これに基づいてLTCMは事態を楽観視、いずれロシア国債の価格は回復すると予想し、デリバティブを駆使した巨額の投資を継続する。
 しかし、現実は違っていた。ロシアの財政危機は深刻化し、LTCMの保有していたロシア国債はさらなる暴落、デリバティブを使っていたことから、損失は猛烈な勢いで膨らんでいった。
 1998年9月、LTCMはあっけなく破綻した。損失額は46億ドル(当時の為替相場で約6000億円)。世界中の金融機関との取引残高は1.25兆ドルと、天文学的な数字に達していた。
 このままでは、アメリカのみならず、全世界の金融市場をクラッシュさせる恐れがあった。そこで銀行団が緊急融資を行い、中央銀行に相当するFRBも、政策金利を引き下げるという対応を取らざるを得なくなったのだ。   
 民間金融機関であるLTCMのために中央銀行が動くというのは、自由経済の原則に反する行為だ。しかし、そうせざるを得ないほど、LTCMの損失は巨額だったのである。

ショールズの傲慢

 あっけなく破綻したLTCMだが、一部の専門家からは、欠点があるのではないか?との指摘がなされていた。
 ショールズも出席していたある会合の場で、参加者のひとりが、「このままでは、莫大な利益を生み出すのは不可だ」と、問いかけたことがある。これに対してショールズはこう答えた。

当社が莫大な利益を得られるのは、あなたのような愚か者がいるからだ

 しかし、「愚か者」はショールズの方だった。LTCMが最終的に生み出したのは、莫大な利益ではなく、莫大な損失であったのだ。LTCMの破綻はショールズとマートンがノーベル経済学賞を受賞し、得意の絶頂にあった翌年のことであった。
 ネットには「絶対儲かる投資術」、「株で負けている人必見」といったキャッチフレーズで、様々な投資術の紹介・勧誘を見ることができる。伝説のトレーダーや大手証券会社出身などと称する人たちが登場し、自信たっぷりに投資指南を展開している。最近ではAIによる投資も賑わいも見せている。
 しかし、投資の世界は時に人知を超えるものであり、いかなる達人も、AIであっても万能ではない。すでに紹介したとおり、天才科学者ニュートンだって、大損をしているのが何よりの証拠で、ショールズとマートンも同じ過ちを犯しているのだ。
 投資の世界に「絶対」はない。過剰な自信や妄信は禁物なのだ。ショールズのような「愚か者」にならないためにも、安易な勧誘に乗せられることなく、愚直なまでに市場と向き合い続ける。これ以外に道はないのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?