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ワクチン浮世

近ごろのワクチンのお噂であります。聞くところによると、新型コロナウィルスのワクチンというのは、実のところ、あるところにはあるようですな。だが、ないところにはちっともない。異物が混入した不良品も混ざっていたようだが、それを報告するとすぐに代替のワクチンが届けられるという。出てくるところには出てくるわけです。ないところにはこないというのに。自治体の接種の予約はずっと埋まったままで、なかなか予約ができない。新規予約の受付そのものが停止しているからです。おやまあ、これが五十代問題というやつなのかなと思いつつ、なんともいえない大きな不安と心配に苛まれてもやもやする毎日を過ごしている。最後の最後に地獄をみるのが団塊ジュニア世代であることなんて、ここ三十年ぐらいのこの国の歴史を振り返れば、そう大して不思議なことではない。早い話が、軽んじられているのである。最初は、重症化しやすいお年寄りを救わなくてはならないモードで話は進む。その次は、活動的で接触の多い若者と未来ある子供たちを守ろうという動きに流れはシフトしてゆく。しかし、その間もその後も何も手立てを打たれぬまま放置され野ざらしでできるだけ対応は後回しにされてしまう中年。無駄に数だけ多い団塊ジュニア世代だから、少しぐらい感染症の犠牲になってもらった方が、沈みかけたこの国の未来にとってはちょっとは益になるということなのだろうか。ばかにしやがって、まったくもう。いやんなっちゃうね。明るく陽気にいきましょう。
そんなこんなで、なんということか8月25日にワクチンを接種する夢を見た。なるようにしかならんと自分ではそんなに深刻に思い詰めているというつもりはなかったのだけれど、かなり克明に夢にまで見たということは、自分でも思ってもみなかったほどにワクチンの件について気に病んでいたということであったのかもしれない。喘息の発作で息苦しくなりサチュレーション(血中酸素飽和度)が90程度まで低下したときの全身のつらさを思うと、もしもワクチンで重症化を少しでも防げるのであれば、何とかそれにすがりたいという思いに次第に傾いてきていたようである。以前であれば鼻からチューブで酸素を入れて酸素飽和度が92~93程度まで回復しない限りはそのまま家に帰すことはできないらしく一晩入院して経過を看るなんていわれたものだが、現在は数字が90をかなり下回っていたとしても満足に入院もできない状況だという。おそろしい。当初は、副反応のこともありしばらくはワクチンは様子見かなと思っていたのだけれど、いざ自治体の接種予約サイトを見てみると、ずっと予約は埋まったままだし新規の予約も入れる気配がないという状態が続いていて、ちょっとずつ不安になり心配も募ってきていたところであった。ワクチンの夢は、覚えているところとしては、まずは接種会場の狭い廊下に大勢で並んでいる場面があった。かなりごちゃごちゃしていて、いわゆる密な状態だ。その廊下を順番にゆっくりと進んでいって、一番先頭のところまでいったところに最初の受付がある。列の先頭近くまでゆくとまずは並んだままの状態で、知らないうちにレーザーのような微弱な光線を照射されて、それで口腔内のコロナウィルスをスキャンするというような検査が行われているようだった。目には見えない光線なので、いつ誰がウィルスのチェックをされているのかはわからない。だがしかし、照射された光が奥歯の詰め物などにあたると少し顎の骨が痺れるような痛みが瞬間的に走る。列に並んで、そろそろ受付かなと思いながらぼんやりしていいると、いきなり奥歯の下の下顎のあたりにびぃーんと鈍い痛みがひろがった。びっくりして、首をすくめていると、列の少し後ろのあたりから「なぁんか受付の前にちょっと口の中が痛くなったりするから嫌なんだよね~」という女性の声が聞こえてきた。くるっと振り返って見てみると、声の主は篠原涼子だった。どうやら同じ接種会場であったようだ。それだけのことで、別段なんとも思わなかった。市村正親と離婚したことは、ネットのニュースなどで見て知っていたけれど。そうこうしているうちにちゃちゃっと列の先頭で受付が済み、医療スタッフの女性の案内で接種会場の中へと向かう。あれ、どこかで見たことある人だなと思って歩いていたが、こじんまりとした接種用の個別ブースに通されて、スタッフの女性のお顔を正面からちらっと見てみると菜々緒だった。大河ドラマ「おんな城主 直虎」を見ていたので、よく知った顔だったわけだ。どうやら大宮出身ということらしく、何かの拍子でこのあたりで医療関係の仕事に就いていたとしてもおかしくはなかったであろうから、それについてもまた別段なんとも思わなかった。接種前の体調チェックなのだろうか、最近の健康状態や生活のことなどについて狭いブース内でクリップボードをもった菜々緒がいろいろと質問をしてくる。いくつもあるチェック項目を読み上げて質問してくる際には実に素っ気ない訊き方なのであるが、その詳しい内容について聞き取るときにはぐいぐいと前に身を乗り出すようにして妙に親しげに会話してくる。そのため最初の質問とはまったく関係のないことまでついついぺらぺらと喋ってしまう。後から思うと、あれがかの有名なツンデレというやつだったようである。そんな感じでブース内で楽しくおしゃべりをしていると、接種担当の若い男性医師と助手の若い看護師さんが颯爽と現れた。もしかすると、この二人も誰か有名人であったのかもしれないが、最近のテレビに出ている人にあまり詳しくないので全然わからなかった。雰囲気としては、若手のイケメンなお笑い芸人と坂道グループの誰かだったのではないかと思われるのだが。こちらとしては、ちっとも見当がつかなかった。手狭いワクチン接種のブースの中で大柄な五十男と菜々緒と男性医師と看護師さんの四人が、なぜか全員立ち上がってワクチン接種にまつわる注意事項や各種説明を話したり聞いたりしている。狭いところに多人数で本当に暑苦しいなあ、なんて思い始めたところで目が覚めた。この週はかんかん照りの猛暑日が続き、もう朝早くから気温がぐんぐんと上昇していて、ちょうど寝汗もかき寝苦しくなってきた頃合いであったのだろう。ワクチン接種の夢といいながら、肝心のワクチン接種のところまでたどり着けないという、なんとも消化不良な感じのする夢であった。起きているときも寝ているときもワクチンからは見放されてしまっている五十代問題。もはや片足を棺桶に突っ込んでいるかのようで、半分しか生きた心地のしない半生なのである。というわけで、半生(半鐘)だけにワクチンもおじゃんになりました。
あれだけ総理大臣がまるでばかのひとつ覚えのように「ワクチンワクチン」といっているというのに、ちっとも供給量が足りていないというお粗末な現状。あるところにはあるけど、ないところにはないというのは、これいわゆる国策的トリアージであって、救う意味のある人間から順々にワクチンを接種するようにしているということなのでしょうな。まあ、いいたいことはわかりますよ。生かしておいても何の役にも立ちはしなさそうながたがたでぽんこつな中年は、とりあえず後回しにしたくはなりますよね。お気持ち、痛いほどよくわかります。こちらも当事者なので。自治体のワクチン接種の予約は、九月から再開されるという。だが、それにともなって段階的に接種対象年齢も引き下げられてゆくそうだ。再開後、すぐに12歳以上であれば誰でも予約の申し込みができるようになる。これに関しても、また暗澹たる気分にさせられるものがある。これまでだってすぐに予約は埋まってしまっていたというのに、これからは四六時中スマートフォンの画面を覗き込んでいるような世代までが競争相手になるのだから。これではいったいいつになったら予約とやらができるのか見当がつかない。まあ、若い人たちもばんばんワクチン打たないといけませんからね。接種対象年齢を引き下げるのは悪いことではないです。しかし、いささか急なことで、複雑な心境です。あんなに五十代問題というのであれば、もう少し丁重に扱われてもいいのではないかとも思うのだが。まあ、いまさらなにをいってもしようがないのですけれど。
九月になり自治体のワクチン接種の予約が再開された。思った通り、待ちかねていた人々の予約が殺到している。そろそろ予約をしようかなと思ってアクセスしてみても、なかなかつながらない。混み合っているところに一緒になって突進していたのでは、しばらくは埒が開かないだろう。なので、状況が落ち着くのを気長に待つことにした。夜中になり、朝から我先にと群がっていた人々があらかた目的を達成してしまったのか、あっさりとインターネットでの予約が可能になった。選り好みしていても仕方がないので、なるべく早めの日にちで予約をした。それでも一回目は九月の終わり頃になる。それまでウィルスから無事に逃げ果せるだろうか。ちょっと自信がない。綾瀬はるかも九月にワクチン接種の予約をしていたにもかかわらず、その前に運悪く感染してしまったようである。間に合わなかったワクチン。感染爆発のスピードが思いのほか速かったということだろうか。しかしながら、根本的にいつだって間が悪い人というのはどこにだっているものなのである。ようやくワクチン接種の予約が取れたというのに、その前に運悪く感染してしまって、せっかくがんばって予約したのにすべてが水の泡。そういうことが我が身にも絶対に起きないなんてことはなさそうなので、弱っちゃう。自慢じゃないが、間が悪いのは筋金入りである。逃げ果せるか、もうすでに、ちょっと自信がなくなっている。蛇の道は蛇。どうせ、どのカードを引いたって地獄であることに変わりはないような気もするではないか。だから綾瀬はるか師匠のようなパターンになることだってないわけじゃあないのだ。惜しむらくは、ここが墨田区ではないことである。鐘がぼんと鳴りゃ、上げ潮、南さ。烏がぱっと出りゃ、ワクチン打つにも、コツがある。サイサイ。そこへ菜々緒が出てきていう。次の方どうぞ。やめとこう、また夢になるといけない。

(2021年夏)

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