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辻村深月「善良と傲慢」感想 (ネタバレ有)


あらすじ

皆さんは本を購入する際、何を決め手とするでしょうか?
私が本書「傲慢と善良」を手に取ることとなったキッカケは帯に書かれていた、作家・朝井リョウさんによる本書の解説の1部掲載でした。
「この小説はヘビーなのである。」から始まる解説。

朝井リョウさんの代表作を挙げるとすれば「桐島、部活やめるってよ」が有名かと思います。読んだことはなくとも題名は聞いたことがあるという方もいるのではないでしょうか。私は小説ではなく映画版を見ました。さらに2022年には「正欲」が本屋大賞にノミネートしています。
つまり何を言いたいかと言うと、本作品を解説している朝井リョウさん自身がバケモン級の作家なのです。

バケモンにヘビーである、と言わしめた本。ちょっと読みたくなりませんか?
朝井リョウさんに解説を頼み、帯に書こう!絶対売れる!と考えた人、天才です。

さて本書の作者は「辻村深月」さん。言わずと知れた有名な著者です。
本書の主な登場人物は下記の2名。
坂庭真実
西澤架
物語は西澤架の婚約者・坂庭真実が失踪するところからはじまります。

そしてこの本の内容がヘビーである理由。それは、朝井リョウさんの解説から引用すると下記ようになります。

「何か・誰かを"選ぶ”とき私たちの身に起きていることを極限まで解像度を高めて描写することを主題としているからだ。」

傲慢と善良 解説より

感想1 人物像の綿密な表現

メインは婚活における心理描写なのですが、辻村深月さんの書く登場人物はまるで「坂庭真実」という存在が実際に存在しているのではないのかと思うほど、とんでもなく会話や行動の描写が綿密に描かれています。
例えば下記のシーンでは、

ああ、電話してもいいですか、と運転手さんに断るのを忘れた。彼女は思う。こんな時なのにそんなことが気になる。タクシーではいつも、自分はそうしてきたのに。~(略)~他の人たちがもはや断らないようになっても、自分は——そうしてきたのに。

傲慢と善良 8Pより

前半だけ見ればタクシーを利用する際には彼女はマナーをわきえた善良な人である、と言えます。
しかし、その後の「他の人たちが」以降ではまるで自分以外の利用者は断りもなく電話するような人である、と決めつけているようにも感じられます。
丁寧で思いやりのある人物と見せかけて、ただ善良なだけではないのよ?という匂わせ表現がうますぎる。最高ですね。

そしてこのシーン同じ言葉を確認するように、2回繰り返すのもポイントです。
読み終わった後に気づいたのですが、おそらく1回目の「そうしてきたのに。」はタクシーの断りの件ですが、2回目は「そう生きてきたはずなのに、私はそんな人たちとは違ったはずなのに」という自分への感情が込められていたのではないでしょうか。

最後まで読んだ後、読み返すと意味が分かるタイプの本、最高に好みなのでちょっと興奮してまいました。まだ8Pなのにどんだけ楽しませてくれるんだ。辻村深月さんすごすぎ。

感想2 傲慢とは

そして、中盤のとんでもない表現力の高さから振り出される現実的な言葉の心理アタックには何度、読む手を止めたか分からないほどザクザクと心に刺さりました。
私の心が針山の形をしているのなら、きっと尖った針が刺さりすぎてウニのようになっています。

特に、真実を探す架が婚活を生業としている小野里のもとを訪れるシーンでは2人の会話はあまりにも身をつまされる思いで読み進めるのが辛くなりました。
これ自分にも当てはまることじゃない?というシーンが多くて多くて……。
そんな中でより強く私の印象に残った部分は136~137Pの会話です。

「——婚活につきまとう、『ピンとこない』って、あれ、何なんでしょうね」~(略)~
「——ピンとこない、の正体について、私なりのお答えはありますよ」~(略)~
「ピンとこない、の正体は、その人が、自分につけている値段です」~(略)~
「値段、という言い方が悪ければ、点数と言い換えてもいいかもしれません。その人が無意識に自分はいくら、何点とつけた点数に見合う相手が来なければ、人は”ピンとこない”と言います。——私の価値はこんなに低くない。もっと高い相手でなけれな、私の値段とは釣り合わない」
架は言葉もなく小野里を見ていた。
「ささやかな幸せを望むだけ、と言いながら、皆さん、ご自身につけていらっしゃる値段は相当お高いですよ。ピンとくる、こないの感覚は、相手を鏡のようにして見る、皆さんご自身の自己評価額なんです」
身体のどこかで、戦慄を感じた。

善良と傲慢 137~138P

このページにたどり着くまでに私は数えられないほどため息をつき、考えをまとめるため読む手を何度も止めて休憩しました。けれど、このページを読んだ時が一番大きなため息が出たと思います。
なぜなら、自分自身に当てはまってしまったからです。

もうね~~~、いつも見たくないから蓋しているのに、蓋を外したうえで中身をぶちまけられてこれは何?説明してみてと、自分よりはるかに知識のある教授のような人に詰問されている気分です。

そして、本書にたびたび出てくる「傲慢」な人の中に自分も含まれていることに気づきました。今まで読んできた内容は全く自分とは別の世界の物語だと、傍観するように読んでいたのに、あなたもこちら側の人間のくせに、作中の誰かを評価できるような人間ではないのよ、と言われているような感覚です。

しかしながらこの文章の中に出てくる、無意識に評価しているという点は婚活以外の場面でも当てはまるものがあるかと思います。
誰しもが自分は評価する人間であると疑わない無意識な傲慢さは持ち合わせているものです。例えば、映画を見て面白くなかった、と評価した人がいたとしても、つまらなかったと評価した本人に自分は傲慢である、という意識はないはずです。

つまるところ、傲慢さは誰もが持ち合わせている、ということを伝えたかったのでしょうか。だって、仮に私が婚活をしていて自分がピンとこなかったからその方と結婚しなかったとしても、それは自分で選んだことであり他人に傲慢であると口出しをされる権利はないと私は思うのです。
例え、プロとしてプライドをもって縁結びを行っている小野里という存在であっても、です。傲慢さを架に語る小野里という存在でさえ、自分は評価する側である、という傲慢さは捨てきれずまた傲慢な人間である、という皮肉の効いた構造なのかな~とも思いました。考え過ぎ?

感想3 少し気になったこと

まあ、そんなこんなといった感じで、一つ一つの描写がと~~ってもヘビーな小説です。
自分の考えや思いを向き直るキッカケとなったため、個人的には面白い作品だと思います。全体を通し噛めば噛むほど味が出る、スルメという感じで美味しくいただきました。

ただ終わりに向かって駆け足になっている感じは否めなかったです。
え?架くん、本当にそれでいいの??大丈夫??という気持ちになりました。
なんと言うか、最後のまとまり方が私には窮屈に感じてしまって……。
結婚という道が人生においての全てなの?と。
まぁ、みんな違ってみんないい、ということでしょう。幸せならOKです。

あとは震災が絡んできた事でしょうか。
物語に深みを持たせたかったのでしょうが、後半部分では私は少し違和感を感じてしまいました。

まとめ

さて、「傲慢と善良」を読み終えたのですがこの作品は、婚活をテーマとしています。人間である以上、ある年齢を超えると結婚って誰しもが向き合わなくてはいけないものになってくるかと思います。
読めば、それぞれの考え方にやライフステージに基づき、もやっとするシーンが出てきたり、それって違うんじゃない?と批判的な意見も出てきたり、もそれぞれの考えが登場すると思います。
ですので、この作品は様々な方から感想が出る読者の感想込みで楽しめる作品なのではないかなーと思いました。
先ほど気になって調べたらAmaz〇nのレビューが約3,000件あったので、私は今から他の方の感想を今から浴びて来ようと思います。

最後になりますが、皆さんは結婚したいですか?
結婚済の方は「傲慢」とは何だと思いますか?
一度、本書を手にとって自分の気持ちと向き合ってみてはいかがでしょうか。

それでは最後まで駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました!



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