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映画『宇宙の法 -エローヒム編-』レビュー

【美女がパンダになりタコになってバトルするなんて】

 優しい中に凜然とした強さを秘めた大原さやかの声を持った美女が、戦闘時に角の生えたパンダとなって、群がる敵を相手に肉弾戦を挑む映画を観たことがあるだろうか。『とある科学の超電磁砲』の白井黒子や、『生徒会役員共』の畑ランコのようなコミカルさを抑えた新井里美が演じる美女が、戦闘時にタコとなって剣戟を繰り広げるアニメーション映画を観たことがあるだろうか。

 まだ観たことがないなら長編アニメーション映画『宇宙の法 -エローヒム編-』に行くと良い。パンダとタコが偉大なる地球神エローヒムを守って一大バトルを繰り広げる様に飛躍的な想像力を感じて驚き、慌て、跪いて噎ぶこと確実だろうから。そして観ればあなたは知るだろう。およそ見たことのないビジョンに見えられる映画であり、およそ聞いたことがない歌に浸れる映画であり、およそ触れたことのない物語に弄ばれる映画であると。

 『宇宙の法 黎明編』ではアルファという地球神が登場して、3億3000万年前の地球で起こった力こそ正義だと嘯くものたちを諫め、強きものが弱きものを助けて導くべきだという悟りをもたらして、異なる種族であり違った考え方を持った者たちの間に融和が図られていった。途中、ダハールという名の魔物が介在して、強い者こそが正義だといった考えに導こうとするものの、打ち倒されて地球に平穏がもたらされた。

 『宇宙の法 -エローヒム編-』はその『宇宙の法 黎明編』から続く物語だ。舞台は1億5000万年前の地球で、そこには地球神エローヒムが降臨して豊かな水と自然を持ったエローヒムシティを築き、種族を越えて住民たちが安寧と平穏を享受していた。草木が青々として花々が美しく咲く様は映像としてもなかなかの完成度。美術スタッフの頑張りが感じ取れるものとなっている。

 そんな地球に危機が訪れる。ケンタウロスβ星に住む猿のような種族があのダハールにそそのかされるようにして、強いものが弱いものを従えるのだといった思想に染まって地球に隕石爆弾を放出。迎え撃とうとした地球の軍隊でも撃墜できなかったところに、現れたのが宇宙の守護神ヤイドロンの指導を受けていた女性戦士ヤイザエル。剣を手にして隕石を迎撃しては破壊して、地球を守ってそのままエローヒムの警護に入る。

 ユニークなのは、そんな戦いを繰り広げながら「私は強い」といったような歌を唄ってみせるところ。ある意味でミュージカル仕立ての作品とも言え、それは後の様々な場面でも繰り返されてキャラクターたちの内心を歌声によって聞かせてくれる。その歌詞が実に直裁的でストレートであからさまなのが、斬新でアバンギャルドで革命的。世界の映画祭で音楽に関する賞をいろいろと獲得したのも分かる出来だ。

 ストーリーは以後、ヤイザエルがレプタリアンの血を引く戦士たちに未だ残る、強い者こそが正義といった価値観を諫め、エローヒムの名の元に組織された軍隊にいる以上はだらしないところは見せるべきではないと叱責するシーンによって、彼女のどこまでも求道的な精神を感じさせ、あるいはイエス・キリストの宇宙における魂とされているアモールが天使たちを引き連れ降臨し、愛によって怪我人を直し命すら取り戻してみせることで、憎しみではなく愛によって世界を包み込む尊さといったものを感じさせる。

 その意気や良し。映画が幸福の科学という宗教団体の大川隆法という代表によって紡がれたものである以上、そこに宗教的な教義なり説諭なりが込められていることは当然として、そうした色を除いてもある程度は一般性をもって通用する良識をくみ取れる。強いものが弱いものを導こう。強さで従えるのではなく愛によって包み込もう。そうした考え自体は決して間違ったものではない。
 
 そうしたメッセージを伝える器として、宗教がありアニメーション映画があるのだと感じたのなら倣えば良いし、そうしたより所を必要としなくても自身の中で確立した考えとして保持していけるならそうすれば良い。その一方で、宇宙での戦闘機どうしのドッグファイトがあり、地上での変形バイクにまたがったアーマードスーツに身を固めた美女によるバトルがあり、空中での蝶とも蛾とも言えそうな存在と化した美女と、蜘蛛から巨大な蟻のような姿となったダハールとの怪獣プロレスがあるSF特撮アニメーションとして、映画を純粋に楽しめば良い。

 美女がパンダとなりタコとなってバトルするのも、そうした楽しみの延長にあるものとして受け止めれば良い。そういうものだ。絵に関しても大きく崩れることはないし、怪獣バトルのようなシーンで繰り出される怪光線の爆発描写も、まるで飯塚定雄が特撮で見せたようなものがアニメーションになっていると思えて楽しめる。そういう意味では所々に見どころもある作品だ。

 声もゴージャスで、大原さやかに新井里美に千眼美子に銀河万丈に村瀬歩に置鮎隆太郎に八代拓ほか一流どころが固めている。ひとり圧倒的な美声を聞かせてくれるエローヒムの声がシークレットとなっているのが気になる。神の声を誰かが務めているということを明かすのは、何か教義として問題があったのか。謎だ。

 ともあれ、なかなかに画期的な映画であることは間違いない。『宇宙の法 黎明編』を観ていればなお楽しめるが、観ていなくても問題はない。ただこの後に『宇宙の法 -エル・カンターレ編-』へと続くことが確実である以上、それも観るならこれも観ておくことはより深く次回作を楽しめることに繋がるとだけは言っておこう。

 次で美女がパンダやタコになってバトルするとも限らないし。(タニグチリウイチ)


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