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ノストラダムスの大予言

僕は雨の降るある日、何の変哲もない"ロマン"という喫茶店で、ガールフレンドのチナツを待っていた。大きな窓ガラスから、舗道を歩く人を、タバコを吸いながらポカンと見ていた。
舗道の敷石の間にハイヒールを挟んで、雨の中、必死でヒールを外そうとして、とうとうカカトだけがとれてしまい、ハイヒールに悪態をついている、多分30才前の女性をみていた。
後ろから肩をチョンチョンと叩かれて驚いて振り向くと、チナツが

「さっきからずっと後ろから君を見ていたけど、全く私に気がつかないで、雨の中の大道芸人のパフォーマンスでも見ているようにニヤニヤ笑いながら観察してたわね。何がそんなに君の興味を引いたのかなあ」

「いやぁ、そこの敷石の間から小さいどぶネズミのような男の子が出てきて、女の人のヒールのカカトを一生懸命引っ張って、とうとうカカトを取ってしまったのを見てたんだ。チナツも見ただろう?」

「私、あなたの背中をずっと見てたから、ネズミの男の子がカカトを引っ張ってるのなんて見てない。多分、殺人事件があったとしてもわからないわ」

と言いながら僕の前の席にチナツは座った。
雨は更に激しく降り、カミナリも遠くで鳴っていた。

チナツはコーヒーをオーダーして、

「ねぇ、ねぇ、私のノストラダムスの大予言の話を聞いてくれる」
「私ね、2000年に何かがこの世に起こり、世界が終わると思って、昨年末の2000年まで生きていたの。だから、私の元彼が二股しても、どうせ2000年でこの世が終わるのだから、元彼が浮気してても鷹揚に、モテていいわねぇなどと寛容な人間みたいに許してだけど、バカみたい! 2000年は何も起こらず、今はすごく私のバカさ加減に腹が立っているのよ。わかる?」

チナツはしばらく、お金を貸したのが戻ってこないとか、教授が胸を触ったけど許していただとか、ぶつぶつノストラダムスの大予言の悪口を言いながら

「わかる私の気持ち?」

僕は、舗道の敷石の間から小さいどぶネズミのような男の子が、土砂降りの中で、仲間の小さいどぶネズミのような男の子とハイヒールのカカトを一生懸命持って行くのを見ていた。

適当にチナツに相槌をうち、その後チナツは5時間、ありとあらゆるノストラダムスの大予言の悪口と自分が許した事柄を全て話した。
僕は結局、汚れた国旗を煮詰めたように不味いコーヒーを3杯飲み、トイレに3回行った。こんな事なら敷石の間から出てきた小さいどぶネズミのような男の子と居心地がよく、コーヒーの美味い喫茶店に行った方が良かったと思っていた。

雨の降る日は、落ち着いて眠れるから大好きだけど、長々と気が滅入るような話を5時間聞いたり、汚れた国旗を煮詰めたように不味いコーヒーを3杯飲も飲むような雨の降る日は嫌だ。
僕は、窓の外で、色々な雑音が気にならないような出来事が起こらないかなぁと、またぼんやりと眺めていた。
雨はまだ降り続け、カミナリはどこか何処かに行ってしまった。

こんな日は、ビル・エバンスのMonica Zetterlund with Bill Evans Trio "Waltz for Debby"を聴きたい。
なのにチナツに呼び出され、汚れた国旗を煮詰めたように不味いコーヒーを3杯もありがたくいただき、そしてハイヒールが大好きな小さいどぶネズミのような男の子を眺めることになった。幸運なのか不運なのかわからない雨の日になった。

僕はチナツを駅まで送って、駅の階段で躓き思い切り右の脛を打った。
こんな訳の分からない雨の日もあるさと諦めた。

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