見出し画像

「犬は犬でも」(中勘助「犬」の二次創作)


 古刹の僧侶が若い女に恋をした。受付のアルバイトに来た女子大生である。そうは言っても坊主の身、口説く訳にもいかない上に、相手はピチピチのピッチピチ。こちらは四十過ぎのオッサンでハゲ。誰にも相談出来ず、悶々悶々と日々を過ごした。
 ある日、若手のイケメン坊主と女子大生が寄り添っているのを発見した。
 ケシカランと近づくと、
「かっわいいー!私犬派なんですよぉ」
 イケメンがスマホで女子大生に画像を見せている。
「実家で生まれたんだけど、誰か飼う人いないかなぁ」
 何が犬じゃコラ。あざとい画像で彼女とくっつきおって。二人を無理矢理引き離し、ハタと思いついた。こんな邪念で思いつくのはろくな事ではない。

「仏様仏様、どうか私を犬にしてくだされ」
 夜中に本堂に篭り熱心に拝んだ。
 犬になりたい。犬になって彼女の前でコロンと寝転び、わしゃわしゃと撫で回されて、かっわいーとか言われたい。邪念の塊のような願いだが、一途な思いは仏に届いた。
<そなたの願いは本心であるか?>
「は、はい、是非とも!」
<聞かぬでもないが・・>
「あ、あのっ、でしたら是非、彼女も犬にしてくだされ!今生で添い遂げることが出来ぬなら、いっそ犬畜生になってでも彼女と夫婦になりたいのです!」
 何と身勝手な。仏も呆れたが、
<ならば、願いを聞いてつかわそう・・>
 生臭坊主は倒れて気を失った。

(う、うう・・・)
 目を開けると、例のイケメン坊主が見下ろしている。
「可愛いなぁ、お前どっから来たんだ?」
 なでなでなで。
(こ、これは誠に犬になったに違いない!ええい、貴様に用は無いわ。彼女は、彼女は何処だ!)
 ダッシュで駆け出し匂いを探る。流石の嗅覚、近くに雌犬の匂いがするではないか!
 喜び勇んで駆けつけると。
(・・・えっ・・・・)
 寺の受付にグレートデン。
(でっか・・・)
 そこで気づいた。何だかやたらと自分の視点が低い。足元の水溜りに自分を映してみると、ええとこれは・・・
「あ、いた。可愛いなぁ、ミニチュアピンシャー」
 追いかけて来たイケメンに抱っこされてしまう。
(ちょっと待てぇぇ!話が違うぞ仏様ぁぁぁぁ!!)
 五色の雲の向こうから、
<何を言う。犬種は指定せんかったろうが>
(これでどうやってグレートデンに乗っかれっつうんじゃああああ!!)
<バカか。乗っかるなっつうんじゃ。気付けやボケ>
(こ、こんな筈では・・)
<お前なぁ。那由多おる仏の弟子でもブッチギリのバカじゃぞ>
(わ、儂はただ彼女と・・・)
<だからよ。せめて玉砕覚悟で必死で口説いて、それでもダメならっつうならまだ分かる。なーんも努力せんと、しかも相手の運命も勝手に変えようだなんて、マジでバカ。死ね。カス>
(儂を元に戻してくだされ・・)
<ホント自己中だなお前。先ずは彼女を戻してください、だろが>
 ふわふわ〜ん。
 受付で女子大生がキョトンとしている。人間に戻った。
<ぶっちゃけお前みたいなんはもう、弟子には要らん。どーしよっかな〜>
(そう言わずに・・)
<では、一生続く呪いを受けよ。それで良ければ人間に戻してつかわそう>
(お願いしますぅ・・・)

 生臭坊主は人間に戻った。もう恋は懲り懲り・・というか、勝手に思い込んだだけで恋ですらない。諦めて仏道修行に励むことにした。

 暫くして、僧侶は周囲に噂されるようになった。
「近頃修行に熱心で結構なことじゃが、あれは一体どうしたものか」
「何かあったのか」
「見た者が大勢おる。わしも初めて見た時は何かと思うた」
「一体どうした」
「いやそれが」
「気になる。教えてくだされ」

「彼奴、片足上げぬと用が足せぬそうじゃ」 

                         (了)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?