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SFアンソロジーについて、そして伴名練「白萩家食卓眺望」

去年末からこちら、しばらくSFアンソロジーをよく読んでいました。具体的には、河出文庫の『20世紀SF』、ハヤカワ文庫SFの『80年代SF傑作選』『90年代SF傑作選』、そしてハヤカワ文庫JAの『日本SF短篇50』『2010年代SF傑作選』といった具合です。

もともと短篇小説が大好きなので、単純に短篇小説をたくさん読めるという点でも私はアンソロジーが好きなのですが、それ以外にも好きな理由があります。それは、そのアンソロジーが、優れた読み手の方々の撰によるものであるからです。

ほとんどの場合、SFアンソロジーの収録作には、選者の方のコメントがついており、一流の読み手がその作品をどう読んだのか、なぜ選出したのかということが書かれており、SFを読んでいく上で非常に勉強になります。私自身、そういったコメントで勉強することが多いです。

あとは単純に、好きな作家や翻訳者の方が、どんな作品を選ぶのかという好奇心も大きいですね。好きな作家の好きな作品とか、読んでみたいと思いますよね(同調圧力)。

と、なんでいきなりSFアンソロジーの話をしたかというと、伴名練さんの新作「白萩家食卓眺望」を読んで、この小説はSFアンソロジーを主題とした作品だと感じたからです。ということで、これからはこの作品の紹介と、私の感想などを書いていこうかと思います。

「白萩家食卓眺望」は、昭和初期を舞台に、ある家に伝わる江戸期から代々受け継がれた一冊の料理本をめぐるお話です。この料理本に書かれた料理を食べると、味覚と視覚の共感覚を生じる人がおり、主人公の白萩たづ子や、料理本のさきの所有者たちもその一人でした。

この共感覚を探るように、たづ子は料理に没頭していき、やがて自分でも共感覚を生じさせるような料理の創作に励むことになっていくのですが……と、あらすじの紹介はここまでにしておきます。つづきが気になった方は、ぜひSFマガジン2020年4月号を買って読んでください。

で、このあらすじからもわかるように、本作は食をあつかったSFではあるのですが、SFアンソロジーをあつかった作品には感じられないと思います。ですが、私はそう感じてしまったので、このことについて話していきたいと思います。

まず、この作品を読んでいて、主人公たづ子が料理によって共感覚を得たのち、手当たり次第にその料理を周囲の人間に食べさせた、という記述に出会ったときに、私は思わず笑ってしまいました。この行動って、重度のSFファンがものすごく面白いSFに出会ったときにとる行動と一緒なんです。

もちろん、私もやったことがありますし、やられたこともあります。だからこそ、仲間探しのための辻斬りまがいのこの行為をたづ子がしている理由が、ものすごくよくわかるのです。SFを読んでいる人は、身の回りでは貴重な存在でしたから。

そして、その料理本に、先達の注釈が入っているというのも、この作品を読んでいてSFアンソロジーを思い浮かべた理由のひとつです。ほとんどの場合、SFアンソロジーの収録作には、編者によるコメントがついています。

先ほども書いたとおり、このコメントがものすごくありがたくて、「白萩家食卓眺望」のなかでたづ子が注釈に助けられていたように、私も選者のコメントで面白さを知った作品が数えきれないほどあります。優れた読みの片鱗を知ることで、私もSFの楽しさに目覚めたのでした。

この作品がアンソロジーをモチーフとした作品である、ということは最後の場面の記述からも読み取れるかと思うのですが、ここで直接に触れることは避けることにします。何度読み返しても素晴らしい作品ですし、ラストを割るのは申し訳ありませんから。


さて、SF作家の中には、“幻視者”という言葉をもって語られる人たちがいます。オラフ・ステープルドン、フィリップ・K・ディック、J・G・バラード、ブルース・スターリング。日常から超常を読み取り、SFを通してそのヴィジョンを私たちに与えてくれた作家です。

私は、伴名練さんも、一種の“幻視者”なのだと思います。過去のSFを読み、そこに未来のSFをみる幻視者。私たち読者にもそのヴィジョンがみられるようにしてくれているのが、伴名練さんなのだと思います。

飛浩隆さんの言葉にある通り、この作品は、アンソロジストとして立たんとする伴名練さんの大いなる決意表明なのだと、私は受け取りました。

最初に挙げた『2010年代SF傑作選』は伴名練さんと大森望さんの撰によるものですし、今後も伴名練さんの編むアンソロジーが刊行されるとのことなので、刊行を楽しみに待っています。(アンソロ刊行へのさらなる圧力)


余談です。ほんとうは、本作に絡めて食に関するSFをご紹介したかったのですが、ぱっと思い浮かんだのが筒井康隆さんの「最高級有機質肥料」「顔面崩壊」「蟹甲癬」とロクでもないものばかりだったのでやめておきます。



伴名練さんのはじめてのSF作品集『なめらかな世界と、その敵』のネタバレなし感想・解説はこちら。

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