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「三体」感想

 東北大SF研の「三体」読書会で共有された感想を、メモとして残しておきます。

 参加者は全員で10名ほどでした。全体的には読みやすくて面白いSFでよかった、との感想で一致しました。好きなシーンとしては、運河でのあのシーンや、短篇「」の元となった17章を挙げる声が大きかったですね。
 そしてやはり、冒頭の凄惨な文革の描写も、中国の小説に慣れていない参加者からは驚きをもって受け止められたようです。中国の農村部の描写なども、それだけで興味深くて読み進められたという感想もありました。

 人によって感想が明確に分かれたのが、三体ゲームに関するものでした。まったく面白さが分からないという人と、ゲームの設定が分かるなりのめり込んでいった人とで分かれたのですが、SF研では予想通り後者が多かったですね。要するに、三体協会入りする人間がSF研には多いということです。本来少数派の人間がSF研にはやたら多かったということなのですが、それらが全員理学部だったということで特有の性というものを感じてしまいました。三体ゲームを面白いと思えるかで文理が、三体ゲームにのめりこめるかどうかで工学と理学が分かれるという明確なふるいになっていました。

 作品で論点となったのは、『三体』第17章とその短篇版「円」の評価と、あまりにも豆腐メンタルな物理学者たち、そして小説として洗練されているかどうかということについてでした。

 結論から記すと、「円」の方がいいという意見が支配的でした。ただ、17章の人力ノイマン型コンピュータとOSの関係性、人力プログレスバーという馬鹿アイデアを無視できないという声もあり、どちらも面白い、という形で平和的に解決した感じです。また、理学部はπが好きという謎の知識も得ました。

 豆腐メンタルな物理学者たちについては、確かに自殺するかもしれないけど自殺するとすれば作中のような理論物理学者ではなく実験系の物理学者だろう、という話が出ました。素粒子と加速器を専門とする会員が、作中の現象を受けていかに自殺したくなるかということを丁寧に図示する謎の読書会の誕生です。

 小説としての洗練度合いに関しては、なかなか辛辣な意見も出ました。三部作として『三体』で試みられたものについての解説があったのですが、それが『三体』から読みとれるかと言われたらできず、その点では評価しにくいというのが最終的に一致した点です。

 『三体』は三部作の第一作、文量では全体の5分の1に過ぎないということで、シリーズでも最重要な記述を含んだ続篇が刊行される来年をSF研一同心待ちにしています。私は一足先に英語版と原文をゆっくりと読み進めていきます。『三体Ⅱ』の冒頭部はほんとに重要な部分なので、英語の読める方はぜひ。


 以下、中国のSFに関する私個人としての意見です。
 正直に言いますと、中国のSFはまだまだ発展途上です。特に劉慈欣に関して言えば、SF的な視座はあるのに書く力がそれに及ばないため、非常にもったいない感じがします。

 これが一番よく見えるのが『三体Ⅱ:黒暗森林』の冒頭部で、劉慈欣の手癖なのか、情景描写がいちいちもたついていて、せっかく『三体』シリーズ最大のSF的しかけの種明かしをしているのに冗長さが拭えないのが残念です。どうやら中国国内でも劉慈欣に対する同様の批判があるようです。

 80年代後半から90年代にかけて花開いた中国SFの歴史は、まだ30年もありません。作者、読者、訳者、そして批評家と編集者が育った10年後には質量ともに世界のSFをリードするような国へと、中国は成長していることと思います。それを楽しみに、私は中国SFを読んでいこうと考えています。

#Vtuber #SF #読書 #早川書房

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