すきなひとから隠れたい
どのくらいのひとが共感してくれるのかわからないのですが、私つねづね思うんです。
すきなひとに認知されるのって怖くないですか?
認知って、あれですよ、私の存在をすきなひとが認めるという意味です。(子供を認知させる、とかの意味じゃなくて)
noteでも、「うわぁ~このひとの文章すきすぎる!」と思うことや「この記事やばい。最高だ」と思うことがたびたびあるんですけど、コメントするのは躊躇ってしまうんです。
コメントしたらどうしたってそのかたの目にとまるじゃないですか、私が。それがなんだか怖い。
むかしむかし私が高校生だったころ、携帯で小説を書いていたことがあったんです。たぶん魔法のiらんどとかで。
幸い何人かの読者のかたがついてくれて掲示板などでやりとりしていたんですがあるとき「このキャラが死んでしまいそうでこわいです。死なないでほしい」といった書き込みがありました。
私の書いていた物語ではまもなくそのキャラは死ぬ予定でした。じゃなきゃ話は破綻する。でもその書き込みを見たら書けなくなったんですよね、そのキャラの死を。だからもちろん話は続けられなくて、それだけが理由ではないけれど、結局中途半端なままサイトは放置しちゃいました。
とある漫画家さんのお話で、「このキャラを死なせないでほしい」というファンレターがたくさん届いたから死なせることにした、というエピソードを聞いたことがあるんですが、私はそうできる胆力がすごいなぁと思う。それくらいでないと、物語なんて紡げないのかなと思ったりもする。
でも私は、自分の存在や意見が作者さんの目にはいって作品になんらかの影響がでてしまうのは、できれば避けたいなぁと思うんです。あなたの作品や、文章がすきだから、そのままがみたいのです。私の存在を反映させたりしたくない。ただ、見守りたい。
でもあなたの文章が素晴らしいですという想いをなんとか届けたい気持ちはあって、だからたとえばnoteでは、「スキ」1つにとんでもない熱量を込めているときが、私にはあります。
100回ぐらい「スキ」を押せたらいいのに、と思いながら。
すきなひとに好きと言ったり、
すきな記事にココやココが素晴らしかったですとコメントしたり、
もし私がそうされたら、きっと嬉しい気持ちになるだろうに、
でもできない。
色々書いたけど、結局は臆病なだけかもしれない。
すきなひとがどう思うか、すきなひとにどう思わせてしまうかが、怖いのだろうなと思う。
前にすきすぎる作家さんがいて、毎回記事があがるのを楽しみにして「スキ」を押し続けていたら、ある日その方がフォローバックしてくださって、そのときはぎゃーーー!と思う程嬉しかったので、この隠れたい、見つかりたくないという思いはどこまで本心なのか、もはや自分でもわかりません。
隠れたいと言いながら、こんなふうに記事に書いたりするのも、矛盾してるよなぁって思ってる。なにがしたいのか私。
好きな気持ちって、矛盾なんですね。
ちゃんと届くかわからないけれど、スキです。
いつかきっと言葉で伝えることができたらなと思います。
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