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読書メモ: 自分をバージョンアップする外食の教科書

 料理・グルメ番組を多く手掛けるMBSのプロデューサーが書いた外食についての指南本です。

 図書館でたまたま目につき、最初はタイトルだけで「しょうもないグルメ本かな、Youtubeでも見ながら読むにはいいか」との当て推量で借りてみました。なんせ章題がデカフォントですし、最近流行のビジネス書に多いやつです。

 しかしながら読んでみると、いろんな条件付きではあれど、これが思いのほか良い本で……。グルメ本というよりはむしろかなりアクチュアルな「人脈本」でありました。

 ただし、はっきりいって万人が参考にできる本ではありません。大都市圏に住んでおり、かつ可処分所得が相当高い人でないと一ミリも役にも立ちません。実家暮らしの独身貴族か、家族がいるなら年収800万以上はないと「ふざけんなこの上級国民が!!」と壁本になってしまうでしょう。

 第一章は「銀座の鮨にいってみよう」とか「京都の割烹で美意識を学べ」あるいは「ロマネ・コンティ」を飲んでみようという導入。とにかく背伸びして一食3万くらいの高級店にまず何度か足を運んでみろ、そうすれば自分の意識を書き換えることに繋がるんだという指南は、95%の日本人にはハードルが高すぎます。

 そのうえ小山薫堂とかホリエモンとか、いわゆるグルメマフィアみたいな連中の名前が交友関係として登場する辺りもシラケる要素となっており、俯瞰で見ると相当イケズな本であることは確かなのです。

 ただ、それでもなお私はこれに深く共感するのですよ。なぜなら、かつて著者の本郷さんと似たような経験をし、同じように「ワンチャン超高級料理店に行ってみる」ことの価値を感じているからです。

 私にとっての契機となった「外食」はとあるグランメゾンでのディナーで、価格は連れの女性と二人で8-9万円と当時かなり「思い切り」の必要な値段でしたが、衝撃的な体験だったことをよくおぼえています。そこで学んだのは、これは単なる「食事」ではないということ。店の内装、メートルやソムリエのサービス、料理のプレゼンテーションに加えて「コース料理」というストーリーを相手と共有する体験。

 そう。外食文化が発達していてしかも異様な安さをほこる日本において、「美味しいものを食べたいという欲求」を満たすのに1万円以上支払うのはコストパフォーマンスが悪すぎます。単価3万円のフレンチが3000円のフレンチの10倍うまいということは基本的にあり得ません。いくらでも安くて美味しいものは溢れているのです。

 でも、いわゆる高級寿司店や高級レストランが提供しているのは「美味しい料理」だけではないのです。3万円のフレンチは3000円のフレンチと比べるべきではなくて、舞台やオペラ、コンサートのような一回性の体感型(あるいは参加型)のエンターテイメントと競合するものです。

 一食5万円なんて天地がひっくり返ってもあり得ないと感じるうら若き女性でも、推しのバンドのライブになら旅費も含めて同じくらいのお金出すのに躊躇はないはず。あるいは下世話な話で申し訳ないですが、風俗にお金を払う男性であれば、ぜひ1-2回分我慢して女性をファインダイニングに誘ってみてほしいと思います。その女性とその後仲良くなろうがなるまいが、きっといい体験になるはずです。

 ついつい力説してしまいましたが、本書が語るのはそのようなエンターテイメントとしての食を捉え開拓していくことで、食を媒介にしたネットワークが広がっていくよ、ということなのでした。

 実際に読んでみると、本書を構成するスノッブな要素に比べ、文章の雰囲気は柔和で居丈高な印象は少ないです。食事会を開催するときのTipsも意外と実践的なように思えます。

・食事会はネーミングで決まる
・ドタキャンは前提に考えよ
・幹事の苦労はぜひするべき。リターンが大きい
・サシで食う飯の時は夢を語れ
・3人で食うときは「お見合い」をテーマに
・8人くらいになったら貸切ができることもあるからテーマを決めてみる

 などなど、ネットワーキングの実践部分としてはけっこうリアルなんじゃないかと思うトピックが並びます。私も3年ほど小さなワイン会を主催していますが、応用したり、新しいテーマで横展開したりしてみようかなという気になったのでした。

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