月に70件! 圧倒的なマッチングを創出するイノベーション・ラボの神髄に迫ります【MIRAI LAB PALETTE & howlive コミュニティマネージャー インタビュー】
社内で新規事業やコミュニティづくりの担当者になった方。例えば、こんなお悩みを抱えていませんか?
「新規事業担当にアサインされた。何から手を付けたら良いの?」
「事業のコミュニティづくりを考えているけれども、事業設計のステップがわからない・・・」
「新規事業の企画書を書いている最中に、KPIも含めどうやって企画をすればいいのか、つまづいてしまった・・・」
「コミュニティの価値を中心に据えた事業を立ち上げたいのに、社内での理解がちっとも進まず協力が得られない・・・」
どれも、新規事業に携わる方であれば、「あるある」なお悩みではないでしょうか。
新規事業とコミュニティ、社内の誰も答えを持っていないことが多いこの領域。成果をあげている企業は、一体どうやってこれらの課題を乗り越えたのでしょうか?
今回は、東京・大手町にあるオープン・イノベーション・ラボ「MIRAI LAB PALETTE」のコミュニティマネージャー、鎌北雛乃さんへのインタビューを通じて、新規事業やコミュニティづくりにまつわる課題を乗り越えていくためのヒントをお届けできればと思います。聞き手は、howlive コミュニティマネージャー 椎名です。
プロフィール
鎌北 雛乃
住友商事株式会社/MIRAI LAB PALETTEコミュニティマネージャー
https://www.mirailabpalette.jp/
学生の頃からジャンルを問わないコミュニティ活動に参画し、20歳の時に仲間と共に起業。まちづくりに自ら深く関わるため、人口7,000人の町に移住し、観光事業、情報発信事業、コンサルティング事業、コミュニティスペース運営などを行ってきた。2019年より住友商事が運営するオープン・イノベーション・ラボMIRAI LAB PALETTEにジョイン。コミュニティマネージャーとして、メンバー同士のコミュニケーション活性化、メンバー同士のマッチング、コミュニティ形成や活性化のためのプログラム企画・運営、PR活動などに挑戦中。
椎名 修一
howlive / docomo howlive Urasoe Co-Creation Designer (共創デザイナー)
https://howlive.jp/
http://www.docomo-howlive.jp/
1980年、東京・牛込神楽坂生まれ。
クリエイティブ、テクノロジー、データの3軸に立脚して、事業課題の解決策を戦略的に構築するストラテジストとして活動する一方で、コミュニティづくりを軸としたブランド・エクスペリエンスの設計にも従事。
那覇、福岡、京都、東京の4拠点生活を送りながら、沖縄で展開するhowliveのコミュニティを各地のはたらく人々と接続する共創デザイナーとしても活躍。
Google Women Will 心理的安全性トレーニング ファシリテーター。Asana アンバサダー。
https://www.superidol.me/
メンバー同士のコラボレーション = オープンイノベーションラボのハピネス
椎名:
まずはじめに「MIRAI LAB PALETTE」(以下、「PALETTE」)とは、どのようなミッションを担う場なのか、改めて教えてください。
鎌北:
PALETTEは、2019年に住友商事が100周年を迎えたタイミングで立ち上げた会員制のオープンイノベーションラボです。折しも当社を取り巻く事業環境から、オープンイノベーションの必要性を最前線で感じていた中、会社としての100年後を考えた時に、「本当にこのままの会社のあり方でやっていけるのか。自分たちがやってきたことをこのままやっていくことでいいのか。生き残っていけるのか?」といった課題感が当時ありました。
その課題感へのディスカッションから「多様な人たちが混じり合う場所が必要」という発想に行き着いて、PALETTEが完成した、という流れです。
椎名:
PALETTEさんの際立っている点はいくつも感じているのですが、中でも驚くところは、マネタイズをしていないという点ですよね。
鎌北:
そうなんです。現在いろいろなコワーキングスペース、シェアオフィス、イノベーションラボがありますが、PALETTEが持つコワーキングスペースやインキュベーション支援などの仕組みを事業として捉えてのマネタイズは追求していないんです。
会員さんはすべての機能と場所を無料でお使いいただける仕組みになっています。
PALETTEの運営目的は、未来への投資。長期で捉えて、何かしらの形で住友商事に返ってくるものが生まれたらいいよね、というところを見据えて、社内も社外も関係なく、さまざまな人に集まっていただいて、さまざまなコラボレーションをどんどん生み出していく、ということを目的としています。
なので、「PALETTEとしてのハピネス」は、さまざまなメンバーさん同士のつながりを作り、コラボレーションを生み出していくこと自体にあります。住友商事の事業に関わる内容でないと相談ができないとか、そういう制約は一切設けていないですし、かつ、PALETTEとして特定のテーマや領域も定めていません。「とにかくなんでもやろう」だし、社外の方×社外の方というマッチングの組み合わせも、普段から積極的にお繋ぎさせていただいています。
マッチング件数は月70組! 圧倒的な出会いを創出するPALETTEの秘訣
椎名:
2019年にPALETTEさんが立ち上がってから4年。その間にいくつのコラボレーションが生まれましたか?
鎌北:
数えきれないですね。コミュニティマネージャーへのご相談件数は、毎月30件ほどになります。
ご相談内容はさまざまです。例えば、
新しい事業を立ち上げるために、一緒に推進してくれるパートナーを探している
新しい事業を立ち上げるにあたって、ニーズを探るために、あらゆる人にヒアリングをしたい
PALETTEと一緒にイベントをやりたい
などですね。
マッチング件数で言うと、毎月70組くらいをマッチングさせていただいています。
マッチングの結果として、メンバーさん同士のお打ち合わせは毎日のようにかなり頻繁に行われていますし、例えば、NDA締結をして実証実験を行う、共同でプロジェクトを行う、といった事例も生まれています。すべてのマッチングの結果を追っているわけではないので、正確な数は測りかねるのですが、かなりの数は出てきていますね。
椎名:
先ほどおっしゃられたように、インキュベーションの施設としてマッチングに至るプロセスを収益化しているわけではなく、何件が具体的な話に繋がったのか、を指標として追っていないので、その後に生まれたプロジェクト件数は正確にはわからない、ということですよね。
その前段階で、PALETTEが無かったらその出会いすら生まれなかったかもしれない、という最初の接点づくりに、いかにドライブをかけていくか、という点が重要だと共感します。その観点で捉えると、1ヶ月 = 20営業日とすると1ヶ月で70件という数字は・・・圧倒的な成果ですね。
鎌北:
ありがとうございます。
オープンから4年が経ちまして、その間にはコロナ禍の影響で4ヶ月ほど完全にクローズしていた時期もありました。コワーキングスペース事業として運営をしていないからこそ、PALETTEを使わなくてもメンバーさんが「損する」ことはない。だから、この場所へ来てくださる方が1日0人です、とか、平均利用者数が1日10人行けばいいほう、という時期もありました。
その後に、現場に人が集まる仕組みを少しずつ試行錯誤しながらやっていった結果、ここ1年はコンスタントにマッチングさせていただけるようになりました。
椎名:
現場に人が集まる仕組みとは、例えばどういったことですか?
鎌北:
本当にいろいろやってきました。
特にこの1年ほどで注力してきたのは、メンバーさんとのコラボレーション。以前は、PALETTE側で企画・運営していく一方通行のセミナー系のイベントの比率が高かったんです。それを変えて、メンバーさん個人の知見や経験をセミナーとしてメンバーさんから発信してもらう、或いは、メンバーさんにイベントを持ち込んでもらう「仕組み」を作るようにしました。また、他のラボさんと連携をして、現場にいろんな人たちが集まるきっかけを作ったり、イベントまわりに注力してやってきました。
他に、これが効果的だったかなと思うのが、去年から打ち出している「コワーキングデー」というキャンペーン。そのころは本当にPALETTEのフロアに誰もいない状態になってしまっていたので、もうとにかく現場に人を集めなくては、と考えてスタートしました。毎月1回、最終木曜日に開催していて「とにかくPALETTEに集まろうの日、一緒に仕事をしようの日」というコンセプトです。日頃からメンバーさんに、この日はとにかく集まってください、と呼びかけています。イベントではないので特にコンテンツがあるわけではなく、みなさんいつも通りお仕事をしていただいて、それぞれの方の空いた時間を見つけては、私がどんどんマッチングしていきます。
最初は、私と関係性が近い方同士が繋がればいいな、という感覚で10人ほどの規模から小さく始めました。それが今では多い日には100人超えるメンバーさんが集まるキャンペーンに育ちました。毎月リピートしてくださる方もいらっしゃいますし、1日で80組をマッチングしたこともあります。その日は、とにかく私は8時間立ちっぱなしで人とずっと話している、という状況になります。そこから「PALETTEってこんなにいろんな人がいるんだ」ということがメンバーさんの間に広がり、日常的に現場を使ってくださる人が増えていき、ありがたいことに月に1,000人前後の方々にご利用いただける状況にまでなりました。こうしたキャンペーンなどを積み重ねて、ようやく今があるという感じです。
椎名:
私もPALETTEさんのメンバーとして参加させていただいているので、何度もこの場所を使わせていただいていまして「あれ? 席が空いてない?」みたいな時もあるほど、多くの方が足を運ばれている印象があります。
ここでPALETTEさんが「すごいな」と感じるのは、冒頭におっしゃられていたとおり、席が埋まっている状態がイコール収益になる、というビジネスモデルではないのに、席が埋まるほどきちんと人が集まっているという点です。
鎌北:
事業として運営しているのであれば、席が埋まればそれなりのお金になるという話だと思うんですが、PALETTEはそういう仕組みではないので、利用者数や会員登録者数をKPIにおいていなかったんです。コロナ禍を経て、誰も来ません、という状況になった時に「PALETTEの価値ってなんだろう」とすごく悩みました。そして、オンラインイベントにも取り組んできたのですが、これが難しい。オンラインイベントに参加していただいても、イベントの終了とともに参加者の皆さんのアクションもそのまま終わってしまう。その後の関係性がなかなか続かない、という難しさです。これは、現場を持つ方々はどこも同じような悩みを持たれていると思うのですが、PALETTEも然りで、世の中の状況を見ながら「現場に人が集まるようにしていきたい」と、ずっと悩んでいました。その悩みをバネに、本当に地道にいろんなことをしてきた、という感じですね。人が集まれば、そこの場に価値も生まれてくるし、それに応じてコラボレーションも生まれてくるから、自分の中ではある程度の数、最低何人くらいっていう数値のイメージは持ってやってきました。
椎名:
つまり、PALETTEにおける価値の源泉は、現場に足を運んでくださる人にあるんですよね。私が勝手にまとめるのもおかしな話なんですけれども、PALETTEさんの役割というのは、場にいる人の価値が1人でいる状態から2人なり3人なりに増えていった時に、掛け算・足し算による価値の増幅を発生させるための「器」ですよね。
例えば、同じ料理でも、適当なお皿にべちゃっと置いたら美味しくなさそうだけれども、ちゃんと料理にあったお皿に盛り付けられていたら、調和がとれるし魅力的に見える。そのようなイメージで、メンバーさんがPALETTEさんの現場を介することで、現場にいる人同士がお互いに興味をそそるというか、人としての興味がより強く発生する、ということなのだと捉えています。
鎌北:
本当にその通りだと思います。PALETTEについて、内装も綺麗で、こういう大きな会社が運営しているから、意識高い系のイメージでちょっと寄り付きにくいという声をいただくこともあります。「PALETTEって自分が提供できるリソースがないと行っちゃいけないんだよね」とお考えになる方もたくさんいらっしゃいました。
そうではないんですよ、というところを地道に伝えてきて、だんだんとPALETTEに共感してくださるメンバーさんが増えてきていると感じています。
PALETTE誕生に至る、住友商事の強烈な課題感
椎名:
ところで、なぜPALETTEを立ち上げることになったのか、という背景の話を、もう少し詳しく伺っても良いですか?
鎌北:
PALETTEの立上げには、複数の伏線があったと聞いています。はじめにお話しした、当時の強烈な課題感の話に繋がるのですが、ちょうど100周年を迎えるタイミングにあった当社の中には、過去の100年を振り返り、現在や未来の100年を見据えた際、新たな価値創造へのチャレンジが足りないのではないか、という強い危機感がありました。経営レベルでは、「大企業からスタートアップまで社内外の垣根を超えた連携を通じたイノベーションや次世代ビジネスの創出が必要」といった議論が、社員レベルでは、「22世紀に向けて、今の住友商事には“未来を自由に語れる場(未来ラボ)”が必要」といった意見が、いわば、トップダウンとボトムアップの動きが同時に起こっていたタイミングだったんです。
特に、議論をリードした社員の皆さん(100周年を機に立ち上がった22世紀の住友商事を考えるプロジェクトのメンバー)には、「外部とつながること自体に価値があり、その“場”や“仕組み”が必要」という思想がありました。
そのタイミングで、後にPALETTEのファウンダーになる担当者が、経営企画部に異動してきまして、当社にイノベーションの「場」「機能」「仕組み」を作るタイミングは、今をおいて他にはないと考え、彼の見立てに共感する経営企画部のサポートを得ながら、立ち上げの全て、それこそ細部の運営に至るソフト面からハード面のデザインまで、内外ステークホルダーの巻き込みから社内承認の取得までの全てを担って、やっと実現した、という流れです。
大手町という立地でこそ得られるコミュニティの価値
椎名:
この大手町という場所を選ばれた経緯というのは、どういった理由からですか?
鎌北:
場所の選定に関しては、様々な意見があったと聞いています。特に、若者やスタートアップが集まる渋谷や、投資家が多い六本木など、多くの候補地がありましたが、ファウンダーがさまざまな可能性を踏まえて検討を重ねた結果、大手町を選ぶことになりました。当時、それまでの本社があった晴海から、大手町への移転が計画されていたことあり、社員のアクセスも検討要素ではありましたが、それよりも、当社が思い描く新たな未来の価値創造を行う“場”として最もふさわしい場所はどこか、というシンプルな命題に答えた結果です。
大手町は、歴史と伝統を持つ企業が集積する日本を代表するビジネスエリアであると共に、現在PALLETEの入居している大手町ビルには、数多くのラボ施設やコワーキングスペースのみならず、大企業の新規事業部隊、その投資先であるスタートアップが居を構え始めるなど、大きな変化を見せていました。正に、PALLETEが求める「多様性」がこのエリアやビルの中にはあり、PALLETEがその役割を果たすことで、多様な人びとやコミュニティを繋ぎ、新たな価値を生み出すことが出来るのではないか、そう考えて、大手町を選びました。
現在、ファウンダーは別の部署に異動していますが、彼が思い描いた通りに、この大手町ビルの中で他のラボさんや会社さん、さまざまに連携させていただいているので、この場所にPALETTEがあることによるコミュニティの広がりの効果は、かなりあると思っています。
周りの理解が追いつかないほどに尖った新規事業が着地できたわけ
椎名:
ここまでのお話を伺うと、PALETTEは住友商事さんにとってある種の新規事業としての側面があると思うのですが、冒頭におっしゃられていた「ここから何か新しい価値が生まれて、それがいつか住友商事に返ってくるんですよ」ということをそのまま事業企画書に書いていたら、社内の上司から「何言ってんだ、頭冷やしてこい」と言われてしまうと思うわけです。
大手町ビルに入る価値への理解も含めて、PALETTEのモデルを新規事業として合意を得て社内を突破していけたことには、どういった要因があったのでしょうか?
鎌北:
そこは、当時の経営企画部メンバーの尖った姿勢ですね。
彼らがいたからこそのプロジェクト、であり、その中に更に尖ったファウンダーがいたという、属人的な話ではあるのですが、そこが大きいと思っています。もちろん、細かい仕組みについての企画は、詳細に描いて提案してきたのですが、彼の「やると決めたら絶対やる」という姿勢が、一番効いたんじゃないかなと思っています。
「会社としては、如何にイノベーションの再現性を高めるかが重要で、仕組みのデザインが重要だが、個人的には、この領域においては”再現性のない属人性”が最も重要なので、これを如何にバランスさせるか、会社に納得してもらえるか、が大きなチャレンジ」、といつも話していました。
椎名:
ほぼ全ての新規事業ご担当の方が直面する、「なんでこんなに良いことをやろうとしているのに、社内が反対するんだ」というシチュエーションにおいても折れることなく、さまざまなディテールとエビデンスを積み上げながら、粘り強く突破されていった、ということですね。
鎌北:
そう思います。
彼は「他のイノベーションラボもたくさん見て回ったし、イノベーション・エコシステムに関してもそれなりに勉強した」と話していましたが、そもそも「新しいものを作りたい」というパッションが根底にあったので、実はどこにもベンチマークとなるものがないわけです。もちろんエビデンスベースで組み立てていく部分もありますし、かつ、彼があらゆる情報を集めた中で解釈をして、未来への期待で企画した部分もあります。
PALETTEの構想が出てきたのはもう6年前になりますが、その時に彼が提唱していたことは、やはり周りは全く理解できなかった。なので、PALETTEの立ち上げというのは、なかなか再現できないんじゃないかな、と思っています。
実は、PALLETEは、最初の1年間で2度オープンしているのですが、これも当初から入念に計画されたものでした。全く新しい取り組みを最初から完璧に立ち上げれるはずは無いので、仮説検証の期間は必要なのは当たり前なのですが、それを当社の型とするため、一度オープンさせたPALLETEを9ヶ月で壊し、直ぐに今の場所で本格オープンさせるというステップを踏んだんです。要は、2つのラボを同時に立ち上げたようなもので、普通では考えられないですよね。でも、当時のトップマネジメントは、それを認めて後押ししました。それだけ危機感があったということでもあり、全ては理解できなくても、信じて任せる懐の深さがあったから、実現できたことなのだと、今では感じます。
魅力的な場が唯一無二であるのは、人が価値の中心だからこそ
椎名:
優れた場所に再現性がないのは当たり前だと思っているので、今のお話はとても共感します。
その場所が必要とされる背景、具体的に立ちあがる場所の地域特性、そこに集まってくる人。そうした要素が絡み合うわけですから、無理ですよね、構造的に再現するのは。
だからこそ、一見して再現性を読み解けない場所ほど、魅力的な場所になりえると経験的に感じています。
鎌北:
本当にそうですね。「人」が唯一無二の場になる要素の一つだと思います。
椎名:
価値の中心に人がいるし、だからこそ、現場に人がいなくなると価値がゼロになってしまう。そこの難しさは、私たちコミュニティマネージャーに共通してありますよね。
鎌北:
PALETTEにはコミュニティマネージャーが1人しかいないので、「属人化させるな」と組織から言われたこともあります。でも、コミュニティマネージャーを属人化させない、というのは無理なことだと思っています。この職業自体、属人化させてナンボみたいな世界だったりするじゃないですか。
ようやく最近、そこをご理解いただけるようになってきて、もっともっとコミュニティマネジメントを強化していこうという話が出てきていますね。
椎名:
PALETTEを運営されている住友商事さんの中でもきっとそうだろう、と想像するのですが、世の中の多くの方から見たら「コミュニティマネージャーの仕事って結局は何なんだ?」と、ある種の不透明感を抱かれてしまいがちな職種なのだと思っています。
コミュニティマネージャーが何をマネージするかと言ったら、文字通りコミュニティ。ということは、マネージする対象のコミュニティのステージに応じて、コミュニティマネージャーが担うべき役割は変わるじゃないですか。なので、紋切り型では説明しにくいな、といつも感じています。
鎌北:
今、いろいろなスペースができていて、それぞれのスペースによってコミュニティマネージャーの呼び方も違うし、求められることも全然違う。なので、最近はコミュニティマネージャーについて理解してくださる人が増えてきた実感がある一方で、その人がそれまでにどのよなコミュニティマネージャーに接してきたかによって、担う役割のイメージが大きく変わってくるので、なかなか人に説明するのは難しいですよね。
人と話して課題を解決する。それを続けていたら、後から「コミュニティマネージャー」という名前がついてきた
椎名:
ここからは少し目線を変えて、鎌北さん個人のヒストリーを教えてください。
鎌北:
私は小さい頃から、町内会のイベントのようなものに頻繁に参加していました。親の影響もあって、幼い頃からコミュニティと呼べるものがすぐ近くにあったんです。人と関わることが好きだし、人と一緒になって何かに取り組む、何かをするということが当たり前のこととしてありました。
高校卒業後、社会的な活動に興味が湧いて、福島県の原発被害に遭った子どもたちを招いてキャンプなどの取組みをしている団体のお手伝いをしたり、自分の街の環境保全の活動を始めました。その流れで、特定の支持政党などは一切無いニュートラルな活動として、若者の声を集めて各政党に政策提言をしている団体に入りました。それがきっかけで、私の世界が大きく広がりました。議員さんたちや現場で活動する方々と関わる中で、私自身の価値観が変わっていったんです。結果、専門学校に通いながら大学受験の準備もしていたのですが「私は、大学に行きたいのではないかも」と気づいて、そのまま専門学校を卒業し、自分の会社を立ち上げました。
立ち上げた会社は、千葉県の御宿町(おんじゅくまち)という人口7,000人の小さな町を拠点に、まちづくりを行いながら自分たちの事業もやっていく、というスタイルで運営していました。事業の収益を非営利の活動に回す、という形です。非営利の活動では、駅前の空き家をお借りして、無料で使えるワークスペース兼コミュニティスペースとして、地域のオープンスペースを立ち上げました。最終的には0歳から80歳までが集う場所になりました。補助金などはいただかずに、自分たちのお金でDIYしながら運営を全て回していました。
そうやって運営を続けていたのですが、オープンスペースを訪れてくださる方々とお話をする、それ自体が収益となるようなモデルではないので、私がプレイヤーとして現場で動いているとお金を稼げないというジレンマに陥ってしまいました。私自身としては、誰かと話をして、そこに課題があれば解決したい、と願っているのに、それを自分でやってしまうと事業としての持続性を担保できないもどかしさに直面しました。そうこうしているうちに、当時のビジネスパートナーと方向性や考え方が一致しなくなってしまい、一度外に出ることを決意しました。
そのタイミングで、たまたまPALETTEのオープニングスタッフの募集を見かけたんです。私がこれまでやってきたこと、これからやりたいことが募集要項に書かれていて、さらにそこに予算がついている、ということにすごく興味が湧いて飛び込んでみました。PALETTEのようなイノベーションの場を大企業が自前で取り組むことにも衝撃を受けて、担当している人に「どういうふうにPALETTEの立ち上げを成し遂げたのか」を聞いてみたい、というモチベーションもありましたね。何より、そこで初めて「コミュニティマネージャー」という言葉を知りました。
新規事業創出において、イノベーション・ラボが担う役割とは
椎名:
今まで鎌北さんが身を投じてきたことに「コミュニティマネージャー」という名前と責任が与えられた、ということですね。
繰り返しになってしまいますが、PALETTEは住友商事さんの自前の場所として、共創やオープンイノベーションを推進する現場として存在しながら、メンバーさんが活動するにあたっては、住友商事の既存事業との紐付けについての制限を受けないですよね。さらに、PALETTEのメンバーになるためのクライテリア、ここで開催されるイベントの内容、といったディテールにおいても、メンバーファースト、コミュニティファーストで設計されています。
運営のスタンスやルールなどの1つ1つが、コミュニティが持つ価値を本気で信じているからこそ実現できる内容となっていて、その点において、PALETTEはとても希有で特別な場所だと、初めて訪れた時からずっと感じています。
新規事業創出や共創・オープンイノベーションの機会創出といった、一連の活動において、ラボにはどんな役割があると考えていらっしゃいますか?
もう少し踏み込んだ言い方をすると、バックグラウンドが異なるプレイヤーが出会い、共創を伴う新規事業やオープンイノベーションを興すことについて、周りが首を突っ込まずに放っておいてたとしても、一定程度は何かしらのアクションが発生するはずです。そうだとした時に、PALETTEのようなオープン・イノベーション・ラボがないと実現が難しいことは何だとお考えですか?
鎌北:
その点について、PALETTEメンバーさんとお話をする中で感じるのは、いろいろな要素の掛け合わせ、多様性ですね。PALETTEが、幅広く多様な方々に愛していただけている要素は何かと考えていくと、1つめは、やはり立地です。メンバーの皆さんにたずねると、アクセスが極めて良い、ゲストも連れて来やすい、といった声が多いです。次に、電源やWiFiといった、仕事をする上でのインフラが整っていて、しかも全て無料という点。そして、他のオフィスやワークプレイスも契約されているメンバーさんからも仰っていただいているのは「PALETTEには本当に多様性がある」ということです。
住友商事の社員の紹介がないとメンバー登録ができない、という入口ではあるものの、実質的にはほぼオープンな状態で、全てを無料で提供している。さらに、メンバーの皆さんのミッションやご関心は住友商事の既存業務に関係しなくても構いません。そう謳っているラボってほとんど存在しないよね、というところから、PALETTEの考えに共感してくださるメンバーさんが入ってきてくださいます。そして、PALETTEのコミュニティに入ると、他のメンバーさんもPALETTEを愛してくれていることを知り、自分もさらにPALETTEに興味が湧いて、より一層PALETTEのことを知りたくなる・繋がりたくなるという好循環ができ始めているんです。
住友グループの事業精神の中に「自利利他公私一如(じりりたこうしいちにょ)」という言葉があります。簡単にいうと「自利と利他、公と私、矛盾するような二つことを一つのものとして捉えて、常に利他・公から入りながら、二つをバランスさせることが大切」という意味を持つ言葉です。この精神をPALETTEにおいてもずっと大切にしています。これが「住友商事のために」ということであれば、PALETTEはここまで愛されていなかったはずです。
メンバーファーストであることを大切にしている点をメンバーさんにも共感していただけて、ありがたいことに「住商さんにここまでやってもらってるから、恩返しがしたい」と仰るメンバーさんもいらっしゃいます。そうした好循環が生まれている背景には、ハードの良さももちろんあるかと思いますが、ソフトの部分、そして思いの部分が合わさって広がっているのだと思います。
椎名:
メンバーファーストであるほうが、結果として、住友商事さんに返ってくるものが増えますよね。
鎌北:
本当にそう思います。
具体的な事例を挙げると、「NFT部」というWeb3系のコミュニティがPALETTEの中にあります。特に意図せず、本当にご縁で自然に立ち上がったものなのですが、コミュニティの中で出会ったメンバーさんへ当社のCVCから出資させていただく、ということが実現しました。これも、KPIが、コンセプトが、方針が、テーマが、といったことを考えて、計画に沿ってやってきたら、絶対に生まれなかった出会いです。それがPALETTEでは起きている。このことが結果として、企業としての収益や実績に結びついているという事実を踏まえると、やはり「自利利他公私一如」の精神を実践してきて間違いはなかったなと、日々実感しています。
椎名:
私が新規事業や組織開発の領域でクライアントのご支援をしているなかで感じることとして、まだ気づけていない新しい価値を創り出す当事者となるために、探索的な活動が必要となるフェーズがありますよね。その探索的な活動について、業務の一環なのでマネージしたいという上席の方の欲求は理解できるのですが、未だ見当もつかないものに出会うための探索的な活動のマネージにあたって「その活動のKPIを設定せよ」と指示を受けたご担当者の方から「どうしたもんでしょうか・・・」と本当に困りきった状態でご相談を受けることが非常に多くあります。
ここで言いたいのは、KPIや指標に基づくある種の計画性が悪いということではなく、そのくらい探索的な活動の難しさというものがある、というお話です。創発に繋がるきっかけに出会うための活動を探索的に行うことについて、しっかり腹に落として意義や価値を理解することは、相当にわかりにくい類いのことであるはずです。だからこそ、わかりやすい指標で管理せざるを得ない、ということだと思うんです。
住友商事さんは、そうしたトラップに嵌まらずに、PALETTEを運営されていらっしゃいます。PALETTEに携わる皆さんが考える、メンバーファースト、コミュニティファーストのど真ん中をしっかり貫かれていらっしゃることは、私個人としても学ばなくてはならない点です。
鎌北:
これまでPALETTEは、住友商事の社員の紹介が必要ということもあり、対外的なアプローチを積極的には展開してきませんでした。なので、PALETTEと言っても、誰も知らない、秘密基地のような雰囲気が続いてきました。そうした時期を経て、メンバーさんとのコラボによって、世間的に話題となっているWeb3に関わる方々とのプロジェクトが生まれたことで、結果としてPALETTEの認知度が上がることとなりました。この一連の動きを最初から計画立てて進めようとしても、こうしたコラボは絶対に生み出せません。
ジャンルや領域は定めない、常にメンバーファースト、コミュニティファーストというところを突き詰めてきたからこそ、今があると思っています。
この点は、最初からファウンダーがこだわったポイントなんです。「住友商事ファースト? そんなんじゃない、社外の人に寄り添ってナンボだ」というスタンスを最初から叩き込まれ、そこをずっと守ってきています。それこそがPALETTEの強みで、いろいろなことに繋がっていると思いますね。
2023年は「コミュニティ同士の掛け合わせ」を加速
椎名:
PALETTEで開催しているイベントについても、特定の商品やソリューションをプロモートするイベントは一切やりませんよね。そのイベントの開催が、コミュニティにとって新しいインスピレーションや新しい価値につながるかどうか、という1点にフォーカスして考えていらっしゃいます。
その先の話として、この大手町にあるPALETTEから、コミュニティマネージャーとして鎌北さんが今後に取り組んでいきたいことは何でしょうか?
鎌北:
去年から私の中で強く「やっていくぞ」という気持ちを抱いていることがありまして、コミュニティ同士の掛け合わせが重要、と思っています。
PALETTEのメンバーさんの数は5,000人を超える規模となっていますが、その全員がアクティブでエンゲージメントが高いとは限りませんし、業種・ジャンルの偏りもあります。メンバーさんから「自分はこういうことをやりたいんですが、PALETTEのメンバーさんの中にフィットする人はいませんか?」というご相談があった際に、PALETTE内で完結して解決できるかというと、そうではないこともあります。
なので、これまでも他のラボさんや他のコミュニティさんに相談させていただいて、「そちらで、このご相談をお引き受けいただけませんか?」というやり取りを行ってきました。
実は、ラボ同士はとても仲が良いんです。しかしながら、メンバーさんから「競合でしょ?」と見えてしまうこともあります。特に、PALETTEは無料でお使いいただけるので、営利事業として運営している方々に対しては、一種の営業妨害であるようにも見えてしまいますよね。しかしながら、現実にはそこは競合しないんです。PALETTEでは登記できないのでオフィス使いはできませんし、そうした点でも棲み分けがきちんとできています。そういった点をもっと周りの人に知っていただいて、競合していると思われがちなコミュニティ同士の掛け合わせを加速させたいと考えています。その一環として、他のラボさんとのコラボイベントを昨年から開催しています。ラボ同士が連携したフェスをやったり、他のラボのメンバーさんと一緒にミートアップを開催したりと、今年はより幅広くコミュニティ同士の掛け合わせをトライしていき、エリアを越えた連携をしていきたいです。
もう一つ、地域とのつながりをもっと作っていきたいと考えています。この1年、地域の方々からのご相談がとても増えました。自治体の方から「イノベーションの仕組みづくりをやっているけれども、なかなかうまくいかない。自分たちの地域だけで完結しようと思うと、かなり厳しい」といったご相談をいただくようになりました。そこから、ミートアップの開催などに繋がっているのですが、そうした自治体とのつながりも深めながら、東京から他の地域を知っていただいて関係人口を創出していく後押しができたらいいなと考えています。いずれにせよ、とにかく掛け合わせが大事ですね。
椎名:
さまざまな地域やコミュニティが掛け合わさることで、より多様な角度から新しい価値が創られるきっかけ・出会いを増やすことができますよね。私たちも、PALETTEさんのコミュニティとの掛け合わせに加わっていきますので、howliveが展開する沖縄の各地域とPALETTEさんの大手町、それぞれの地域とコミュニティを繋いでいきましょう!
関連リンク
MIRAI LAB PALETTE
howlive (沖縄)
働く人を中心に考えたワークプレイス howlive
今回のインタビュー記事をお読みいただき、有難うございました。
恵まれた自然環境と豊かな文化に囲まれた沖縄だからこそ、すべての人々が健康に、快適に、安心して働き、アイデアを広げ、創造性と生産性を高めることのできるワークプレイスが必要だと、わたしたちは考えています。
howliveは、テクノロジー、コミュニティ、豊かな自然環境が高い次元で融合した理想のワークプレイスを通じて、次世代のワークスタイルを沖縄から実現することを目指しています。
Webサイト https://howlive.jp/
Instagram @howlive_okinawa.cowork
Twitter @howlive_okinawa