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『ヤンキー多発地帯・足立区のたたかう書店員』第3棚

第3棚 「立ち読みは立って読め!」


幼い頃、本やマンガばかり読んでいた。いや、本やマンガしか読んでいなかった。当時、田舎では手に入る雑誌は限られていた。情報が少なかった昭和40年代から50年代前半の田舎。枯渇してくると情報を得ようとガツガツしてくる。情報が無いなりに調べてマニアックでマイナーな雑誌をよく買っていた記憶がある。当時から編集者に向いていたように思う。
ただ、子どもの頃のお小遣いなんてたかが知れている。お金は持っていない。でも、読みたいマンガは山のようにある。星の数ほどあるのだ。そうすると、どうするか。
立ち読みだ。中学・高校時代は学校帰りに毎日立ち読みしていた。土曜日は午前中で授業が終わるので、午後は約7時間も立ち読みしていた。今から思えば若いから体力がある。立ち読みも体力が必要だ。
だから、書店員になった今も「立ち読み」している客はいちいち咎めようとは思わない。
やっぱり本を買う時はちょっと中を見て、内容を確かめたい。中身を見ずに買って、あとから「失敗したー!」なんて思いたくない。
昔は立ち読みし放題だった。そんな子どもが多かったからだろう。読まれたくない、汚されたくない雑誌はどんどん紐で縛られた状態で店頭に並ぶようになった。
雑誌を紐で縛る作業も重要な仕事だと書店員になってから知った。書店によっては紐ではなく、はめるだけのゴム製のものを使っているが、紐よりも経費がかかりそうだ。

さて、書店員になって最初にするのは「巡回」という仕事。
「うおずみ」という平仮名の名札が付いた店のエプロンを着て、五つの挨拶の復唱を終えたら、書店内を隅から隅までじっくりと歩いて見回る。
散らかった平積みの雑誌や本を整えたり、乱れた棚の本を直したり、本をあるべき位置に揃える。回り方は時計回りでも反時計回りでもいい。これを30分か1時間ごとに行う。人手不足なのに作業が多いことから、結局は1時間ごとの見回りになってしまうのだが。
「巡回」は書籍や雑誌の整理の意味もあるが、一番の目的は万引き防止・抑止で、怪しい動きをしている人をチェックする。
オタク店長の話では、ブックスあだち無双店の万引き被害は1カ月間平均10万円以上らしい(2011年当時)。年間にすると120万円を超える。
「許せない! 私がとっ捕まえてやる!」
「やめて! 見かけたらすぐに報告して。危険だから自分で取り押さえちゃダメですよ」
オタク店長はこの書店で唯一の男性だし、身体も大きいから、万引き犯からナメられないだろう。でも、危険なのは誰も同じ。窃盗犯なのだから、とにかく許せない気持ちでいっぱいだった。
レジカウンターを出て、すぐにある旅行本コーナーから見て廻るのがいつもの巡回コース。私に長らく仕事をくれている編集プロダクションが制作している旅行ガイドのムック本をキレイに並べる。ライバル誌よりも前にし、目立つようにして前面に出す。他誌と重ならないようにする。毎回、こっそりと目一杯の依怙贔屓をする。
次は健康雑誌や健康本コーナー。年配の女性がよく立ち読みをしている。
「おばあちゃん、今日も元気な立ち読みだね。良かった、良かった」と横目で見ながら、裁縫や家事実用ムック本を通り過ぎるとファッション情報誌のコーナーだ。
この頃、付録付き雑誌がヒットしたため、紐で縛る作業が増えてきていた。昔からある、幼年期向きの付録付き雑誌とは別に。大人の女性たちはブランド物のポーチなどの付録が目当てだ。彼女たちは雑誌の内容はどうでもいいらしく、雑誌部分だけ読まれずに捨てられるという編集者としては腹立たしい状況になっているらしい。
「まるで、おまけのカードが欲しくて買ったはいいが、本体のお菓子を捨ててしまう昭和後半の子どもとよく似ているな」と、私は付録の見本を並べたコーナーを整理しながら鼻を鳴らした。
「付録の中身や状態、手触りを確認したいから雑誌の付録を見本で出して」と、客の方から要望が出た。大きなラックを用意し、付録ポーチなど触れるように出し、盗まれないように直接ホチキスで留め、各雑誌分の付録見本として並べた。
「店長、この見本ってもう返本できないですよね?」
「その通り。袋とか箱から出してホチキスで留めた時点で売り物じゃなくなるからね」
見本用に1冊無料で付いてくるわけではないので、付録付き雑誌各1冊は書店負担だ。ひと月にこういう雑誌が何冊発売されるか考えてほしい。
客に説明するわけにも事情を話すわけにもいかず、客の要望に応えるだけ。書店はつらいよ。まぁ、販売期間が終わった雑誌の付録は返品はできないが、捨てるわけにもいかないので書店員(希望者)がいただくのであるが。
ファッション誌のコーナーの隣は音楽雑誌やエンタメ系雑誌のコーナーだ。テレビ誌やアイドル雑誌も並んでいるから10代女子が学校帰りに制服姿で立ち読みしている。
音楽雑誌のコーナーにさしかかるといつも頭に浮かぶ光景がある。それは自分で見たわけではなく、書店員のリーダー(ブックスあだち無双店で一番の古株で30代だが貫禄がある。ジャニーズ事務所の「嵐」が大好きなので、以下は嵐リーダーと呼ぶ)から聞いた話が自分の脳内で映像化された光景。それは「伝説の立ち飲み(読み)客」だ。
「何年も前の話なんだけど、私が遅番で入ってた時……7時は過ぎてたかな。音楽雑誌のあたりでサラリーマンらしい若い男性が立ち読みしていたのよ」
「会社帰りですね」
「だと思うけど、ここまでは普通の立ち読み客。レジカウンターからはよく見えてなかったんだけど、巡回の時に見てビックリしたのよ」
「何があったんですか?」
「その人、音楽雑誌を立ち読みしながら、ワインのボトルをラッパ飲みしていたのよ。でね、どんどん酔ってきてて、フラフラしながら立ち読みしてるの」
「わあ、たちの悪い立ち読み、というか立ち飲み。注意したんですか?」
「できないよ。その人、ラッパ飲みしたワインのボトルを足もとにいちいち置くの。そしてまた、音楽雑誌をフラフラしながら立ち読みするわけ。フラフラ通り越して、上半身ぐらんぐらんしてて、もし足もとのボトルを蹴飛ばしたり、割れたりしたら大惨事じゃない?」
「そっか、まだ何も起きてないし、起きた後のことを想像すると後片付けが悲惨なことになりそうだ、と……後片付けはこちらがやることになるし」
「そうそう。だから、『これはもう無視しよう』と」
「ヒヤヒヤもんですね」
余談だが、ワインはロゼだったそうだ。
 
「巡回」も次に進んでいくと、次にあるのはスポーツ雑誌やクルマなど趣味の雑誌、それから「ディアゴスティーニ」や「アシェット」といったパートワーク(分冊百科)シリーズのコーナー。その向かい側には、大量の数字や漢字のクロスワード・ペンシルパズル本が並ぶ。
このあたりは元ヤンが多く出没するコーナーだ。
この日も元ヤンがお目当てのクルマ雑誌を立ち読みしているが、壁に斜めに寄りかかり狭い通路をふさぐようにして読んでいる。その大きなガタイも斜めになっていた。コンビニ前や路上で座り込んでいるヤツらをよく見るが、あれは足腰が弱いに違いない。真っ直ぐに立って立ち読みさえできないのか、と憤った結果、注意した。
「お客様、まっすぐに立ってお読みいただけますか。通行の邪魔になりますので」
「……」
にらまれはしたが、「やんのか、てめー!」とはならなかった。だが、1時間後に巡回した時に、「真っ二つに裂かれたクルマ雑誌」を発見した。
(仕返しかな?)
書店員としては破損した雑誌となって、返本できなくて腹立たしい限り。雑誌を縦に真っ二つに裂く腕力があるのなら真っ直ぐに立つ体力もあるはず。
(立ち読みするには根幹を鍛えるべし!)
「武道」や「茶道」のように「立ち読み道」を教えたい客は、この書店には多く出没する。
先ほどの「まっすぐに立てない寄りかかりタイプ」もいるが、一番多いのは「座り読み」「しゃがみ読み」だ。
「座り読み」「しゃがみ読み」を見つけるとすぐに注意する。だって、立って読むから「立ち読み」じゃないか。
「お客様、立っていただけますか。立ち読みは立ってするものです」
あら、そうなの?」
(「そーなの?」じゃねーよ!)
どうも黙っていられない。見過ごせない。上から偉そうに注意する。私はまるで小姑書店員である。本当に接客に向いていない。
だが注意しても、しばらくするとだいたいまたしゃがんで読んでいる。
このおばさんも根幹を鍛えた方が良い。

一番驚いたのは、地元の男子小学生の立ち読みだった。
彼は私立の小学校の制服を着ていたから学校帰りだと思う。いや、あれはもう完全に立ち読みじゃない。
私が巡回中、児童書のコーナーを曲がったところで、その姿が目に入ってギョッとした。
そこには……床に上向きに寝そべって、ランドセルを枕にして、絵本を広げて読む男子小学生がいたから。本当に驚いたのなんの。
何度も繰り返すが、立ち読みはまだいい。座り読みは百歩譲って、なぜ座ってしまうのか理解はできる。しかし、まさか、書店の床に寝そべって本を読む子どもがいるとは……。どんなしつけをされているのか。
普段、私は無神経な客にムッとしても言葉遣いはキチンとしているし、敬語も使う。でも、そんなガキには敬語は使いたくない。
「ほら、立って立って! ココはおめーんちのリビングじゃねーぞ!」
「うるせーババア!」
ある程度は裕福な家庭の子だと思うが、さすが足立区。品がない。私立の小学校の制服が泣くよ。
本や雑誌をつくる側になる前から本は大切なものだった。汚したり、折ったり、広げて伏せて置くなんて言語道断だった。
だから、平積みされた本の上にバッグやレジ袋を置く人間が信じられない。バッグが汚れているかどうかは問題じゃない。心がけの問題だ。
それから、雨の日に濡れた傘を袋にも入れずに振り回したり、平積みの本に立てかける人。
悪意はなく、無意識だと思うが、本当に無神経。
ここでもまた小姑書店員はたたかうのです。
「お客様、傘を本に立てかけないでください。袋に入れてお持ちいただけますか」
「うるせーバーカ!」
「なんだと! バカはどっちだコノヤロー!」
本はタダじゃない。商品です。売り物にならなくなったらどうしますか。返本もできないほど傷んだらどうしますか。
盗まないまでも、売り物にならなくなったら損失は同じ。その子(本)は行き場がなくなってしまう。本や雑誌は大事にしようよ、お願いだから。
「魚住さん、また苦情の電話が入ってますよ。いちいち注意しなくていいですから!」
「すみません、店長……」
(あいつら! 名札を見てやがるな!)

(第3棚 「立ち読みは立って読め!」了)

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