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【怪談手帖】太陽の幽霊【禍話】

僕が不気味に感じるものの一つに、顔のある太陽や月の図というのがある。
古い西洋絵画に描かれているものや、古典映画、月世界旅行の有名な月の顔、アルゼンチンやウルグアイの国旗に見られる太陽神の意匠など。
それらはいずれも天空や宇宙、旗の真っ白な空間などの上に奇妙な表情を浮かべている。
その有様。何か人のことわりとは無関係の超越的な場所に目、鼻、口の人の顔を持ったものがただ存在している。
そんなイメージについて考えた時、僕は言い知れない掻痒感と恐怖を覚えるのである。

これは神隠しや失踪にまつわる話を集めている中で、時を隔てて蒐集され、上記に述べたような僕の恐怖を掻き立てた話である。

原作者・余寒氏による序文

「なんというかね、静かな集団パニックって言うのかなあ。
 何がなんだかわからない、上手く説明出来ない話なんだけど、それでもいいのかな?」

そう断ってからAさんが話してくれたのは、小学生の頃の出来事だった。

当時小学校のすぐ近くにクラブと呼ばれる学童保育のような施設があり、彼女は放課後そこに通っていた。
ような、と言ったのはそれが正規の学童保育や児童クラブの施設ではなかったからで、庭のある民家を利用した預かり所と私設塾の中間のようなものであったらしい。
いくつかの校区から児童を受け入れていたようで、それなりに賑わっていたのだという。

「そこにね、えーと…、『太陽の幽霊』が出てたの」
「太陽の幽霊ですか…?」

いきなり発された突飛な言葉に思わずオウム返ししてしまった。

「当たり前だけど、昼間の太陽って眩しくて直視出来ないじゃない。
 でもね、土曜にお昼で学校が終わってクラブに行った時に、光が弱くて普通に目で見られる太陽が上がった事があったの。いつもじゃないけどね。
 それが『太陽の幽霊』。そう、ぼんやりとだけ光って形がわかるんだよね。
 それだけじゃなくて、それ、顔があったんだよね」

顔が…?

「ぽつぽつしたお爺さんみたいな目と鼻と口とか、皺があって…。
 だいたいクラブの屋根の上辺りに見えたかな。見上げたら、あっ出てるって感じで。子供の視点だったからかもしれないけど。
 でも私以外にもそこに通ってた子達みんなが見て騒いでたし、職員の人達も反応したから個人的な幻覚とかじゃないんだよね。
 今考えたら…、どう考えても異常なんだけどさ。
 ああそれとクラブ以外の場所で見えたって話はなかったな。さっき静かな集団パニックって言ったのはそういうわけ」
「いやあしかし…いくら光った顔が飛んでるからってお化けだとか、発光体だとか光る顔とかじゃなくて、『太陽の幽霊』っていうのは凄い表現ですね…」
「まあ、子供らしい直感的な表現ってのもあるかもだけど…。
 でもそれが出ている時は、本物の太陽…、つまりしっかり光ってて顔もない普通のお日様ね。それがどこ探しても見えなかったの。
 あ、それからもう一つ。何かの時にそのクラブに泊まる機会があったんだけど何人かが朝早く起きちゃって日の出の頃に庭に出たら、ちょうどその幽霊の方の太陽が上がってくるとこを見ちゃってさ。
 遠くの山の向こうから出てきたんだよ、それ」

彼女の言葉の意味を理解し、僕は絶句した。
つまりそれは幻影にせよ何にせよ、建物の近くに浮いてくる単なる発光体などではなく、本当に空に上がる太陽のように『巨大な何か』だったのだ。
なんとも異様な話だ。
僕が感心していると、Aさんは少し緊張したような顔でその後の顛末を語った。

「正確にいつの事だったかは…、なんでだろう、曖昧なんだけど…。
 ある日クラブに行って本を読んでたら、急にびっくりするくらいシーンってして…。
 なんかほら、外国の言葉で『天使が通る』とか言うじゃん、色んな声や音がちょうど途切れちゃって無音になるタイミング。そういうのが急に…。
 それで、あれ?って思って顔を上げると…大人も、子供も、私以外のみんながぞろぞろ外に出て行っちゃって…。
 それで私もなんだかわからないまま慌てて後を追いかけたんだけど…」

Aさん以外のみんなが庭へ出て、ずらずらと立ち尽くして同じ方向をぽかんと見上げていた。
見ると建物の上にあの『太陽の幽霊』が出ている。
しかしそれは今までとは違っていた。

「見てたんだよ。こっちを見てた。
 今まで私達がそれを見上げているだけだったのに…、その時初めてその、太陽の顔がこっちを見下ろしてた…。
 上手く言えないんだけど…、直感みたいにそれを理解しちゃったんだよね…」

恐ろしくなった彼女は一人逃げ出した。
建物の中に入ると慌ててランドセルを引っ掴み、そのまま裏口から真っ直ぐ家へと帰った。

「家族にも上手く説明できなくて。その日は嫌な夢に魘されたりしてね。
 次の日が休みだったからなんとか落ち着いて、月曜は学校に行ったんだけど…、その…その帰りに、恐る恐るクラブに行ったらさ…」

人が半分以下に減っていた。
大人も子供も。
しかしそれは信じ難い事に、その日来ていないとか来なくなったというのではなく、最初からいなかった事になっていた。

「わけわかんないでしょ…?私もそうだったよ…。
 校区は違うけど、確かにあそこの隅の席にいた子とか、壁際の席の子とか…、いなかった事にされてるんだもん…。
 職員さんも…、女の人と男の人が一人ずつ消えてた…。
 私も必死に説明しようとしたんだけど…。
 名前が思い出せないんだよ…。顔は思い出せるのに…」

子供ながらAさんは自分の頭がおかしくなったのだと結論付けた。
そうする事でしかあまりにも異常な事態に対応できなかったのだ。

結局Aさんがあまりに怖がるので、家族からの願いでクラブは辞める事になってしまった。

「今でもね…思い出せるんだよ…。あの偽物の太陽の顔…。
 笑ってるとか怒ってるとかじゃなくて、何かもっと途方もない何かというか…。
 私達には理解できないくらい大きなものが、こっちをたまたま見ちゃった…みたいな…。やっぱり上手く言えないな…。
 それから、あの時クラブの庭で『太陽の幽霊』見上げてた友達とか職員さんのぽかんとした顔…。
 いなかった事になった…、名前のわからなくなった人達のぽかんとした顔がね…、全員、鮮明に頭の中に残ってるんだよね…」


出典

この記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』内の (シン・禍話  第四十夜(後半一時間はただの雑談です)) 余寒の怪談手帖『太陽の幽霊』(50:17~)を再構成し、文章化したものです。

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(この記事のお話は、「禍話叢書・余寒の怪談帖 お試し版」と「禍話叢書・弐 余寒の怪談帖 二」に収録されています)

ヘッダー画像はイメージです。下記のサイトよりお借りいたしました。
Pixabay

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