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【禍話リライト】のっぺらぼう

「のっぺらぼう」は存在するという話。

この話をしてくれたNさんはその日、プレゼンか何かが大詰めだったそうで、彼のグループ全員でサービス残業をして遅くまで残っていたという。
大詰めだからグループ内の空気はギスギスしている、というわけでもなく時折に笑い声が混ざるほど和気藹々と仕事を進めていたのだそうだ。

そろそろ休憩にしようか、と先輩の一声で15分のリフレッシュタイムが始まった。
Nさんは席の近い同僚達と雑談をしていたところに、自販機に飲み物を買いに行った一人が戻ってくるなり、いやービビったぁ、と大きな独り言を呟いた。

「さっきそこで警備員に会ったんだけど、突然出てきたからマジでお化けかと思ったわ。ビビったぁ」

誰ともなしに、あの初老の警備員さん愛想ないから怖いしなぁ、もしかしたら狸が化けてるのかも、いやもしかしたら死んでるのかもなどと冗談を言っているうちに、その休憩時間は怖い話をする流れになっていた。

ただ一人、先輩のKさんだけは話の輪に入ってこない。
以前にも怖い話の話題になった時に会話に混ざらなかったので、Nさんはこんなにガタイが良くても怖いのは苦手なんだなと思っていた。
こんな屈強そうな男でもお化けは怖いと思っている、と考えると少し可笑しく感じて茶化してみたくなったそうだ。

「先輩怖いんですか〜?」
「いや別にそうじゃないけどさあ…、俺さあ、のっぺらぼう、見たことあんだよね」

想像していなかった妖怪の名前が出てきたので、みんなケラケラ笑い出した。
「え〜!のっぺらぼう!?あの顔がない妖怪?」
みんなから笑われたKさんは怒りもせずに、そうだよなあ笑うよなあと話を続ける。

「でも実際見てみたら怖えーぞ」
「それって先輩が酔っ払ってる時に見たとかじゃないんですか?」
「まあ酔ってはいたんだけど、そんな酔って幻覚なんて後にも先にも一回だけだし…。あんまこの話したくないんだよな」
「いやいや話してくださいよ、面白そうだし!目も覚めそうだし、怖くて連帯感高まるかもしんないじゃないですか!」

誰かが怖い話するなら電気消しちゃおうかなと言って、雰囲気まで作り出す有様だった。
その熱量に負けたのか、彼はぽつぽつと話し始めた。



Kさんが新人だった時に取引先の会社と飲み会に行った時の話だそうだ。
取引先の社長も交えての飲み会で、今日は社長の奢りだと聞いたKさんは名前も知らない高い酒をここぞとばかりに飲んだ。
良い飲みっぷりだなあ、気持ち良い奴だなあ、なんて囃し立てられて飲みに飲んだ彼はベロベロになったが、取引先の社長の前というのもあってなんとか正気を保っていたのだという。
その後取引先の人達と別れた途端に、足元がおぼつかなくなり自分が相当に酔っ払っていると自覚したのである。

(うわあ、酔ってる、すげえ高い酒だったからって飲み過ぎた…)
吐きはしないがふらふらなのでどこかで休憩しようと、千鳥足で歩いているうちに公園を見つけた。

「その公園ってこの近くなんだけどさ」
「えー、ここら辺なんすか?」
「酔ってたし、詳しくはどこかはわかんないけど、この辺路地に入ってった先によく公園あるじゃん」
「ありますね、ベンチとブランコだけみたいな」
「そうそう、そんな感じの」

ベンチに腰掛けてしばらく項垂れていたが、背もたれに倒れるように座り直す。
すると急に頭の位置が変わったからか、急激に視界がグラグラし始める。
(うわー…角度変えるとやべえやつだ…)

これはいかんと思い、近くの水飲み場まで向かい、顔を洗う。
思いの外冷たい水で、どろどろになった頭の中が少しだけすっきりした。
もう少し落ち着くまでゆっくりしていこうと思い、ベンチの方に振り返ると。

女性が座っている。いつの間に来たのだろうか。

(結構顔洗ってたからその間に来たのかな。でもこの公園の入り口扉って結構ギーギー音するから聞こえるはずなんだけどな…。俺そんなに酔っ払ってんのかよ…)

ショートカットの小柄な女性。自分と同じ飲み会帰りの人が酔い覚ましに来たんだろうか。
木の影でぼんやりとはしているが、ベンチにだらりと座っているのが見えた。
(あそこに戻って座るのもなあ、帰ろうかなあ)

立ち上がろうとするとまた頭がぐらりとして、中腰の体勢で動きが止まる。
(いかんいかん、マジで酔い過ぎだ。)
もう一度顔を洗い、水も飲んでおこうと上の水栓のハンドルを捻って口を近付ける。勢いのついた水が喉の奥に直撃して激しく咽せ返った。

「あ〜なんだよもう〜」

喉に一撃食らったからか、また少し酔いが覚めて正気が戻ってきた。

そういえば、と思いもう一度ベンチの方を向くと女性はいなくなっていた。
さっきよりは頭ははっきりしてる。だから出ていったらちゃんと音聞こえるはずである。まずそもそもこんな時間に女一人でこんな公園に来るだろうか。

(こんな暗い公園で酔っ払い男が一人でギャーギャー騒いでたから怖くてすぐ出てったんだな。それにしても体が軽いと扉もあんまり鳴らねえのかな)

いつまでも公園にいても仕方ない。もう帰ろうと扉の目の前まで歩いて行った。
その扉の向こう側。公園の入り口に横付けするように車が停められている。
その車が実に妙だった。エンジンは切られているが、運転席の窓とドアが全開している。

ここに来た時はこんな車はなかったはず。
仮にトイレを使いたくて急いで停めたとしても出入り口はここだけだし、扉の音は確実にするはずなのだ。

とにかく防犯的にドアの開けっ放しはまずいだろうと思い、公園から出て車に近付いた。

やはり扉を開けるとギーギーと不快な音が出る。音がしないなんておかしいのだ。

そしてドアを閉めようと手を伸ばした。
突然助手席の方からぬっ、と腕が出てきて目の前でドアが閉まった。
(中に誰かいたのか、びっくりした…)

余計なことをしたかなと思い、開いている窓から助手席の人物に声をかけようと中を覗いた。
先ほどまでベンチにいた女性が俯いてそこに座っている。
暗がりではっきり見たわけではないが、背格好や髪型が同じだからそう思ったという。
そしてその人がぐっと顔を上げると。

「その人さあ、目も、鼻も、口もなくてさあ…。それって、のっぺらぼうって言うんだろ?」

予想外に怖い話だったので一同黙り込んでしまった。

「そいつシートベルトしてたんだよ。なんなんだろうな。で、俺びっくりしちゃってウワッて声出して仰け反っちゃったんだよね」

酔っていたから視覚情報がバグっていたのかもしれない。
だとしたら相当失礼なことをしたんじゃないか。一言謝った方がいいよなともう一度車に近付いた。

すると助手席のその人がシートベルトをしたまま運転席に体を寄越した。
そして窓からぬるりと顔を出したという。
その顔をぐっ、ぐっと左右に回しだした。その動きに既視感があった。
カマキリの首の動かし方だ。

(ああ、俺が見てるのは間違いじゃないんだ…)

先程までの千鳥足が嘘のように、その場から足早に離れてそのまま家へ帰ったのだそうだ。



「まあ酔ってたからその公園がどこだか覚えてないんだけどな」
「え、だってこの辺の話なんですよね?!」
「うん。俺あれからその時の車に似てる車見ると、あの顔思い出すようになっちゃって。苦手なんだよねそういう車」
「いや怖すぎっすよそれ」

先輩は変な空気になっちゃったなと言ってトイレに立った。

「いや怖すぎだろ!俺らが知ってるのっぺらぼうってこんな顔ですかって聞くやつだろ!絶対飲み過ぎて幻覚見たんだろ」
「でも嘘つくような人じゃないし、マジなんじゃない?」
「酔っ払いの幻覚にしてははっきりしてるもんな」

そんな話をしているうちに先輩が戻ってきた。そろそろ休憩も終わるし、トイレに行こうとNさんが立ち上がると彼が声をかけてきた。

「トイレ行くのか?」
「はい」
「今うちのフロアのは使えないから、下行った方がいいよ」
「え?あー、わかりました」

なんだろう、詰まったのだろうか。しかし先輩が下のトイレを使ったにしては戻ってくるのが早かった気がする。
まあいい、普通に使おうとそのまま近くのトイレに入った。
用を足しながらもう一度先輩の言葉を思い出す。
どうして下のトイレ使えと言ったのか。何度考えても先輩が下のトイレで用を足して、またこのフロアに上がるには早過ぎる。

(先輩は絶対このトイレ使ったよな…。もしかして、ここで何かあったから急いで戻って来たのか…?)

少し背筋が寒くなってNさんは周りを見渡した。
何もない。
何もないのだ、それはそうだ。早く戻ろう。
洗面所で手を洗っていると、すぐそばのいつもは開いていない換気用の窓が全開になっていた。
前に使った時には開いてなかったはずである。しかもなぜ全開なのか。
閉めようとしたが窓は錆び付いて硬くなっている。無理に閉めると壊れてしまうと思い、そのまま開けておくことにした。

何故だか、窓の外が気になっていた。
ただ下の路地が見えるだけなのに、何かあるんじゃないか。
何かを確認したかった。そしてついに窓の下を覗いてしまった。

街灯に薄暗く照らされたショートカットの女。
それが、俯いてただ立っていた。

うわあっと声を上げて、そのまま自分の事務所まで駆けて行った。
デスクまで戻ると自分の手がびちょびちょな事に気が付いた。今思えば先輩もデスクで手を拭いていた気がする。
ペーパータオルで手を拭いて自分の席に着く。しかしさっき見た女で頭の中がいっぱいだった。
あれは、なんなんだ。

「よーし休憩終わり。もう少しだから頑張ろう〜」
もう仕事に向かえるようなそんな気持ちじゃなかった。なんだったんだあれは。
悶々とした気持ちでただ目の前のキーボードを見つめていた。

「…だから、下使えって言ったろ」
ぼそりと、先輩がそう呟いたのが聞こえたという。


出典

この記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』の (禍話六周年!だけど通常運転&Q視聴スペシャル) 『のっぺらぼう』(42:45~)再構成、脚色し文章化したものです。

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