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余寒の怪談手帖 リライト集

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怪談手帖が大好きすぎて〈未満〉も含め、色々な方のリライトをまとめてしまいました。 原作者・余寒様の制作された書籍、「禍話叢書・壱 余寒の怪談帖」「禍話叢書・弐 余寒の怪談帖 二」…
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2022年1月の記事一覧

禍話リライト 怪談手帖『たどん』

Aさんという方の子供の頃の体験。 彼の住んでいた北九州のOという地域。 そこから一山越えたところにボタ山(石炭の捨て石の集積場)があり、当時そこに行って石炭クズを拾う者たちがいた。専門の業者のところへ持っていけば、その場で買い上げてくれたからだという。 一般的には、こういった『ボタ拾い』はあまりお金にならないものだったと聞くので、僕(怪談手帖の収集者である余寒さん)は驚いたのだが、Aさん曰く、林檎箱に一杯、ズタ袋に一つ、などの換算で、それなりの値をつけてくれる時期が確か

禍話リライト 怪談手帖『自然仏』(じねんぼとけ)

昭和の半ば頃のことだというから、昔話というほどではない。 Aさんのおじいさんが住んでいた集落のすぐ近く、山の麓で起きた奇妙な話だという。 ある昼過ぎ。山菜取りに行っていた老人たちが、興奮しながら駆け戻ってきた。 山道に入ってすぐの古い大きな樹の根元に、 『仏像』 がある、というのだ。 何人かでその様子を見に行くことになり、まだ少年だったおじいさんもついていった。 件の樹のところにやってきた人々は仰天した。 そこには本当に、遠目からでもわかる仏の姿が現れていたの

禍話リライト 怪談手帖『ミドチ』

「……あれはね、甲羅のことですよ。スッポンかカメかとか、そういうことじゃないんですよ。どっちでもないんですよ」 河童の話題を振った時、Aさんはそう強く主張した。 「よくあるでしょ? 絵に描かれてるような。頭に皿があってクチバシがあって、いかにもひょうきんなやつ」 「……あれはねぇ、大嘘なんですよ」 僕(怪談手帖の収集者である余寒さん)は学者でも専門家でも何でもないので、 「嘘、というのは語弊があると思いますが……」 といったように、巧い説明ができなかった。 一応

禍話リライト 怪談手帖『ギガ母さん』

妹さんとの幼い頃の思い出だという。 「……妹は何と言うか、フワフワした子でした」 歳の離れた姉妹のことを、Aさんはそう例えた。 物心のついた時から、どこか地に足がついていなかった。話していても急にフッと黙ってしまい、何か別のものに気を取られている。ご両親も心配して、いろいろ病院に連れていったりしていたそうだ。 それでもやがて姉であるAさんと同じ小学校に通い始め、二年生になった頃……。   Aさんはお母さんから頼み事をされた。 何でも、妹が帰り道で最近よくどこかの

禍話リライト 怪談手帖『在りし日の詩』

『中原中也のおばけ』 確かにそう言われたので、些か面食らって僕(怪談手帖の収集者である余寒さん)は聞き返した。 「……中原中也って、あの詩人のですか?」 「そうです。ええ、あの有名な。母から聞いた昔の話なんですがね……」   Bさんの故郷の街に、それなりに長いが長いだけの、何ということのない塀の続く道がある。 そこに夕暮れ頃、変なものが出た。 あのあまりにも有名な詩人の肖像が、モノクロ写真からそのまま抜け出してきたような白黒の男が出た。 黒い山高帽を被り、黒い

禍話リライト 怪談手帖『人面樹の旅館』

今は定年退職して暮らされているAさんが、昔おじいさんから聞いたという話。 若い頃、おじいさんは旅行好きで、それもいわゆる出たとこ勝負というか、ある地方へ出向いたら明確な目的地を定めずにブラブラするタイプだったらしい。 その日も仕事の予定がなくなってしまったのを良いことに、地方を荷物だけを持って放浪し、その日の宿を求めて山沿いの街に入った。 都会というほど栄えておらず、しかし田舎というほど寂れてもいない。そんな街の雰囲気が気に入って散歩がてら歩いていたところで街の南端に一

禍話リライト 怪談手帖『紙芝居屋』

怪談手帖の収集者である余寒さんが縁あって地方の行事に参加した時、スタッフのひとりとして来ていたAさんから雑談の合間に聞いた話。 「今思えば子供の記憶だし、何かの見間違いか勘違いで覚えてるんだと思うんですけどねぇ……」 と、Aさんは前置きした。   昭和の終わり頃、小学校低学年の頃の記憶だという。 Aさんの住んでいた街には公園がふたつあった。 大きくて遊具も充実しており、子供で賑わっている方。 そして工場の近くの一角にあった、狭くて人気のない方。 その普段あまり

禍話リライト 怪談手帖『天狗のこと』

『……天狗と申すは人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、狗にて狗にもあらず、足手は人、かしらは狗、左右に羽生えて飛び歩くるものなり』 『平家物語 巻十』より 「……俺、天狗を見たことがあるんだよ」 薄く紫煙を立ち上らせる煙草を指の間に挟みながら、ふざけている様子もなくAさんは淡々とそう言った。 「……そのせいで死生観、というか。 『幽霊観』 ……っていうの? 変わっちゃってさあ……」 何ということのない雑談の場で話題が途切れ、しばらく沈黙が続いた頃合いだった。 ふと

禍話リライト 怪談手帖『つきまとう女』

大手企業で管理職を務めるYさん。彼は写真嫌いで有名である。 カメラを向けられるだけでなく、携帯電話でのちょっとした撮影の端に自分が写り込むことでさえも嫌がるという筋金入りで、周囲からも不思議がられているそうなのだが、その理由をYさんはあまり人には話さない。 「少し変な理由なんでねぇ。信じて貰えても、貰えなくても、気持ち悪がられるだけだし……。 ……あなたも、話半分で聞いてくださいよ?」 そう前置きして、その理由を教えてくれた。   Yさんは若い頃、ストーカー被害に

禍話リライト 怪談手帖『白い布』

『怪談手帖』の話を採集、提供している余寒さんが年嵩の人たちに話を聞いて回っていた頃。 山歩きをしていたという何人かから『飛ぶ布』の話を聞いたことがあった。 その目撃談はだいたい共通している。 山間を歩いている時、ふと見ると緑の山肌の上を布が飛んでいる。 (干した布か何かが飛ばされたのかなぁ?) 最初はそう思うわけだが、飛ばされているのではなく、明らかに風の向きに関係なく、あるいはそれに逆らって飛んでいる。 ちょうど山肌に立てた旗が泳ぐような格好で、尾に当たる末端が

禍話リライト 怪談手帖『かさばけ』

誰のものかわからない。そういう傘というのはあまり良いものではない、とよく言われる。 それは、今も昔も変わらないのかもしれない。   昔、と言っても戦後くらいのことだそうだが、ある集落で青年団をしていた人の話だ。   晩秋の頃、あるどしゃ降りの日のこと。 その雨で足を滑らせて落ちたのか、集落付近の沼に見ず知らずの男女の死体が浮かんだ。そのために集落中が大騒ぎになり、動ける青年団は皆駆り出されたということがあった。 その内の一人として参加していたAさんはあれこれの雑

禍話リライト 怪談手帖『S町の凧』

Yくんは今まで生きてきた中で幽霊の類など見たことがないという人だが、一度だけひどく嫌な目にあったことがあるという。 それなりにニュースで取り上げられた事件に関連しているので、地名などは伏せてほしい。 そう前置きした上で話してくれた。   当時彼が通っていた大学は隣町のさらに隣町、つまり町を一つ挟んだ場所にあり、彼は毎朝自転車を使って隣町を通り抜けて通学していた。 そのSという隣町は普段人通りも少なく、通り道にすぐ寄れるようなコンビニの類もないので、彼は毎日その道を通

【禍話リライト】家姫様

昔はな神様仏様だとか幽霊やお化けだとか、そういうものが今よりずっと身近だった。俺たち年寄りの常套句のように思われるけど。これは本当でねーー。 私がかつて住んでいた村では、奇妙な祭事が行われていた。 今思うと、一種の民間信仰に近いものだったのだろう。 信仰の対象であるそれは、家姫様と呼ばれ、村人達から敬われ祀られていた。 とはいえ、正式なお社や寺に祀られていたわけではない。 それは、山に向かう途中、背景に濃い緑を背負って孤立するようにあった。 貧しい集落から少し離れ

禍話リライト 怪談手帖『巨女』

昔々、ある猟師が一人で山に入った時のこと。 その日は獲物が少なく、せめてウサギの一匹でも獲れないものかと思い、いつもなら行かないような山の奥深くまで分け入ってしまった。 やがて獣道に行き当たり、それに沿って進んでいった彼はあるものを見つけてしまった。 獣道を塞ぐようにして転がっていたのは女の死体であった。 それも、尋常ではないほどの大女である。 身の丈は猟師の倍以上、つまり3〜4メートルほどもあることになる。 その身の丈以上の長さの黒髪が、まるで炎のように周囲に広がっ