充満して淀んだ空気を抜いて、換えて
空気は、いつも音を立てずに吹き込まれていく。
気がついたときにはぱんぱんにふくらんでいて、破裂寸前だ。引き伸ばされたゴムはぴしぴしと聞こえぬ音を立て、ほんの弾みで弾け飛ぶ。
大きな穴を開けて破裂するより、針で穴を開けた方がダメージは小さかったろう。破裂音を響かせて、誰かを驚かせてしまうこともなかった。
破裂しても再び直せるのであれば、まだいい。修復できない破裂は、突発的な死だ。死は、取り返しがつかない。
◇
換気されないままの室内で、ストーブを焚きつづける。あたたかく心地いい一方で、だんだんと空気は淀んでいく。
あたたかい空気に押されて、冷たい空気が居場所を失っていく。そして、呼吸が無意識のうちに浅くなる。あたたかな空気には、いまいち酸素の存在を感じない。空気といっしょに、視界も意識も淀んでいく。
すきまだけでも開けられれば、いっきに空気が変わるのに。淀んだあたたかさは、ゆるやかな死だ。感覚が麻痺して、にぶっていく。生きているのに、死んでゆく。
◇
気づくと、脳みそがオーバーヒートしている。ギアつきの自転車の設定をいちばん軽くして、坂のない道をがむしゃらにこいでいるときみたいな、かすん、かすんという実感のなさ。
予定が詰め込まれすぎたり、早すぎる動きのなかに身を投じたりするとき、ふとわたしは手応えを感じなくなっていることに気づく。
考えているはずなのに、輪郭が見えない。
文章を書いているときの、上滑りした感覚。
つかみきれなくて、実体がとらえられない。まるで幽霊になってしまったようだ。
◇
急く気持ちを抑えて、歩くペースを落としてみる。「急げば渡れるかも」と思う交差点で、歩みをあえて早めない。
満員電車で、誰かに席をゆずってみる。車の運転中、右折車両にパッシングをして道をゆずってみる。
こうしたことは、すべて小さな穴を開ける針であり、新たな風を入れ込むすきまだ。
肩の力をぬいて、深く息を吐く。飲みこまれないように、弾け飛ばないように、からだの空気を入れ換える。
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