夏の始まり、あの頃の夏

遅い夏が始まった。

仕事部屋はエアコンを付けられない仕様で、開け放たれた窓からはジイジイと蝉が鳴く声が聞こえてくる。晴れた空は目が痛くなるほどに眩しい。

室内はそこそこ暑いけれど、北に向いているおかげでエアコンがなくとも耐えられる程度の室温だ。その代わり、上はキャミソール一枚で、カフェでは寒くなってしまって頼めない氷入りのアイスコーヒーをがぶがぶ飲んでいる。グラスに氷が触れる、カロン、という音が好きだ。音でもじゅうぶん涼しさを感じられるのだから、いっそ風鈴を付けてみたらいいのかもしれない。

毎月、月が替わるたびに「嘘でしょ、もう〇月なの?」と心のなかで呟いている。もう八月なんだって。今年度の始まりから今までにかけてと同じ時間を繰り返したら、もう今年が終わっちゃうんだって。そんな馬鹿な。……と思ってみても、嘘でも冗談でも馬鹿な話でもなくて、確実に八月二日目もすでに夕方。目の前にある掛け時計の秒針は、音もたてずにすいーっと円を描き続けています。時間って、残酷。

「一体、何をしていたんだろう」と毎月思ってみるものの、本当に「何もしていない」わけではなく。Googleカレンダーを振り返ってみると、それなりに予定や仕事をこなしてきているし、忘れないようにと放り込まれまくったタスクを完了した跡も残っている。ああ、生きていたんですね、と思う。わたし、それなりに生きていたらしいです、先月も。

八月になると思い出すのが、高校生の頃の夏休みだ。中学時代とは異なり、高校では夏休みに連日活動するような部活動に入っていなかったわたしは、多くの時間をベッドに倒れ伏したまま過ごした。家の方針であまりエアコンを使えなかったわたしの部屋は南向きで、午後はそれはもう天然サウナ状態だった。ベッドに倒れたままのわたしは、ダラダラ汗を垂れ流すまま、タオル地のベッドパッドの上でごろごろしていた。高一の夏休みは、寝ていただけなのに痩せた。熱中症にならずに済んだのは、ただのラッキーだったかもしれない。

宿題をだらだらやるほかは、ぼうっと考えごとに耽ったり、妄想で遊んでみたり、寝落ちたりしていた。親のパソコンを拝借して、ちょいちょい文章を書いたりもしていた。暇だとは思わなかった。あの時間の流れは最高だったなあと思う。贅沢だった。

ただ、そうやってやり過ごしていたんだよなあとも思う。楽しいこともあったけれど、メンタルが不安定気味だった高校時代は、決して「戻りたいあの頃」ではない。くるくる回りつづける秒針をただ眺めているだけだったあの時間は、無駄遣いをしていたようでいて、無駄ではなかったのだろう。

高校の学年主任は、いつもパワフルでエネルギッシュで、何だかいつでも忙しそうで、それでいて活き活きしている強烈な個性の持ち主だった。そんな先生が零した、「ほんまは、俺はダラダラして過ごしたい人間なんや。せやのに、何やかんや結局自ら忙しくさせてまう」の一言が、ずっと記憶に残りつづけている。先生は、定められた役割を超えたものも必要とあらばやってしまう、引き受けてしまう、言い出しっぺになってしまうような人だった。高校生の頃は「いや、ほんまは先生動いていたい人なんやろ」と思っていた節もあったのだけれど、今なら少しわかる。何だかんだ、わたしも予定を入れてしまいがちだから。いや、別に、特にアクティブな人間ではないのに。

一学期が長くて、二学期が長くて、三学期だけは割と短くて、それでも一週間はやっぱり長くて。あの頃の時間感覚は、きっともう二度と戻ってはこないんだろう。朝がきて、昼がきて、いつの間にか夜がくる日々を繰り返し、あれよあれよという間に一年が過ぎる。今年の夏は始まりが遅かった分、いつになく早く過ぎ去ってしまうのだろう。「それなりに過ごせていたみたいだよ」と振り返られれば言うことはない。命を謳歌する蝉の鳴き声に集中力を乱されながら、グラスに残った氷を口のなかで転がしている。

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